The ghost of Ravenclaw - 011

2. アズカバンの脱獄囚



 漏れ鍋から煙突飛行を使いメアリルボーンの自宅に戻ってくると、時刻は午後2時を過ぎていた。リーマスが戻ってくるまで少なくともあと3時間以上はあるけれど、あまりのんびりする時間はないだろう――私はハイタッチの余韻を味わう間も無く、シリウスを急かして再び出掛けなければならなかった。

 次に向かうのはマグルのスーパーマーケットだった。シリウスが思っていた以上に保存食を食べてしまったので、買い出しに行くのだ。本当はリーマスが戻ってくる前に話したいことがたくさんあったけれど、それよりも先に十分な食料を揃え、シリウスが飢え死にしないようにすることが先決だ。次会えるとしたらホグワーツが始まってからだろうし、その間の食料を出来るだけなんとかしてあげたかった。

「あまり日持ちしないものは買えないけど、少しなら買えるわ。貴方は何が好き? ビーフ? ポーク? それとも、チキ――」
「ワン!」
「OK――チキンね。大きいものを買うわ」

 尻尾をブンブン振りながら喜びを表現するシリウス、基、パッドフットは、一緒に入店して自分でもチキンを選びたがっていたけれど、それは流石に出来なかったので入口で待っていて貰うことになった。どうせ待つことになるのなら、家で待っていて貰っても良かったのだけれど、何かイレギュラーがあってリーマスと鉢合わせするのが怖かったのだ。

 あまりのんびりと選んでいる時間はなかったので、賞味期限が長いものを手当たり次第に手に取り、最後に1番大きなチキンを買ってパッドフットの元に戻った。パッドフットは主人を待つ忠犬になって大人しくしていてくれたけれど、なぜか戻って来ると、見知らぬお婆さんにビスケットを貰っているところだった。もしかしたら、上手くおねだりしたのかもしれない。

 再び家に戻ると今度は犬の姿から元に戻ったシリウスが自分の歩いたところや座ったところなどを念入りにチェックして回り、あちこちに掃除呪文を掛けた。シリウスは久し振りに杖を使えるのが嬉しいのか嬉々として杖を振って自分の痕跡を消していきながら「浮気の証拠を消すようだな」と言っていた。

「しばらくはあちこち転々として、ハリーの姿を一目見たら、ホグワーツに向けて旅立つとしよう」

 そうしてようやくひと段落着くと、もう午後4時になっていた。もうそろそろ行かなければならない時間だ――シリウスは私から受け取った巾着袋を大事そうに腰のベルトに括り付け、真新しい杖をしっかりと握り締めながら今後のことについて話した。

「次に会えるのはきっとホグワーツね。禁じられた森のどこかにいてくれれば、私は貴方を見つけることが出来ると思うわ」
「ありがとう。恩に切るよ」
「ピーターをどう捕まえるのか、その時に話しましょう。今は貴方が無事にホグワーツへ辿り着くことが先決だわ」
「君のこの2年の話も聞かせてくれ。私にも楽しいニュースが必要だ」

 シリウスはこの1ヶ月ほど私が何度も耳にした言葉を口にして、笑った。別に特別でもなんでもないその言葉が特別に聞こえるのは、今はここにいることが出来ないもう1人の親友が常々私に向かってそう話していたからだろう。教えてもないのにその言葉を口にするのは、シリウスとリーマスの間には今でも確かな絆があるからだと思えてならなかった。

「ええそうね。貴方が好きそうな冒険話が山程あるわ」
「いいな。君の武勇伝が聞けるのが楽しみだ」
「リーマスは毎回怒るのよ。今年は何時間も怒られたんだから」
「そりゃあそうさ。誰だって、自分に残されたたった1人の友達を失うのは怖い。自分が共に戦えないなら、尚更」
「生きて戻って来るのが私と彼の約束なの。だから、貴方も約束して――そして、来年は一緒にジェームズとリリーに会いに行きましょう」

 私がそう言うと、シリウスは返事の代わりに黙って私をきつく抱き締めた。私もそんな彼の背中に腕を回してギュッと力一杯抱き締め返すと、言葉を続けた。

「いいこと、シリウス。杖を手に入れたからって魔法省の闇祓いオーラー達や一般の人達に杖を向けてはダメよ。彼らに貴方をアズカバンに逆戻りさせる口実を与えないで」
「マローダーズ・クイーンのご命令とあらば、善処しよう」
「私のふくろうのロキが時々貴方に手紙を運ぶわ。真っ黒で、とても賢い子よ」
「ああ、分かった。何から何までありがとう」

 シリウスは最後に抱き締める腕の力を強めてからゆっくりと離れると、その場でクルリと回転し、ポンッと音共に姿をくらませた。メアリルボーンのリビングもダイニングもキッチンも、まるで最初からそこに誰もいなかったかのように綺麗さっぱりになったけれど、抱き締められた感覚が、確かにシリウスが戻って来たことを教えてくれていた。