The ghost of Ravenclaw - 019

3. マージおばさんと夜の騎士バス

――Harry――



 ハリーは怒りで肩を震わせながらトランクを引きずり、プリペッド通りを大股で歩いた。一刻も早くこの忌まわしいプリペッド通りから離れたかった。どうしてあのままプリペッド通りを彷徨い続けることが出来るだろうか。いや、出来るわけがない。

 やがて、夜の暗闇に包まれているマグノリア・クレセント通りまでやって来ると、ハリーはようやく低い石垣に腰を下ろした。落ち着いてこれからどうするのか考えなくてはならない――けれども、じっと座っていても収まらない怒りが身体中を駆け巡り、心臓が狂ったように鼓動し続けているのが分かった。

 しかし、暗い通りに10分ほど1人で座っていると、怒りとは別の感情がハリーを支配した――パニックである。こんな暗い夜の中、マグルの世界にたった1人で飛び出してしまったのだ。これから一体どうしたらいいのかハリーにはまったく想像つかなかった。しかも、もっと悪いことに魔法を使ってしまった。去年は間違いで公式警告状を受け取ったが、今度こそ本当に使ってしまった。

 公式警告状には「再び呪文を行使すれば、退学処分になる可能性がある」と書かれてあった。可能性とあったが、これだけ「未成年魔法使いの制限事項令」を破れば、間違いなくホグワーツは退学処分になってしまうだろう。それに、魔法省の役人が今にもハリーを捕まえにやって来るかもしれない。そうしたら、一体どうなってしまうのだろう? 魔法界にも居場所がなくなってしまうのだろうか。もう親友達には会えなくなってしまうのではないだろうか。

 ハリーはロンとハーマイオニー、それからハナのことを思って、ますます落ち込んだ。3人はハリーが罪人であろうとなかろうと、今のハリーを助けたいと思ってくれるに違いない。しかし、ロンとハーマイオニーはそれぞれエジプトとフランスにいるからすぐにはハリーを助けに来られないだろうし、唯一国内にいるハナとも、ヘドウィグを追い出してしまったあとですぐに連絡は取れなかった。

 もっと最悪なことに、ハリーはマグルのお金をまったく持っていなかった。ハナがくれた巾着袋の奥に入っている財布の中に魔法界の金貨が僅かにあるだけだ。漏れ鍋に泊まっているというハナのところへ行こうにもこれでは電車にすら乗れない。トランクを引きずってロンドンまで歩くという手もあるが、それは無謀というものだろう。

 ハリーに残された唯一の方法は箒に乗って飛んでいくことだった。運のいいことにハリーには父親が遺してくれた透明マントがある。それをすっぽり被って飛んでいけば、確実にロンドンまで行くことが出来る。トランクは魔法を掛けて軽くすればいい。どうせホグワーツを退学になるのなら、もう一度魔法を使ったって同じことだ。無法者の人生の始まりである。

 無法者という言葉に、ハリーはこれっぽっちも魅力を感じなかったものの、こうなっては仕方ないと準備を始めることにした。どうせこのままここに座ってばかりいては、マグルの警察に見つかって、こんな真夜中に何をしているのか説明する羽目になる。その前にロンドンまで行かなければならない。そうすれば、ハリーは少なくとも1人ではない。

 ハリーはトランクを開ると中に投げ入れていた巾着袋を取り出した。透明マントはとても大事なものなので、この巾着袋の中に隠し持っていたのだ。しかし、巾着袋を開いたところで妙な感覚がして、ハリーは巾着袋を一旦置いて勢いよく立ち上がった。

 首筋が何やらチクチクして、誰かに見られているような気がした。けれども、杖を握り締めて辺りを見渡してみたものの、通りにはハリー以外誰もいない。それどころか、通り沿いに建つ家々のどこからも一条の明かりさえ漏れていなかった。気のせいだろうか。ハリーはそう思いつつ、もう一度石垣に腰掛けて巾着袋を手に取り――また立ち上がった。

 やはり何かに見られている気がしてならなかった。しかも、今度は先程よりしっかりと気配を感じた。ハリーの背後からだ。ハリーは手の中にしっかりと杖があることを確認して背後を振り返った。そして、ガレージとフェンスの間にある細い路地を見つめると、何かが立っているのが僅かに見て取れた。

 ハリーは真っ黒な路地に杖を向けながら目を凝らして見つめた。人ではないようだが、何せピクリとも動かないのでそれが何なのかが分からない。動いてくれさえすれば分かるかもしれないのに。野良猫か野良犬だろうか――それとも、別の何かだろうか。

「ルーモス!」

 これでは埒が明かないと意を決してハリーが呪文を唱えると、杖先に明かりが灯り、ハリーは一瞬目が眩みそうになった。気を取り直して杖を頭上に掲げると、小石混じりの壁が照らしだされ、そこに2番地と書かれているのが見えた。金属製のガレージの扉に杖明かりが反射し、微かに光っている。

 ハリーはそのガレージの扉の横に何かがいるのをはっきりと見た。それは、得体の知れない何か図体の大きなもので、真っ黒な中にギラついた大きな目がハリーを見つめているのが分かった。

 恐ろしくなってハリーは後退りした。しかし、1歩も下がらないうちにハリーはトランクに足をぶつけてバランスを崩してしまった。倒れる体を支えようと片腕を伸ばした弾みに杖が手を離れて飛んでいき、ハリーは歩道から道路脇の排水溝にドサッと尻から落ちた。

 次の瞬間、耳をつんざくようなバーンという音がしたかと思うと、杖明かりとは比べ物にならないほど眩しい何かがハリーの元に急速に近付いて来た。あまりの眩しさに目を覆いながら間一髪で歩道へと戻り、振り返ってみると、たった今ハリーが倒れていた場所に、巨大なタイヤが一対、ヘッドライトと共に急停止した。

 これは一体何なのだろう。不思議に思いながらハリーがタイヤからゆっくりと顔を上げてみると、それはなんと3階建ての派手な紫色のバスだった。どこから現れたのか、フロントガラスの上に、金文字で「夜の騎士ナイトバス」と書かれている。

 こんなものが突然目の前に現れるなんて、打ちどころが悪くて頭がおかしくなってしまったのだろうか。ハリーがそんな風に考えていると、バスの車体と同じ紫の制服を着た男がバスの中から飛び降りて来た。

夜の騎士ナイトバスがお迎えにきました。迷子の魔法使い、魔女達の緊急お助けバスです。杖腕を差し出せば参じます。ご乗車ください。そうすればどこなりと、お望みの場所までお連れします」