The ghost of Ravenclaw - 020

3. マージおばさんと夜の騎士バス

――Harry――



 迷子の魔法使い、魔女達の緊急お助けバスだという夜の騎士ナイトバスは、ハリーの知っているマグルのそれとはまったく違っていた。専用のバス停なんてものはなく、杖腕を差し出せば現れるこのバスは、なんと「どこなりと、お望みの場所までお連れ」してくれるらしい。当然ハリーはこんなバスがあることをまったく知らなかったのだが、ルーモスを使った時か転んだ拍子のどちらかで偶然呼び出す条件を満たしたのだろうと思った。

 しかし、偶然でもなんでも、今のハリーにとってこんなに有り難い乗り物はなかった。聞けば、ロンドンまでは11シックルだという。13シックルで熱いココアがつき、15シックルなら湯たんぽと好きな色の歯ブラシがついてくる――ハリーは13シックル払ってこのヘンテコなバスに乗ることにした。行き先はもちろんハナが泊まっている漏れ鍋である。

 ハリーが乗り込むと、中には座席がなく、まるで寝台列車のようになっていた。カーテンの掛かった窓際に真鍮製の寝台が6個並び、その脇にはそれぞれ腕木に蝋燭の明かりが灯り、板張り壁を照らしている。奥には既にナイトキャップを被った小さな魔法使いが1人いて、何やらムニャムニャと寝言を言いながら寝返りを打っているところだった。バスは3階建なのでこれがあと2フロアあるのだろう。ハリーは狭い階段が付いているのを見て思った。もしかしたら、この魔法使いの他にもまだ誰かいるのかもしれない。

 この一風変わったバスの車掌がスタン・シャンパイクという先程ハリーの前に現れた紫の制服を着た男だった。見た目はハリーとそれほど変わらず、せいぜい18か19くらいだ。にきびだらけで大きな耳が突き出している。スタンはトランクを運び入れるのを手伝ってくれ、ハリーは難なくトランクを運び入れることが出来た。このころにはあの黒い大きな生き物はすっかりいなくなっていて、ハリーは結局あれがなんだったのか分からず終いだった。犬のようにも見えたけど、それにしては大きかった――。

「ネビル、ここがおめえさんのだ」

 運び入れたトランクをベッドの下に押し込みながら、すっかり職業口調を忘れ軽口で話すスタンが言った。ハリーのベッドは運転席の真後ろだ。因みになぜハリーが「ネビル」と呼ばれているかというと、先程額の傷痕を見られしつこく訊ねられたからである。その時、咄嗟にネビルの名前が浮かんで、ハリーは「ネビル・ロングボトム」とスタンに名乗っていたのだ。未成年なのに魔法を使ってしまい魔法省から追いかけられるかもしれないのに、有名過ぎる自分の名前は名乗りたくなかった。

 運転席にはスタンとは別の男が座っていた。分厚い眼鏡を掛けた年配の魔法使いで、スタンがアーニー・プラングだと紹介してくれた。アーニーはハリーに向かってこっくりと挨拶してくれ、ハリーは額の傷痕を見られないように前髪を神経質に撫で付けながら挨拶を返すと、ベッドに腰掛けた。それからスタンも運転席の隣にある肘掛椅子に腰掛けると、アーニーに出発の合図を出した。

「アーン、バス出しな」

 次の瞬間、夜の騎士ナイトバスは到着した時と同じようにバーンという物凄い音を立てて、走り出した。そのあまりの勢いにハリーはベッドに放り出され、仰向けに倒れた。それから起き上がって窓の外を見た時には、バスはもうマグノリア・クレセント通りにはいなかった。

「おめえさんが合図する前には、俺たちゃここにいたんだ」

 呆気に取られているハリーを愉快そうに眺めながらスタンが言った。聞くところによると、元々夜の騎士ナイトバスはウェールズにいたらしく、この一瞬のうちに元の場所まで戻ってきたのだという。あのバーンという大きな音は一気に場所を移動する時に出る音なのだ。

 ハリーを乗せたバスはウェールズをビュンビュン走り、しょっちゅう歩道に乗り上げた。そのアーニーの乱暴な運転にハリーは不安になったが、不思議なことにバスはどこにも衝突しなかった。街灯も郵便ポストもゴミ箱も、みんなバスが近づくとみんな飛びのいて道を空けるからだ。

 やがて、バスはアバーガブニーに停まった。そこで上の階にいたマダム・マーシという魔女を降ろすと、またバーンと音を立てて今度は田舎道をひた走った。それからもバスは何度もバーンバーンと音を立てては一度に100キロも200キロも移動し、ハリーより前に乗っていた魔法使いや魔女を降ろして行ったが、その間ハリーは一向に眠ることが出来なかった。

 別にバスがうるさくて眠れなかったわけではなかった。けれども、マグノリア・クレセント通りで座っていた時のように、1人でじっとしているとどうしてもこれから一体どうなってしまうのか不安になって、全然眠くならなかった。マージおばさんはあれからどうなっただろう。ダーズリー一家は天井から下ろすことが出来ただろうかと考えてると、胃の中がひっくり返る思いがした。

 ハリーは出来る限り他のことを考えようと辺りに視線を彷徨わせた。すると、運転席の隣――ハリーの斜め前――に座っていたスタンが日刊予言者新聞を広げて読んでいるのが目に入った。一面に大きな写真があり、もつれた長い髪に頬のこけた男が、ハリーを見てゆっくりと瞬きした。なんだか妙に見覚えのある顔だ。

「この人!」

 ハリーは一瞬自分の悩みを忘れて叫んだ。

「マグルのニュースで見たよ!」

 そう、一面に載っていたのは連日テレビで報道されていた脱獄囚だったのだ。でも、一体どうしてマグルのニュースで報道されている脱獄囚が魔法界の新聞にも載っているのだろう。驚きつつも食い入るように写真を見ていると、一面を確認したスタンがクスクス笑った。

「シリウス・ブラックだ。こいつぁマグルのニュースになってらぁ。ネビル、どっか遠いとこでも行ってたか? もっと新聞を読まねぇといけねぇよ」

 そう言うとスタンは新聞の一面を抜き取り、ハリーに手渡した。ハリーは受け取った新聞を蝋燭の明かりに掲げると読み始めた。



 ブラックいまだ逃亡中

 魔法省が今日発表したところによれば、アズカバンの要塞監獄の囚人の中で、最も凶悪といわれるシリウス・ブラックは、未だに追跡の手を逃れ逃亡中である。

 コーネリウス・ファッジ魔法大臣は、今朝、「我々はブラックの再逮捕に全力であたっている」と語り、魔法界に対し、平静を保つよう呼びかけた。ファッジ大臣は、この危機をマグルの首相に知らせたことで、国際魔法戦士連盟の一部から批判されている。

 大臣は「まあ、はっきり言って、こうするしかなかった。おわかりいただけませんかな」と、いらつき気味である。さらに「ブラックは狂っているのですぞ。魔法使いだろうとマグルだろうと、ブラックに逆らった者は誰でも危険にさらされる。私は、首相閣下から、ブラックの正体は一言たりとも誰にも明かさないという確約をいただいております。それに、なんです――たとえ、口外したとしても、誰が信じるというのです?」と語った。

 マグルにはブラックが銃(マグルが殺し合いをするための、金属製の杖のようなもの)を持っていると伝えてあるが、魔法界は、ブラックがたった一度の呪いで13人も殺した、あの12年前のような大虐殺が起きるのではと恐れている。



 アズカバン――ハリーは記事の最初に書いてある文字をじーっと見つめた。この言葉はハリーが去年何度か耳にした言葉だった。クリスマスの日にポリジュース薬を飲んでスリザリン寮に忍び込んだ時に初めてマルフォイから聞いたのだが、その際マルフォイは「実はハナがマグル生まれではなくアズカバンにいる犯罪者の娘なのではないか」とデタラメを言っていた。ハグリッドが魔法省に連れて行かれた時にも聞いたし、それから学年末にも聞いた。ドビーが去り際に言ったのだ。

『くれぐれもハナ・ミズマチにはお気をつけて! 今回は味方でしたが、彼女はアズカバンの囚人の娘かもしれないのですから――』