The ghost of Ravenclaw - 025

4. 魔法大臣と漏れ鍋



「き、君は――誰だね!?」

 廊下の影から姿を現すと、ファッジ大臣は座っていた椅子から飛び上がって驚き、まるでゴーストを見たマグルのように引きった声を出した。まさかそんなに驚かせてしまうとは思っていなかった――私は、申し訳なくなりつつもファッジ大臣の近くへゆっくりと歩み寄った。

 初めて間近で見るファッジ大臣は少し気の弱いところはあるが優しい親戚のおじさんという雰囲気だった。人当たりが良さそうに見えるが、彼がイギリス魔法界の政治の中枢でルシウス・マルフォイのような権力に目がない魔法族を相手にし続けるのは大変そうに思えた。きっと気苦労が絶えず、胃薬が手放せないだろう。それとも、大臣にまで上り詰めるくらいだから、見掛けによらずやり手なのだろうか。

「驚かせてしまってすみません、大臣。私はハナ・ミズマチと言います」

 謝罪をし、名前を名乗ると、ファッジ大臣は驚いたように目を丸くしてこちらを見た。どうやらダンブルドア先生が私の後見人であることを知っているらしい。 「もしや、ダンブルドアが後見人になったとかいうお嬢さんかね?」と訊ねるファッジ大臣に私は「そうです」と頷いてみせた。

「君の噂は聞いているよ」

 ファッジ大臣は膨らんだお腹の辺りを撫でながら言った。

「非常に優秀だと聞いている。漏れ鍋に泊まっているのかね? それで、私に何か……ああ、もしかして、話が聞こえてしまったかな」
「私は階段のすぐそばの部屋に泊まっていたので、偶然聞こえてきたんです。それで、ハリーの名前が出てきたのでびっくりして。あの、ハリーとは友達なんです。何があったのか、教えていただくことは出来ますか?」
「そうだったのか……それは心配させてしまったことだろう。すべて話すことは出来ないが、話せる範囲で教えてあげよう」

 やがて、トムさんが紅茶のポットを持って現れると、私はファッジ大臣の向かい側に腰掛け、濃いブラックティーを飲みながらハリーに何があったのかを聞いた。実はダーズリー一家には現在、シリウスが手紙に書いていたクソババ――おっと失礼――嫌なおばさんこと、マージョリー・ダーズリーが滞在しているそうなのだが、なんとハリーがそのおばさんを膨らませてしまった挙句、家から飛び出してしまったのだという。詳しい状況は分からなかったものの、きっとそのおばさんがハリーを怒らせたのだろうと容易に想像が出来た。

 その事態を知った魔法省は大慌てだったそうだ。ファッジ大臣は口には出さなかったし、日刊予言者新聞でもそのことは秘匿されているようだが、魔法省はシリウスがハリーを殺そうとしていると推測し、護衛までつけているので、騒ぎになるのも無理はないだろう。こんな暗い中飛び出されてはシリウスに狙ってくれと言うようなものである。とはいえ、シリウスがハリーを狙うなんて、実際は有り得ないことだけれど。

「それで、どうやら夜の騎士ナイトバスが拾ってくれたようだと連絡を受けてね。ここで待ち構えようという算段だ」
「ハリーは魔法を使ったことで処分を受けますか?」
「いやいや、その心配はない。君は9月からもハリーとホグワーツに通えるだろう」
「良かったです――ミス・マージョリー・ダーズリーの方はどうなったんですか? 膨らんだと言ってましたが」
「ここへ来る前に魔法事故リセット部隊を派遣してきたところだ。すぐに元通りになるだろう」

 それから、私もファッジ大臣と一緒にハリーがやってくるのを待つことにした。その間、ポツリポツリと大臣と話をしたが、魔法省はシリウスの再逮捕にとても手こずっているようだった。私はその話を深刻そうなフリをして聞いていたが、「杖を持っていないはずなのにどうやって隠れているのやら……」とファッジ大臣が漏らした時には一瞬ドキリとした。

「シリウス・ブラックに逃亡を手助けした人物はいないんですか?」
「その可能性は我々ももちろん考えた。候補に上がった学生時代の仲間という男に真実薬を使っていくつか質問したが、彼は知らないと答えた。真実薬を使ったのだから確実だ――」
「それじゃあ、シリウス・ブラックはたった1人で逃げているんですね。杖もないのに・・・・・・
「こんなことは前代未聞だ……君はハリーと仲が良いと言っていたね? 詳しいことは……アー……話せないんだが、ハリーを頼むよ。この漏れ鍋に泊まることになるだろうからね。決してダイアゴン横丁以外には行かないように」

 数時間も経つと魔法事故リセット部隊の人だと思われる人達が漏れ鍋にやってきて、ファッジ大臣にマージョリー・ダーズリーの事故処理が終了したことを報告した。膨らんでしまったマージョリー・ダーズリーは無事パンクし、記憶も修正されたそうだが、ダーズリー夫妻の記憶は修正されなかったようで、私は彼らの記憶も消してくれたら良かったのに、と思った。

 それから更に数時間経つと、チャリング・クロス通りに通じている扉から光が差し込み始め、8月6日の朝がやってきたことを知らせた。ファッジ大臣は一晩中ハリーを待っていたせいでいよいよ疲労困憊といった様子で、私もハリーの到着が遅すぎることをひどく心配していた。シリウスに襲われる心配なんて微塵もしていなかったけれど、夜の騎士ナイトバスに乗っている途中で何かが起こる可能性はゼロではなかった。

 そうして今か今かとハリーの到着を待っていると、当然外からバーンという大きな音が聞こえて私はびっくりして飛び上がった。音はチャリング・クロス通りから聞こえたように思うが、一体何が起こったのだろう。そんな風に思っていると「やっと来たか!」と言ってファッジ大臣が立ち上がり、大急ぎで扉に向かった。ファッジ大臣が扉を開けて外に出て行く時に、紫色の大きなバスが停まっているのがチラリと見えて、あの大きな音はバスが到着した音だったのだと分かった。遂にハリーが来たのだ。

「ハリー! ああ、ハリー――無事で良かった!」

 やがて、ファッジ大臣に連れられてハリーが店内に入ってくると、私は勢いよく立ち上がった。ハリーは移動中、何事もなかったようだったが、ファッジ大臣に肩を掴まれ連れられている様子はまるで死刑宣告を待つ囚人のようだった。それを見て、もしかしたら魔法を使ったことで何か処分されるのではないかと考えているのかもしれない、と私は思った。ハリーは処罰がないと知らないので、大臣自ら捕まえにきたのだと思っても無理はないだろう。去年公式警告状を貰ったのなら、尚更だ。

 ハリーのあとからは紫色の制服を着た夜の騎士ナイトバスの車掌と思われる人物がトランクを持って現れた。車掌の男は上機嫌で「なーんで本名を教えてくれねぇんだ。え? ネビルさんよ」とハリーに声を掛けている。その更に後ろ――開け放たれたままになった扉の向こうからは、バスの運転手が興味津々といった様子で店内を覗いていた。

 こんな状況だったので、ファッジ大臣は奥から出てきたトムさんに個室を用意するよう頼むと、ハリーをしっかりと掴んだまま店の奥の方へと向かった。ハリーは夜の騎士ナイトバスの車掌と運転手に「じゃあね」と挨拶すると、それから私を見て「またあとでね――あー――もし、会えたら」と言った。私はそれに頷くとニッコリ微笑んで言った。

「大丈夫よ。すぐに会えるわ」