The ghost of Ravenclaw - 021

3. マージおばさんと夜の騎士バス

――Harry――



 まさかそんなことあるはずがない。
 ハリーは首を横に振ると、写真に写るシリウス・ブラックの顔を見た。落ち窪んだ顔は蝋のように蒼白で、その中でただ1か所、目だけが生きているようだった。まるでD.A.D.Aの授業で見た吸血鬼の絵にそっくりだ、とハリーは思った。

 一方でブラックはハナとはまったく似ていなかった。髪の色は同じ黒だが、目の色は違うし、それに何よりハナは父親が日本人で母親が日本人とイギリス人のハーフだと言っていた。この男はどうだ? どこからどうみても日本人ではない。ハリーは一瞬でもマルフォイやドビーの言っていたハナの父親がブラックではないかと思ってしまった自分を恥じた。

「おっそろしい顔じゃねーか?」

 ハリーがブラックの顔を見つめていることに気付いたスタンが言った。

「この人、13人も殺したの? たった1つの呪文で?」

 新聞を返しながらハリーは訊ねた。

「あいな。目撃者なんてぇのもいるし。真っ昼間だ。てーした騒ぎだったなぁ」

 すると、今まで進行方向を向いて座っていたスタンがくるりと後ろ向きに座り直した。その方がお互いの顔がよく見えて話がしやすかった。

「ブラックは“例のあのしと”の一の子分だった」

 それからスタンはブラックについてハリーに教えてくれた。スタンが言うには、ブラックはヴォルデモートに一番近いところにいたらしく、主君が魔法界を支配すれば自分がNo.2になれると信じていたそうだ。ハリー・ポッター――この名前が出てきた時、ハリーはドキリとして前髪を撫で付けた――がヴォルデモートを失脚させた時、ほとんどの部下達は主君がいなくなったのならもう終わりだと観念して一網打尽にされたが、追い詰められたブラックだけは違った。なんと、その場で辺り一帯を吹き飛ばしたのだ。

 しかも悪いことに、ブラックが追い詰められたのはマグルが多く行き交う通りで、丁度そこに居合わせた12人のマグルと1人の魔法使いが犠牲となってしまったそうだ。ブラックは気でも狂ったのかその場に突っ立って高笑いしていて、魔法省から応援部隊が駆け付けた時には大人しく連行されて行ったが、その間もずーっと高笑いしていたのだと言う。

「まったく狂ってる。なぁ、アーン? ヤツは狂ってるなぁ?」

 スタンが運転手のアーニーに同意を求めると、アーニーはゆっくりとした口調で言った。

「アズカバンに入れられた時に狂ってなかったとしても、今は狂ってるだろうな。あんなとこに足を踏み入れるぐれぇなら、俺なら自爆するほうがマシだ。ただし、ヤツにはいい見せしめというもんだ……あんなことしたんだし……」
「あとの隠蔽工作がてぇへんだったなぁ、アーン? なんせ通りがふっ飛ばされちまって、マグルがみんな死んじまってよ。ほれ、アーン、何が起こったってことにしたんだっけ?」
「ガス爆発だ」

 兎にも角にも、そんな凶悪犯が脱獄したということで魔法界は今、大騒ぎになっているそうだ。しかもアズカバンから脱獄したという話はこれまで一度も聞いたことがないという。スタン曰くアズカバンの看守が恐ろしいらしいが、それがどんなものなのか聞く前に、アーニーが震えて「違うことを話せ」と言ったので、ハリーはそれが何か聞くことが出来なかった。

 もしかするとハナが手紙に書いていた「とある事件」というのはこのことだったのかもしれない。ヴォルデモートに次ぐ凶悪な殺人犯が脱獄したというので、ホグワーツも襲撃されないように対策が必要なのだろう。しかし、法律を犯したブラックがアズカバン行きなら、同じく法律を犯したハリーもアズカバン行きだろうか? ハリーはふとそう思って、気分が悪くなった。

 マージおばさんを膨らませたのは、アズカバンに引っ張られるほど悪いことだろうか? 魔法界の監獄のことは、ハリーは何も知らなかったが、他の人が口にするのを耳にした限りでは、10人が10人、恐ろしそうにその話をした。森番のハグリッドは昨年度、2ヶ月をアズカバンで過ごした。どこに連行されるか言い渡された時、ハグリッドが見せた恐怖の表情を、ハリーは忘れることが出来なかった。しかも、ハグリッドはハリーが知る限り、もっとも勇敢な人物のうちの1人なのだ。

 ハリーは不安と惨めさに身じろぎもせず、布団の上に横になっていた。しばらくして、ハリーがココアの代金を払ったことを思い出したスタンがやってきた。しかし、バスがアングルシーからアバーディーンに突然飛んだ時に、スタンが持ってきたココアは、ハリーの枕にぶちまけられることになった。

 その後もバスはイギリス中をバーンバーンと飛び回り、一人、また一人と乗客を降ろして行った。スリッパを履き、寝間着にガウン姿の乗客達はやっとこの乱暴な運転から解放されるとばかりに嬉しそうに降りて行き、ハリーはその全員の姿をベッドに横になりながらぼんやりと眺めて自分の番が来るのを待った。

 そうしてやっと乗客がハリーだけになり、ロンドンに行けることになると、空はもう白み始めていた。バスはバーンと音を立て、チャリング・クロス通りに飛び、ビュンビュン飛ばしている。ハリーは起き上がって窓の外を眺めながら、ハナが起きてくるまでどうしようかと考えていた。いくらなんでもハナはまだ起きていないだろうから、少なくともあと数時間はどこかに潜んでいなければならない。

 やがてバスが漏れ鍋の前で急停車すると、ハリーはトランクを持って素早く降りた。魔法省の役人に見つかる前に出来るだけ早く身を隠す場所を見つけたかった。しかし、そんなに上手く事は進まなかった。ハリーが一旦トランクを歩道に置き、スタンに「さよなら!」と言うや否や、漏れ鍋から男が1人、現れたのだ。それは、今のハリーが絶対に会いたくない人物――。

「ハリー、やっと見つけた」

 コーネリウス・ファッジ魔法大臣だった。