The ghost of Ravenclaw - 006

2. アズカバンの脱獄囚



 ダンブルドア先生も交えた話し合いは、7月13日に行われた。それまでの1週間、リーマスは決意したもののやはりどこか不安そうにしていたけれど、ダンブルドア先生が脱狼薬を用意してくれると言うと申し訳なさそうにしつつもどこかホッとしたように見えた。リーマスの話では、脱狼薬はとても高価な材料を使うらしく、中々手が出せなかったのだという。

 脱狼薬は1980年代の後半に、ダモクレス・ベルビーによって発明されたトリカブト系の魔法薬だ。この薬は狼人間の症状を軽減し、変身しても自我を保つことが出来る画期的な魔法薬である一方、材料が高価かつ、調合が非常に難しいという欠点があった。しかも、主な材料がウルフズベーン――狼殺し――という別名があるほどの猛毒、トリカブトであるため、調合に失敗すると劇物になってしまう危険なものでもある。

 この極めて困難な魔法薬の調合に指名されたのが、スネイプ先生だった。スネイプ先生は学生時代、とある事件から既にリーマスが狼人間だということを知っているし、何よりホグワーツで魔法薬に関してスネイプ先生の右に出る者はいない。とはいえ、スネイプ先生が素直に頷くはずもなく、ダンブルドア先生は「説得中じゃ」と話していた。

 スネイプ先生がリーマスの秘密知るきっかけとなった事件については、あとになってリーマスが詳しく話して聞かせてくれた。学生時代、リーマスは満月の日になると暴れ柳――リーマスが入学した時に植えられた――の根元からトンネルに入り、叫びの屋敷に向かい一晩過ごしていたそうなのだけれど、6年生の時にシリウスがそのことをスネイプ先生に話してしまったのだ。しかも、近付くと暴れまくってなかなか近付けない暴れ柳を大人しくさせる方法も、だ。

 当時、シリウスはスネイプ先生が私やリーマスのことを嗅ぎ回るのでうんざりしていたのだという。そうして、2人の間に何があったのかは分からないけれど、ポロッと言ってしまったのだ。後悔したときにはもう遅く、シリウスはギリギリまで1人でなんとかしようとしていたが、どうにもならず、最終的には話を聞いたジェームズが叫びの屋敷へ向かっていたスネイプ先生を間一髪助けたそうだ。スネイプ先生にとっては、これが最大の汚点だろう、とリーマスは苦笑いしていた。

 そんなこんなで、スネイプ先生とリーマス達の関係は最悪だった。よくよく考えれば分かることなのに、スネイプ先生はリーマスもシリウスの悪ふざけに関わっていたと思っているらしく、事件以来ジェームズやシリウスと同じくらいリーマスのことも恨むようになったらしい。果たしてそんな人がリーマスのために脱狼薬を調合してくれるのかは謎だけれど、そこはダンブルドア先生がなんとか説得してくれると思いたい。

 *


「じゃあ、ちょっと行ってくる。夜には戻るよ」

 7月の下旬になると、リーマスは新学期の準備のために平日は毎日ホグワーツへ行くようになった。姿くらましするので行き来はあっという間で、リーマスは毎晩帰ってきて、一緒に夕食を食べてくれた。因みに余談だけれど、姿くらましや姿現しはホグワーツの敷地内では出来ないので、リーマスはいつも正門の前で行なっているらしい。一歩でも敷地外に出れば大丈夫なのだとか。

「いってらっしゃい、リーマス」

 ホグワーツへ行く時、リーマスは必ず去年私が贈ったローブを着てくれた。本当はスーツも草臥くたびれていたので、就職祝いに一式贈りたかったのだけれど、「それをされたらこの夏中君とは口を聞かないことにするけど、いいね?」と言われてしまい泣く泣く諦めることとなった。リーマスはこの2年間で私の扱いが上手くなっているような気がする。

 リーマスがホグワーツへ行っている間、私が何をしているのかといえば、宿題やD.A.D.A、呪文学の勉強、そして日刊予言者新聞を隅から隅まで読むことだった。そして3日に1度は出掛けては、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店でこっそり立ち読みして調べ物をしたり、これまたこっそり保存食や衣服を買い込んだり、またまたこっそりある物・・・を入手したりして、この夏新しくゲットした巾着袋の中に詰め込んだ。

 この巾着袋はマグルの店で見つけたものだった。それに「ねえ、これを使いたいのだけれど、魔法を掛けて!」とリーマスにおねだりをして、検知不可能拡大呪文がかけられている。リーマスはまさか私がこの中に逃亡に必要なものを大量に隠しているとは思ってもいないだろう。

 楽しみにしていたハリーへの電話だけれど、実はロンからハリーのおじさんを怒らせちゃったと夏休みが始まって2週目に手紙が届いて、結局出来ず仕舞いに終わっていた。電話の使い方がよく分からなくて失敗してしまったのかもしれない。手紙には「ハリーが酷い目に遭わないためにも電話をかけない方がいい」と書いてあった。一体どんな電話をしたのか気になるところではある。それから蛙チョコも同封されていて、私はニッコリした。

 日刊予言者新聞の配達ふくろうは、毎朝必ずやってきた。彼らは朝が早くて、寝ているところを起こされるのが難点でもあったけれど、魔法界の情勢が知れるのはとても良いことでもあった。しかし、購読を始めてから2週間以上が経つが、シリウスの脱獄のニュースは未だに載っていなかった。

「シリウスはいつ脱獄するのかしら」

 最近はリーマスが出掛けて行くたびに日刊予言者新聞を隅から隅まで眺めては、そうぼやくのが私の日課となっていた。脱獄するのは来月だろうか――私はカレンダーを見ながら考えた。あと1週間ちょっともすればハリーの誕生日が来て、8月になってしまう。

「ああ、こんなことなら本当にもっとちゃんと話を聞いておくんだった!」

 日刊予言者を放り投げて、私は項垂れた。そうしてシリウスの脱獄のニュースを聞けないまま、時間だけが無情にも過ぎて行ったのだった。