The ghost of Ravenclaw - 023

4. 魔法大臣と漏れ鍋



 7月30日金曜日の朝――私が暖炉から漏れ鍋の店内へ躍り出ると、そこはにわかに騒がしかった。誰もが今朝発行されたばかりの日刊予言者新聞をかじり付くように読んではヒソヒソと話し合っている。私はポシェットの奥底に仕舞い込んで見て見ぬ振りをした記事の内容を思い出して、うんざりとした。

 そう、シリウスが脱獄したニュースが遂にイギリス全土に知れ渡ったのである。今朝の新聞の一面にはシリウスの写真が大きく載り、魔法省が確保に向けて闇祓いオーラーを中心に動き出していることや、12年前にシリウスが13人も殺しただの、あることないことがたくさん報じられていた。不思議なことにシリウスがハリーを狙っているという魔法省の推測はどこにも載っていなかったが、この状況を1年間我慢し続けなければならないのは正直苦行としか言いようがなかった。

 これは早々に予約変更を行なって部屋に引っ込む方が良さそうだ。私はそう思いながら店内を見渡した。すると、カウンターの奥に腰の曲がった魔法使いが1人見えて、私は近付いた。彼がこの漏れ鍋の店主、トムさんである。

「おはようございます。あの、つい先日宿泊の予約をしたミズマチですが、実は急遽予定が変わってしまって。今日から8月末まで部屋をお借りしたいんですが、空きはありますか?」

 声を掛けると、トムさんはにこやかに対応してくれた。1ヶ月以上滞在するのは難しいかとも思ったのだけれど、なんといくつか予約のキャンセルが発生したらしく、部屋はいくつか空いているとのことだった。トムさんは思わぬ長期滞在客に大喜びで、あとで紅茶をサービスすると言ってくれた。

「昨夜遅くに魔法省がアズカバンからシリウス・ブラックが脱獄したと発表しましてね……その件で今朝、予約のキャンセルを告げるふくろうがいくつか届いたというわけです」
「私も今朝、新聞を読みました。本当に――とても――気分の悪い記事で――」
「ええ、そうでしょう。あのアズカバンを脱獄するとは、まったくブラックは恐ろしい男です……ミズマチ様もどうかお気を付けください。お1人でマグルの街へは出ませんよう」
「ありがとうございます。気を付けます」

 世間話をしながら、私は案内してくれているトムさんのあとに続いて店の隅にある2つの扉のうちの1つを抜け、廊下を進み、その先にある狭い階段を上ると2階へと向かった。2階はマグルのホテルとそう変わりはなかった。長い廊下に等間隔で扉が並び、その各々に数字が割り振られている。私の部屋は階段を上がってすぐの1号室だった。

 魔法界のホテルなので、どこかヘンテコなところがあるんじゃないかと思っていたけれど、部屋の中は案外そんなことはなかった。ベッドは寝心地が良さそうなのが1つあるし、テーブルや洋服箪笥などの家具はどれも丁寧に使い込まれた樫材で落ち着いた雰囲気だ。大きな窓からはダイアゴン横丁が見渡せる。唯一魔法界らしいところといえば、鏡が喋ることだった(「きちんと身だしなみが整えられているわね。偉いわ!」)。

 サービスの紅茶を用意するというトムさんが一旦部屋を出て行くと、私は持ってきていたトランクを部屋の隅に置いてから窓を開けた。すると、タイミングを見計らったかのように部屋の中に黒と白の塊が勢い良く飛び込んできて、私は慌てて飛び退いた。

「ロキ! それに、ヘドウィグも!」

 ベッドに舞い降りた黒と白の塊は昨夜先に出発させてロキとそれからハリーのふくろうであるヘドウィグだった。どうやら途中で会ったらしい。ヘドウィグの脚には大きな荷物が1つと羊皮紙が1枚括り付けられていて、大きい荷物の方には見覚えのある文字で「ハリーへ」と書かれていて、羊皮紙の方には「ハナへ」と書かれていた。

「ハーマイオニーからの手紙を運んできてくれたのね。ありがとう、ヘドウィグ。水とビスケットを出すから少し休んで行って。その間に私もハリーへのプレゼントと手紙を用意するわ」

 私は一旦ヘドウィグから荷物を外してやると、トランクの中から鳥籠とビスケットを取り出した。鳥籠は洋服箪笥の上に置くことにし、中に水とビスケットを入れてあげるとヘドウィグは私の指を甘噛みしてからスーッと鳥籠へ飛んでいき、水を飲み始めた。ロキもヘドウィグのあとを追って鳥籠へと飛んで行ったが、ヘドウィグが水を飲んだりビスケットを食べ終わるまで口をつけようとはしなかった。自分より長旅をしたヘドウィグに譲ってあげているのだろう。私はその様子をニッコリと笑って眺めると、まずはハーマイオニーの手紙を読み始めた。



 ハナ、お元気?
 ロンがハリーの親戚の家に電話を掛けてハリーのおじさんを怒らせた話、貴方はもう聞いた? おじさんがハリーにひどいことをしていないといいんだけれど。

 私は今、フランスで休暇を過ごしています。だから貴方にもすぐに手紙を書けなかったの。貴方の家はマグルの住宅街にあると聞いているからマグルの郵便で出そうかとも思ったんだけれど、ちゃんと届くか不安で。でも、フランスではどこに魔法使いの郵便局があるのか分からなくて。そうしたら、私のところにヘドウィグがやってきたの! きっと、ハリーの誕生日に、今までと違って、何かプレゼントが届くようにしたかったんだわ。それで、ヘドウィグが貴方のところにも運ぶと言ってくれて、手紙を出せることになったの。ヘドウィグってとっても素晴らしいふくろうだと思わない?

 私、この夏から日刊予言者新聞を定期購読するようになったんだけど、ハナは1週間前のロンとご家族の写真を見たかしら? エジプトで1ヶ月も過ごせるなんて、私、本当に羨ましい。古代エジプトの魔法使い達はとても素晴らしかったと聞くから、きっと現地ではいろんなことを学べるはずだわ。

 でも、フランスにも、いくつか興味深い歴史があったの。私、こちらで発見したことをつけ加えるのに、魔法史のレポートを全部書き替えてしまったわ。長すぎないといいんだけど。ビンズ先生が仰った長さより、羊皮紙二巻き分長くなっちゃって。

 ロンが休暇の最後の週にロンドンに行くんですって。貴方は来られる? それから、今度こそ貴方が休暇中一緒に暮らしてるって人にも会いたいわ。今年こそ、連れてきてね!

 ハーマイオニーより 友情を込めて



 手紙はなんともハーマイオニーらしい手紙だった。きっとハリー宛の手紙にもこんな風にたくさん綴られているんだろう。追伸にはパーシーが首席に選ばれたことをロンから聞いたと書いてあった。けれど、どうやらロンはそのことがあまり嬉しくないらしく、その様子が想像出来て私は思わず笑った。

「ミズマチ様、紅茶をお持ちしました」

 1人でクスクスと笑っていると、扉がノックされトムさんがティーセットを持って再びやって来た。「どうぞ」と招き入れると、トムさんがゆっくりとした足取りで部屋の中に入ってくる。トムさんが持つトレイの上にはティーセットの他にクッキーも載っていた。

「この短い間に何やらいい知らせがあったようですね」

 テーブルの上にトレイを置きながらトムさんが言った。

「ええ。友達から手紙が届いたんです。それに、もう1人の友達は、お兄さんが首席に選ばれたらしくて――」
「それは素晴らしい――ヘッドボーイ・・・・・・といえば、学業成績はもちろんのこと、勤勉さ、素行の善良さや学生の評判などが加味されて選ばれる謂わばホグワーツのリーダーですからね」

 私はトムさんの言葉に思わず目をパチクリとさせた。どうやら私は今まで認識違いをしていたらしい。例の友人が首席だ、首席だというので、てっきりヘッドボーイやヘッドガールというのは「男女それぞれで成績がトップの人」という意味で使われているとばかり思っていたのだ。

 となると、悪戯ばかりしていたジェームズがヘッドボーイに選ばれたということは、実はとても凄いことだとも言える。もしかしたら、リリーに振り向いて貰うために頑張ったのかもしれない。私は「リリーの気を引こうと必死だった」というリーマスの言葉を思い出してそう思った。

「では、ミズマチ様、何かご用がございましたら、どうぞいつでも遠慮なく」

 トムさんが一礼して部屋を出て行くのを見ながら私は、また一つジェームズの素晴らしい一面を知れた気がした。