The ghost of Ravenclaw - 018

3. マージおばさんと夜の騎士バス

――Harry――



 マージおばさんのいるプリペッド通り4番地の生活は、最悪そのものだった。それは、ハリーが思わず、マージおばさんがいないダーズリー家がどんなに素晴らしかったかと思いを馳せたくらいには、最悪だった。マージおばさんは初日からハリーにあれやこれやと文句を言うのに余念がなかったし、3日目の昼食にもハリーのことを芯から腐っていると吐き捨てた。

 ハリーはマージおばさんが難癖をつけるたびに腹が立ったが、どうにか我慢して6日を耐え抜き、とうとう最後の夜がやってきた。これを我慢すれば早ければ明日にでも許可証にサインが貰える。ロンやハーマイオニー、それからデートじゃない日にはハナともホグズミードを楽しむことが出来る。ハリーはそう考えて最後の夕食に臨んだ。

 有り難いことに、最後の夕食はデザートにレモン・メレンゲ・パイが出て来ても、ハリーの話題は一度も出てこなかった。今やペチュニアおばさんは食後のコーヒーを飲んでいるし、バーノンおじさんとマージおばさんはワインからブランデーに切り替え、もう1杯飲もうとしている。

 このまま何も問題が起きないうちに部屋に戻れたらどんなにいいだろう、とハリーは思った。部屋にこもっていられればハリーはマージおばさんに腹を立てる必要がなくなるどころか、『自分でできる箒磨きガイドブック』をこっそり読むことだって出来る――このガイドブックはマージおばさんが滞在している間とても役に立って、ハリーは毎晩みんなが寝静まったあとに読み耽り、難癖をつけられる度に本の内容を思い出すことに徹した。この対策はハリーの目が虚ろになってしまう以外は効果抜群で、このお陰でハリーはこの1週間を乗り切れたのだ。

 しかし、ハリーを見るバーノンおじさんの小さな目が怒っているのを見て、ハリーは最後まで付き合わなければならないことを思い知らされた。問題を起こすなというにもかかわらず、マージおばさんのそばにハリーを置いておこうとするのは一体どういうわけかハリーは問い詰めたくて仕方なかった。

「素晴らしいご馳走だったよ、ペチュニア。普段の夕食は大抵あり合わせを炒めるだけさ。12匹も犬を飼ってると、世話が大変でね……」

 注がれたブランデーを飲み干し、マージおばさんはそう言うと思いっきりゲップをした。

「――失礼。それにしても、わたしゃ、健康な体格の男の子を見るのが好きさね。ダッダー、あんたはお父さんと同じで、ちゃんとした体格の男になるよ。ああ、バーノン、もうちょいとブランデーを貰おうかね」

 マージおばさんはご機嫌な様子で、未だにパイを食べ続けているダドリーにウィンクしながらおしゃべりを続けた。ハリーは早くマージおばさんが眠くなって、ハリーの存在を忘れたまま1日が終わらないかとそればかり祈っていたが、プリペッド通り4番地にハリーの味方は誰一人としていなかった。突然マージおばさんがハリーの存在を思い出したのだ。

「ところが、こっちはどうだい――」

 グイッと顎で指され、ハリーは急いでガイドブックのことを思い出した。マージおばさんの話をまともに聞いてはいけない。

「こっちの子はなんだか見窄らしい生まれ損ないの顔だ。犬にもこういうのがいる。去年はファブスター大佐に1匹処分させたよ。水に沈めてね。出来損ないの小さなやつだった。弱々しくて、発育不良さ」

 ハリーは必死に12ページを思い浮かべていた。後退を拒む箒を治す呪文――。

「この間も言ったが、要するに血統だよ。悪い血が出てしまうのさ。いやいや、ペチュニア、あんたの家族のことを悪く言ってるわけじゃない」

 ペチュニアおばさんの骨ばった手をシャベルのような手でポンポン叩きながら、マージおばさんはしゃべり続けた。

「ただあんたの妹さんは出来損ないだったのさ。どんな立派な家系にだってそういうのがひょっこり出てくるもんさ。それでもって碌でなしと駆け落ちして、結果はどうだい。目の前にいるよ」

 ハリーは自分の皿を見つめていた。懸命にガイドブックの内容を思い出そうと試みたが、奇妙な耳鳴りがして、柄ではなく箒の尾をしっかり掴むこと――の続きがどうしても思い出せなかった。どんなに頑張ってもマージおばさんの声がハリーの耳にグイグイ侵入してきて、遂にハリーの頭の中はマルフォイを吹き飛ばしたハナの姿になった。あの時のハナと同じようにマージおばさんを吹き飛ばせたら、どんなにいいだろう。

「そのポッターとやらは」

 ハリーはマルフォイを吹き飛ばすハナから、魔法のバースデー・カードに無理矢理切り替えようとしたが、頭に浮かんだのは怖い顔をしてマージおばさんを吹き飛ばしているハナの姿だった(「ハリーの――家族を――侮辱――しないで!」)。そんなことをハリーが考えているとは露知らず、マージおばさんは手酌でブランデーをドバドバとグラスに注いでいる。

「そいつが何をやってたのか聞いてなかったね」

 バーノンおじさんもペチュニアおばさんも、一様に緊張した表情をしていた。ハリーが今にも爆発して魔法を使うのではないかと気が気ではないのだ。

「ポッターは――働いていなかった」

 ハリーとマージおばさんの両方の顔色をうかがいながらバーノンおじさんが答えた。

「そんなこったろうと思った!」

 マージおばさんはブランデーをぐいっと飲み、袖で顎を拭った。

「文無しの、役立たずの、穀潰しの、掻っ払いが――」
「違う」

 もう我慢出来なかった。ハリーは怒りで全身を震わせながら話に割って入って反論した。すると、バーノンおじさんがこのままではいけないと慌ててハリーを部屋に上がらせようとしたが、マージおばさんがそれを制した。

「言うじゃないか。続けてごらんよ。親が自慢てわけかい、え? 勝手に車をぶっつけて死んじまったんだ――どうせ酔っ払い運転だったろうさ――」
「自動車事故で死んだんじゃない!」

 ハリーは思わず立ち上がった。

「自動車事故で死んだんだ。性悪の嘘つき小僧め。きちんとした働き者の親戚に、お前のような厄介者を押しつけていったんだ!」

 マージおばさんもハリーに負けじと怒鳴った。

「お前は礼儀知らず、恩知らず――」

 すると突然、マージおばさんが黙った。まるで喉から言葉も出ないほどの怒りで膨れ上がっているように見えた。しかし、どうもおかしい――マージおばさんの巨大な赤ら顔がどんどん膨張していくではないか。なんと、マージおばさんは本当に風船のように膨れ上がって喋れなくなっていたのだ。

「マージ!」

 バーノンおじさんとペチュニアおばさんが同時に叫んだ。今や完全な球体となったマージおばさんが、椅子を離れ天井に向かって浮き上がり始めていた。キッチンは一瞬のうちに大混乱になり、バーノンおじさんはどうにかしてマージおばさんを床に戻そうと躍起になっている。

 ハリーはそんな状況を無視して、怒りに満ちたままダイニングを飛び出し、階段下の物置に直行した。鍵が掛けられているはずの物置の扉は、ハリーが近付くとパッと開いた。どうやらまた無意識に魔法を使ってしまったようだが、今は好都合だ。

 勝手に扉が開いた物置の中からトランクと競技用の箒を玄関まで引っ張り出すと、ハリーは急いで2階に駆け上がり、素早く緩んだ床板の下に隠してある巾着袋を引っ掴んだ。それから、箪笥の中に隠していたヘドウィグの鳥籠を引っ掴むと、脱兎のごとく階段を駆け下りて、トランクの元へ戻った。

「ここに戻るんだ!」

 ハリーが巾着袋の中に箒とヘドウィグの鳥籠を仕舞った瞬間、バーノンおじさんがダイニングから飛び出して来た。

「戻ってマージを元通りにしろ!」

 しかし、ハリーはあまりの怒りで見境がなくなっていた。トランクを蹴って開けると、杖を取り出してバーノンおじさんに突き付けた。

「当然の報いだ」

 ハリーは語気を強めて言った。

「身から出た錆だ。僕に近寄るな。これ以上僕の両親を侮辱してみろ。僕だって地の果てまでマージおばさんを追いかけてやる」

 そうして次の瞬間、ハリーはプリペッド通り4番地を飛び出していた。