The ghost of Ravenclaw - 024

4. 魔法大臣と漏れ鍋



 漏れ鍋での生活は基本的にはとても楽しいものだった。毎朝、部屋で運動をし、1階のパブで他の宿泊客を眺めながら朝食を食べるのがここ最近のお気に入りで、彼らは一体どこからやってきたのだろうとあれこれ想像したりした。しかし、日に日にシリウスの脱獄に関する話を聞くことも増え、楽しみ以上に怒りを我慢しなければならないことが増えたのも事実だった。日刊予言者新聞にも連日デタラメな記事が載るので、私は1度目を通すとその後は遠慮なく暖炉に投げ入れた。

 朝食のあとは、ダイアゴン横丁へ行き、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で気になる本を購入したり、 薬問屋で多めに魔法薬の材料を購入したりした。お腹が空いてくるとカフェに入って、昼食を食べながら本を読むのもお気に入りで、なんだか優雅な気分になったりもした。宿題は既に終わっていたので、私は夏の残りを気になる本を読んで過ごすことが出来た。

 もちろん、本を読む以外のこともした。漏れ鍋に来た当日はハリーに誕生日プレゼントを送ったし、リーマスにも一度手紙を送った。ハリーからは返事がなかったけれど、リーマスからは返事があってスネイプ先生と概ね仲良くしているということや、満月の日もいつも通りロキと過ごしたこと、そして、夏休み最終日に今月二度目の満月がやってくるので、その日は普段過ごしている場所で過ごしたあと、ホグワーツ特急に一緒に乗ることになるかもしれないということが書いてあった。どうして叫びの屋敷で過ごさないのか気になったけれど、もしかしたら過去にスネイプ先生といざこざがあったことが関係しているのかもしれない。

 それからシリウスにも夏休みの残りは漏れ鍋で過ごすことを知らせる手紙を書いた。シリウスも返事を書いてくれて、今はプリペッド通りの周辺に潜伏していると教えてくれた。当初はハリーをひと目見たらホグワーツに旅立つつもりだったそうだけれど、ダーズリー家に何やら嫌なおばさん――クソババアと書いてあった――がやって来たので、彼女が帰るまでハリーを見守るつもりらしい。

 他にもフランスにいるハーマイオニーやエジプトにいるロン、そして同室の子達やセドリックにも郵便局を利用して手紙を送った。ロキは既にあちこち手紙を運んでいたので、そこまで運ぶ余裕がなかったのである。けれどもロキは自分以外のふくろうに手紙を任せることが不服らしく、私がシリウス宛の手紙をロキに任せ、他の手紙を郵便局へ行こうとすると恨みがましい目をしてこちらを見ていた。

「ロキ、そんな目で見たって、貴方の身体は1つしかないのよ」


 *


 漏れ鍋に泊まり始めてから1週間後の8月5日も、私は日中のほとんどをダイアゴン横丁で過ごした。今日はフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で目くらまし術について詳しく書かれてある本を見つけて購入したので、夕食後はそれを読もうと思う。

 動物もどきアニメーガスを会得することが出来たので目くらまし術は不要な気もするが、何かあった時に覚えていて損はない魔法だ。そもそも動物もどきアニメーガスは自分自身のみだけれど、目くらまし術はあらゆるものに掛けられる。それに昨年度、これを覚えていなかったせいでジニーの元へ行くのが遅れてしまったのだ。もうそんなこと二度とあってはならない。

 シリウスが脱獄したニュースが魔法界に広がってからというもの、特に夜は出歩くのを怖がる人が増え、夜の漏れ鍋も空席が目立つようになってきた。食事しているのはシリウスを捜索している魔法省の人とか、私のように漏れ鍋に宿泊している人くらいなものである。酒を飲みたいと言ってやって来る人も中にはいたけれど、その人達はある程度飲んだら暖炉から早々と帰って行った。「まったく早く捕まってくれないかしら。商売上がったりだわ」というのが漏れ鍋の店員である魔女の口癖だった。

 夕食を食べると、狭い階段を上がって1号室に戻り目くらまし術の本を読み始めた。目くらまし術とは、カメレオンのように対象を周囲の色や質感と同化させて、その存在を隠す魔法である。たとえば、マントにその魔法を掛ければ、一時的に透明マントにすることが出来るし、家に掛ければマグルのみならず魔法族にも住処が認識出来なくなる。目くらまし術は強力になればなるほど効果的で、最も強力なものだと完全に透明に出来るらしい。

「透明人間だわ。使ってみたい――ハリーの透明マントにもこの魔法が掛かっているのかしら? それにしては効果が長く持続してる気もするわね。魔法が解けたところを見たことがない……」

 基本的に魔法というのは、術者が亡くなったりすれば消えてしまうものだ。なので、もしジェームズが魔法を掛けていたとするならもう効果は切れてしまうはずである。しかし、ポッター家に代々受け継がれる透明マントにそれは見受けられない。ダンブルドア先生が魔法を掛け直した可能性もあるけれど、そうでないのならもっと高等な魔法が掛けられているのかもしれない。一体どんな魔法なのだろう。私も使えるように鳴るだろうか。

「――た――まさかこんな時に――が家を――」

 夢中になって本を読んでいると、何やら声が聞こえて私は顔を上げた。時計を見れば宿泊客が寝静まり、パブの利用客も帰ってしまっているような真夜中である。こんな時間まで本を読んでいたなんて、気が付かなかった。私はそう思いつつ本を閉じて、聞こえて来る声に耳を澄ませた。私の部屋は階段を上がってすぐだったので、パブでの話し声が聞こえるのはよくあったけれど、真夜中に聞こえてきたのはこれが初めてのことだった。

「いやはや、夜の騎士ナイトバスがハリー・ポッターを拾ったという情報を早めに得ることが出来て助かった。どうやらここへ向かうようだ」

 耳を澄ませて聞こえてきた声に私は思わず声を上げそうになって口を両手で抑えた。今、誰かがはっきりとハリー・ポッターと名前を出したからだ。しかも、そのハリーを夜の騎士ナイトバスが拾ったという。私は気になってそっと扉を開けると、廊下へ出た。狭い階段を音を立てないように下りて行く。

「トム、ここで待たせてもらってもいいかね? 待っていたらそのうち到着するだろう――」
「大臣、お待ちの間何か持ちしましょうか?」
「ありがとう。なら、紅茶をポットで貰おうか。特別濃いのを頼むよ。このところ残業続きでね」
「シリウス・ブラックですか」
「ああ……参ったよ。一体どうやって逃げたのか……」

 話していたのは店主のトムさんと魔法大臣であるコーネリウス・ファッジのようだった。廊下の影からパブの店内に繋がる扉を僅かに開いて覗き見ると、日刊予言者新聞で見たことがある顔がそこにいた。小柄なでっぷりとした体のファッジ大臣は、疲れた顔をして立っている。去年ハリーとロンは透明マントの中からファッジ大臣を見たそうだけれど、私が彼を直接見るのはこれが初めてのことだった。

 やがてトムさんが紅茶を用意するためにカウンターの奥に引っ込むと、ファッジ大臣は近くのテーブル席にどっしりと腰を下ろした。大きく溜息をついて、寒そうに細縞のマントを体に巻き付けている。

 それにしてもハリーに一体何があったというのだろうか? 話を聞いてみたものの、ハリーが夜の騎士ナイトバスに乗ったこと以外何もわからなかった。これは直接訊ねてみた方がいいかもしれない――そう考えると私はファッジ大臣の目の前に飛び出したのだった。