The ghost of Ravenclaw - 014

3. マージおばさんと夜の騎士バス

――Harry――



 ホグワーツに入学してから2回目の夏休みもハリーにとってはあまり良いものではなかった。両親が闇の魔法使い、ヴォルデモートの手によって亡くなって以降世話になっている親戚のダーズリー一家はまるで中世のマグルのように魔法を忌み嫌い、魔法使いであるハリーのことを虐げるからだ。誰一人として味方のいない家に2ヶ月もいるなんて、どうして耐えられることが出来るだろう。

 しかし、今年は最もまともな夏休みだと言っても過言ではなかった。バーノンおじさんもペチュニアおばさんも、せいぜいホグワーツのトランクや競技用の箒を階段下の物置に仕舞い込むとか、近所の人と話すのを禁止するくらいしかしなかったからだ。ハリーは、もしかしたらおじさんとおばさんが、去年の夏、ハナに脅されたことを覚えていて、「地の果てまで追いかけられる」のを恐れているのかもしれないと思った。だとしたら、このまま覚えておいて欲しいとハリーは思った。

 けれども、しっかりハリーの荷物を取り上げたと思ったのに、ほとんどの荷物をハリーが隠し持っていて、毎夜、布団の下に隠れて宿題をしていると知ったらハナの脅しなんてすっかり忘れてしまうに違いない。ただでさえ、夏休みが始まってすぐにロンがダーズリー家に電話を掛けてきた件で、おじさんもおばさんもカンカンなのだ。ハリーは再びいざこざを起こすまいと、宿題をするにも神経を尖らせなければならなかった。

 そうやって努力をして、ハリーはこのまともな夏休みを死守していたのだけれど、夏休みが始まってからというもの誰からも連絡がないのはとても惨めではあった。もしかしたらロンがおじさんをカンカンに怒らせてしまったので、ハナとハーマイオニーに連絡しない方がいいと話したのかもしれない。だとしたら、非常に残念だ。ハナとハーマイオニーなら、電話の使い方だってよく知っているだろうし、少なくともロンのように電話口で自分はホグワーツ生だと大声で叫んだりしなかっただろうに。

 もし、自分から手紙を送ることが出来たらこんな惨めな思いにはならなかったかもしれない。しかし、ハリーはいつも手紙を運んでくれるペットのふくろうのヘドウィグを夜の間だけ自由にする代わりに、決して友達に手紙を出さないとおじさんと約束してしまっていた。こっそり手紙を出すことも出来るだろうが、それがバレてしまえば、ハリーもヘドウィグも去年同様閉じ込められる羽目になるだろう。

 そういうわけでハリーは、誰とも連絡を取れない惨めさを我慢しながら、7月30日の夜も懐中電灯片手に布団の中でこっそりと宿題をこなしていた。今日は魔法史の「14世紀における魔女の火あぶりの刑は無意味だった――意見を述べよ」という宿題である。布団の中で魔法史教科書の中から役立ちそうなところを探し、羊皮紙に書き出す作業はとても目が疲れたが、いざこざを起こさないためには必要なことだった。

 教科書から見つけた内容を粗方書き終えるころには、ハリーの目はすっかり疲れてむず痒くなっていた。きっともう随分と遅い時間に違いない――夜の静寂の中には、いとこのダドリーのいびきが微かに聞こえている。

 この仕上げは明日にしようとハリーはインク瓶の蓋を閉め、ベッドの下から大きく「H」と書かれている古い巾着袋を引っ張り出した。この巾着袋は一昨年のクリスマスにハナから貰ったもので、中には検知不可能拡大呪文が掛けられていて、驚くほど多くのものが入れられた。これのお陰でハリーはたくさんの食べ物やホグワーツに関するものを隠し持っていられたのだ。

 そんな巾着袋の中に懐中電灯や魔法史の教科書、羊皮紙、羽根ペン、インク瓶を入れるとベッドから出て、ベッドの下の床板の緩んだ場所にそれを隠した。それから伸びをして、ベッドの脇机に置いてある夜光時計で時間を確かめた。

 午前1時である。いつの間にか7月30日から31日に変わり、気付かないうちに13歳になっていたようだ。それに気付いた時、ハリーは奇妙な衝撃を受けるのを感じた。けれども、今年もきっと誰にも誕生日を祝って貰えないに違いない。去年はドビーにすべて取り上げられたし、今年は誰からも連絡が来ないのだから――。

 ハリーは暗い部屋を横切り、ヘドウィグのいない鳥籠の脇を通り、開けっ放しにしている窓辺へと歩いた。街灯の明かりだけがポツリポツリと灯るプリペッド通りを見渡して、主人の誕生日を祝いに愛梟あいきょうが帰ってくることを期待した。

 しかし、ヘドウィグはもう二晩も帰っていなかった。以前もこのくらい帰らなかったことはあるし、ハリーは特に心配はしていなかったけれど、誕生日くらいは帰ってきて欲しかった。この家の中でハリーの誕生日を祝ってくれるとしたら、ヘドウィグくらいしかいなかったからだ。

 ハリーはヘドウィグがいないかもう一度プリペッド通りを見渡し、そして、星空に目を走らせた。満月が近いからか、ほとんど丸に近い大きな月が金色に輝いて夜の街を照らしている。ハリーはしばらくの間そんな月を何気なく眺めていたが、やがて、そこに小さな影が浮かび上がってきたことに気付き、目を凝らした。小さな影は金色の月を背に、みるみる大きくなっていく。

 影はハリーの方へと向かっているように見えた。奇妙に傾いたヘドウィグよりもずっと大きな生き物で、羽ばたきながらこちらへやってくる。ハリーは一瞬窓を閉めようかと考えたが、やがてその大きな生き物がプリペッド通りに差し掛かると、その正体が分かってニッコリとした。

 大きな生き物だと思っていたのは、4羽のふくろうだった。それらが重なり、奇妙に傾いた大きな生き物の影に見えていたのだ。ハリーが脇へ飛び退くと、4羽のふくろうは窓から部屋の中へと舞い降りてきた。ベッドの上にパサリと軟着陸すると、真ん中にいた灰色のふくろうがコテンとひっくり返って動かなくなった。どうやら気を失っていて、あとの3羽が支えながら飛んできたようだった。灰色のふくろうの脚には大きな包みが括り付けられている。

 気絶している灰色のふくろうがウィーズリー家のふくろうであるエロールだということに、ハリーは気付いた。ハリーは急いでベッドに駆け寄り、括り付けてある包みを外してやると、エロールをヘドウィグの籠の中へと運んだ。すっかり弱り切っているエロールは片目だけをぼんやりと開けて、感謝するようにホーと鳴くと、水をゴクゴクと飲んだ。

 エロールの無事を確認すると、ハリーは他のふくろうの元へと戻った。1羽はハリーのペットである白ふくろうのヘドウィグで、もう1羽はこちらも包みを抱えたキリッと凛々しいハナのペットである黒ふくろうのロキだ。2羽とも得意げに包みを抱えていて、ハリーがそれを外してやると、どちらもハリーの指を甘噛みしてからエロールのそばに飛んでいって羽を休めた。

 最後の1羽はハリーの知らない森ふくろうだった。しかし、どこから来たのかはすぐに分かった。4つ目の包みと一緒にホグワーツの校章のついた手紙を持ってきたからだ。郵便物を外してやると、そのふくろうは羽を休めることなく、窓から夜空へと飛び立った。

 ハリーは森ふくろうを見送ると、改めて自分のベッドに置かれた4つの包みを見下ろした。何も連絡を寄越さなかった親友達は決してハリーを忘れていたわけではなかったらしい。ハリーは生まれて初めてこんなにたくさんのプレゼントを貰って、ニッコリと笑ったのだった。