The ghost of Ravenclaw - 007

2. アズカバンの脱獄囚



 ハリーの誕生日がちょうど1週間後に迫っていた7月24日の朝、この日も私は日刊予言者新聞の配達ふくろうに早々と起こされることとなった。寝室の窓を足でカシカシと蹴る音に、モゾモゾとベッドから出ると窓を開けてふくろうを招き入れる。

「ちょっと――待ってね。配達をありがとう。ビスケットをどうぞ」

 予めライティング・デスクの上に用意していたビスケットを砕いて置くと、私は財布の中から5クヌート取り出した。これをふくろうの足に括り付けてある袋の中にいれれば支払いは完了である。大抵ふくろうはライティング・デスクの上に新聞をポトリと落としてから支払いが済むまでの間ビスケットを食べて待っていて、終わると窓から飛び立って行く。

 日刊予言者新聞は全部で20ページほどある。最初に目次があり、次にいいニュースと悪いニュース、魔法薬やガリオンくじ、天文ニュースと続いていく。パラパラと捲ると、今日はいいニュースのページに見知った顔が載っていて私一気に目覚めた。



 魔法省官僚 グランプリ大当たり

 魔法省・マグル製品不正使用取締局長、アーサー・ウィーズリー氏が、今年の「日刊予言者新聞・ガリオンくじグランプリ」を当てた。

 喜びのウィーズリー氏は記者に対し、「この金貨は、夏休みにエジプトに行くのに使うつもりです。長男のビルがグリンゴッツ魔法銀行の『呪い破り』としてそこで仕事をしていますので」と語った。

 ウィーズリー一家はエジプトで1ヶ月を過ごし、ホグワーツの新学期に合わせて帰国する。ウィーズリー家の7人の子どものうち5人が、現在そこに在学中である。



 ウィーズリー一家の記事だった。記事には大きく写真が載っていて、ピラミッドの前でニコニコ笑っているウィーズリー一家の面々がこちらに大きく手を振っている。見慣れない顔が2人いるので、それが長男のビルと次男のチャーリーだろう。チャーリーはルーマニアで働いていると聞いていたけれど、今回の旅行に合わせて休暇を取ったのかもしれない。

 真ん中にはジニーがいて、私は楽しそうに笑っているジニーを見て思わずニッコリとした。ジニーが元気になって、本当に良かったと思う。そんなジニーの肩に手を回してニコニコしているのがロンだ。肩にはペットのネズミのスキャバーズ、基、動物もどきアニメーガスのピーター・ペティグリューが乗っている。ピーターはもうすぐシリウスが脱獄してくるなんて思いもしていないだろう。

 もし、シリウスがこの新聞記事を見ることが出来たのなら、きっと彼はこのネズミがピーターだと気付いてすぐにでも脱獄する計画を立てたに違いない。親友を殺した犯人がのうのうと生きていて、しかも、ペットとしてホグワーツで過ごしているのだ。シリウスなら、この事態は我慢ならないらずだ。私自身も、レイブンクローでなくグリフィンドールに組分けられていたら、夜中にピーターを取っ捕まえたくなる衝動に耐えられなかったかもしれない。

 しかし、シリウスが収監されているアズカバンには、日刊預言者新聞の配達ふくろうは訪れないだろう。リーマスに隠れてこっそり調べたところによると、アズカバンは正確な位置こそ知られていないが、北海の真ん中ある刑務所だそうだ。マグルの地図はもちろんのこと、魔法族の地図にも載っておらず、1718年から監獄として運用されている。

 因みにアズカバンが建てられたのは監獄として運用されるよりもっと前の15世紀ごろだったらしい。最悪の闇の魔術を研究したとされるエクリジスがその最初の居住者であり、要塞を築いた人物だと伝えられている。エクリジスは当時、マグルの船乗りをアズカバンに誘い込んでは拷問し、殺害していたそうだ。しかし、彼の死後、かけられていた様々な隠蔽の呪文が解けると、魔法省はその要塞の存在に気付くこととなった。

 この要塞は魔法省が管理するようになり、やがて監獄として使われるようになるのだけれど、実際に看守として囚人達を見張っているのは魔法省の職員ではなかった。魔法省が看守として利用しているのは吸魂鬼ディメンターと呼ばれる闇の生物なのである。この世で最もおぞましいとされる生き物で、人の幸福を喰らい、絶望と憂鬱をもたらすと言われている。この闇の生物のせいで、アズカバンに収監される囚人のほとんどが正気を失ってしまうのだ。

 この吸魂鬼ディメンターは、魔法省が要塞を発見した際に調査をした時にはもう既にそこに棲み着いていたものだった。報復を恐れた魔法省は吸魂鬼ディメンターを追い払うことが出来ず、やがて、1718年に当時の魔法大臣だったダモクレス・ロウルが監獄としての運用を決定したとされる。

 アズカバンを監獄に決定した理由は、吸魂鬼ディメンターをそのまま利用すれば、費用や時間、脱獄を一気に減らせるからだった。これを排除しようとした魔法大臣もいるにはいたそうだが、計画は頓挫してしまい、今も尚、吸魂鬼ディメンター達はアズカバンの看守として魔法省に仕え、塀の中で囚人の生気を貪っている。

 そんなところから脱獄してくるシリウスは、イギリスの魔法界に大きな衝撃を与えることだろう。けれども分からないのは、どういう経緯でシリウスがそこから脱獄するのかということだった。ピーターを追って脱獄するというのは例の友人から聞いていて知っているけれど、そもそもシリウスはピーターの居場所をどうやって知ったのだろうか。ウィーズリー一家の記事を読む機会があった――とか?

 これはあとでじっくり考えようと、私は日刊予言者新聞を保存食などを入れている巾着袋の奥底に仕舞い込んだ。今日の記事をリーマスに見せるわけにはいかなかったからだ。ウィーズリー一家の記事を見てしまえば、リーマスはきっとピーターが生きていることに気付いてしまうだろう。そうすれば、この2年間、私が彼に黙っていたことがすべて台無しになってしまうかもしれない。

 日刊予言者新聞を仕舞い込んだあとは、新しくルーティンとなった運動を済ませ、身支度を整えてから階下へと向かった。そのころにはいつの間にか起きていたリーマスがすっかり朝食の準備を済ませていて、「おはよう、ハナ」とにこやかに私を出迎えた。以前から朝はリーマスが用意してくれることが多かったのだけれど、今年はD.A.D.Aの教師に就職が決まったので、最近では朝はリーマス、夜は私と自然と担当が分かれている。

「おはよう、リーマス」
「早いね。今朝もふくろうに起こされたのかい?」
「そうなの。配達ふくろうってあんなに早いのね。定期購読するまで知らなかったわ」

 2人で向かい合って座り、朝食を食べながら今日は土曜日だから1週間分の食材の買い物に行こうだとか、明日はハリーの誕生日プレゼントを買いにダイアゴン横丁へ行こうだとかを話した。去年は本を選んでプレゼントしたけれど、ハリーには届かなかったので、リベンジして本をプレゼントしてもいいかもしれない。それとも、クィディッチに関するものがいいだろうか。防水魔法が施されたゴーグルとかあればいいかもしれない。雨の日でも視界良好! とか。

「今年はいよいよハリー達に貴方を紹介出来るから楽しみだわ」

 私はそんなことを話しつつ、これからの1年が上手くいくことを密かに願った。