The ghost of Ravenclaw - 004

1. オッタリー・セント・キャッチポールの夏



 翌朝、ディゴリー家の客間で私は目覚めた。昨夜は遅くまで屋根裏部屋でセドリックと星を見ながらお喋りをしていたのだけれど、その割には比較的スッキリと目覚められたように思う。それもこれも然り気なく元気付けてくれたセドリックと、おばさんのホットミルクのお陰だろう。

 私は大きく伸びをしてからベッドを抜け出すと、まずはこの夏から新たに始めた運動をすることにした。以前はランニングをしていたのだけれど、ホグワーツでは冬が長いので室内で出来るストレッチや体幹トレーニング、ヨガなどに切り替えることにしたのだ。特にヨガがお気に入りで、これは去年1年間していた座禅の代わりにしようと思っている。

 運動を終えると着替えを済ませ、髪を整えてから客間を出た。部屋を出ると、もう既に起きているのか、おじさんとおばさんの楽しげな話し声がして、同時に美味しそうな朝食の香りが鼻腔をくすぐった。

「おじさん、おばさん。おはようございます」
「ハナ、おはよう」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「ええ、とっても。ホットミルク、ありがとうございました」

 ダイニングキッチンへ行くと、朝食の準備をしているおばさんとダイニングテーブルで日刊予言者新聞を読んでいるおじさんの姿があった。昨日寝るのが遅くなったせいか、セドリックはまだ下りてきていないようである。そういえば、日刊予言者新聞の購読はどうしたらいいのだろうか。私はおじさんが読んでいる日刊予言者新聞を見て思った。

「おじさん、1つお聞きしてもいいですか?」

 今まで購読はしていなかったけれど、今年度は絶対に購読しなければならない。私は意を決して訊ねた。これはリーマスに少し聞き辛い話だったのだ。おじさんは日刊予言者新聞から視線を上げるとこちらをみて「なんだね?」と言う。

「私で答えられる範囲であれば喜んで答えよう」
「あの、日刊予言者新聞のことなんです。どうすれば定期購読出来ますか?」
「定期購読かね? それなら――ほら、ここに書いてあるんだ」

 おじさんはそう言って日刊予言者新聞の一番最後のページの隅っこを見せた。そこには定期購読という文字と共に購読方法について書いてある。どうやら、定期購読したいと日刊予言者新聞の本社へふくろう便を送ればいいようだ。

「これはいつも載っているものだから、良かったら昨日の新聞を持って行くといい。私はもう読んだからね」
「おじさん、ありがとうございます」

 これで無事に定期購読出来そうだと、私はホッと胸を撫で下ろした。前の世界にいた時には、こんな風に新聞を定期購読しようと思う日は絶対に来なかっただろう。インターネットでニュースが読めた時代だったし、テレビがあれば情報はいくらでも入ってきたからだ。しかし、魔法界ではそうはいかない――インターネットどころかテレビすらないからだ。そもそも1990年代というのはインターネットが普及し始めたころだったような気がする。

 兎にも角にも、魔法界で最新の情報を得るツールは日刊予言者新聞くらいしかなかった。以前ホグワーツ特急でコンパートメントが一緒になったルーナ・ラブグッドが読んでいたザ・クィブラーのような雑誌やラジオも存在するけれど、やはり一番は日刊予言者新聞だと言えた。

 今回そんな日刊予言者新聞を定期購読しようと思ったのは、偏にシリウスが脱獄するからだった。例の友人に散々聞かされた話によると、夏休み中には脱走するようだったけれど、私はその明確な時期を知らないので新聞で把握しようと思ったのだ。犯罪者が脱獄したとなれば、必ず報道されるに違いない。魔法省が隠蔽しなければ、だけど。

 こういう時、マグルの世界なら新聞意外にもテレビなどでも報道されるから便利なのだけれど――一瞬そんな風に思ったが、生憎この2年間、メアリルボーンの自宅にあるテレビは電源が入らないままだった。例えシリウスの脱獄がマグルのテレビ番組で報道されても、気付きようがないのでやはり日刊予言者新聞一択だろう。

「さあ、朝食にしましょう。セドを起こしてくるわ」

 やがておばさんに起こされてセドリックが起きてくると、4人で朝食を食べた。ディゴリー家の朝食はトーストにスクランブルエッグ、それからこんがり焼いたウィンナーにサラダで、おじさんはそれをトーストに全部乗せてから豪快に食べていた。起こされたばかりのセドリックは若干眠そうにトーストを食べていて、その姿がなんだか新鮮だった。

「君を見送れなくて残念だよ。また是非うちに遊びに来てくれ。我が家は大歓迎だ」
「ありがとうございます。おじさんも仕事頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう。残りの時間も楽しんでくれ」

 8時になるとおじさんが魔法省へと仕事に出掛けて行った。帰ってくるのは夜だということで、おじさんとはこれでお別れだ。暖炉から魔法省へと向かうおじさんを見送ると、おじさんはとてもご機嫌でニコニコしながら暖炉の炎の中へと消えて行った。煙突飛行は居心地こそ悪いものの、働くマグルにとっては夢のような移動手段なんだろうな、とそれを見て思った。

 私が帰るのは夕方の予定だったので、それまではセドリックと宿題の続きや家の周辺を散歩したり、おばさんに魔法界のカメラの使い方を訊ねたりした。写真はどうやら特殊な方法で現像するとすると動くようになるらしく、マグルのカメラでも現像さえきちんと行えば動くようになるだろうという話だった。でも、ダイアゴン横丁にもカメラは売っているようなので、今度1台購入してもいいかもしれない。私はハリー達と写真を撮ったことがまだないのだ。

「ハナ、またいつでも遊びにおいで」
「ええ、ありがとう。とっても楽しかったわ――おばさんも本当にありがとうございました。突然のことだったのに、こんなに良くして貰えて」
「いいのよ。私も娘が出来たようで楽しかったわ」

 帰る時間はあっという間にやってきた。
 セドリックとおばさんに何度もお礼を言ってから、私は煙突飛行粉フルーパウダーをひと摘みだけ貰い、暖炉の前に立った。私はこの2日間でディゴリー一家のことがとても大好きになったように思う。みんな私に良くしてくれるし、セドリックはいつでも心を砕いてくれる。その優しさが心地良くてとても幸せな時間だったように思う。

「また手紙を書くよ、ハナ」
「ええ、ありがとう、セドリック」

 煙突飛行粉フルーパウダーを暖炉に投げ入れると、エメラルド・グリーンの炎が上がった。これが熱くないので不思議だ――私はもうすっかり慣れた様子で暖炉の中に入ると、灰を吸い込まないように気を付けながらセドリックとおばさんに手を振った。そして、行き先を叫ぶと、幸せが詰まったディゴリー家をあとにした。

「幽霊屋敷!」

 それはまるで、夢から覚めて現実へと戻るかのように。