The ghost of Ravenclaw - 003

1. オッタリー・セント・キャッチポールの夏



 夜の7時になるとセドリックとおじさんが、庭に大きなテーブルを出してくれた。夜とはいっても、イギリスの夏は長いと8時半近くまで明るく、まだ夕方のようだ。こちらは、日本に比べると夏と冬で日没時間の差が大きく、冬だと午後3時くらいには薄暗くなってきて、夕方の4時くらいには真っ暗になってしまう。サマータイムを反映させると更に日没時間が遅くなるのだけれど、ややこしくなるのでやめておこう。

 兎にも角にも、この日没時間の差の大きさやサマータイムなども相まって、日本と行き来していたころは変な感じがしたものだった。けれども、私もイギリスに住むようになってもう2年だ。イギリスの時間の流れにもすっかり慣れたように思う。とはいえ、ホグワーツの冬が訪れる早さには慣れそうにないけれど。

 ガーデン・パーティーではおじさんが終始ご機嫌な様子で、蜂蜜酒ミードを飲みながら私にセドリックの話をたくさんしてくれた。セドリックはおじさんが「セドはずーっと学年で一番なんだ」「うちのセドは次はきっと監督生に違いない」という話はまだしも、「小さなころはちっちゃなセディちゃんと呼んでたんだ」と幼いころの話までするので、「父さん!」と真っ赤になって話を遮っていた。

 セディといえば、セドリックという名前にはよくある愛称だけれど、セドリックは幼いころに「ちっちゃなセディちゃん」と呼ばれていたのが恥ずかしいらしく、今ではセディと呼ばれたがらないのだとおばさんが教えてくれた。するとセドリックが更に真っ赤になって「母さん!」と非難の声を上げるので、私はクスクス笑いが止まらなかった。

「だから、お2人はセドって呼ばれてるんですね」
「そうなの。もう“ちっちゃなセディちゃん”って呼ばせてくれないの」
「ふふ、それは思春期の男の子には恥ずかしいかもしれないですね」

 4人だけのささやかなガーデン・パーティーは終始とても賑やかで、チキンの香草焼きやその他の料理もとても美味しくて、デザートのトライフルはみんなが口を揃えて私のことを褒めてくれてなんだか照れ臭かった。そうして2時間が過ぎ、外がすっかり暗くなるころには、酔っ払ってしまったおじさんが眠そうに船を漕ぎ始めた。どうやら私を出迎えるために今朝は早起きをしてくれたらしい。

「あらあら、エイモスったら。もう暗いからそろそろ中に戻りましょうか」
「僕が父さんを運ぶよ」
「私も手伝うわ、セドリック」

 これは1人では大変だろうと、私はセドリックの反対側に回るとおじさんを支えながら立ち上がらせるのを手伝った。セドリックは申し訳なさそうにしつつも「ありがとう、ハナ。助かるよ」と言った。

「おじさん、今夜はいい夢を見るでしょうね」
「今ごろ、パーティの続きをしてると思うよ」

 もう既に半分夢の中にいるおじさんを支えるのは、2人でもとても大変だったけれど、なんとか支えて私達は家の中へと戻った。私達に寝室へ連れて行かれながらおじさんは「セドは私の自慢なんだ」と未だにセドリックの自慢を続けていて、本当にパーティの続きを見ているかもしれないと思った。

 階段を上がるのはとても大変だったけれど、なんとか階段を上がりきり、おじさんを寝室のベッドに無事に寝かせたころには私もセドリックもクタクタだった。見兼ねたおばさんが気を遣ってくれて、片付けを手伝おうと外へ戻ると「魔法ですぐだから貴方達は先にお風呂へどうぞ」と言ってくれた。

 私とセドリックが順番にお風呂を済ませると、時刻はもう夜の10時を回っていた。ダイニングキッチンでは、もうほとんどの片付けが済まされ、食器やスポンジ、布巾が勝手に動き回り、最後の仕上げが行われている。マグルでは片付けとホットミルクをなかなか同時には出来ないので、魔法とは偉大である。外でも魔法が使えるようになるまでには、絶対に家事の魔法を覚えようと私は心に誓った。

 そんなダイニングキッチンの隅では、おばさんがマグカップにホットミルクを注いでいた。マグカップは2つあるからもしかしたら私とセドリックの分なのかもしれない。私達が揃ってダイニングキッチンを覗くと、おばさんは顔を上げて優しく微笑んだ。

「セド、ハナ、ちょうど良かった。今ホットミルクが出来たところなのよ。これを飲んでゆっくりおやすみなさいな」
「何から何まで……ありがとうございます」
「いいのよ。いい夢を、ハナ」
「はい、おやすみなさい。おばさん」
「セドもおやすみ。いい夢を」
「ありがとう、母さん。おやすみ」

 マグカップに注がれた出来立てのホットミルクを受け取ると、真っ白な湯気と共に蜂蜜とシナモンの香りがした。溢さないように気を付けながら階段を上がると、先程は気付かなかったけれど、階段の途中にある小窓から大きな満月が見えている。すると、途端にリーマスは大丈夫だろうかと不安になって、今日1日感じた満ち足りた気分が一気に萎んでいくのを感じた。

「ハナ?」

 急に立ち止まったからだろう。階段の上の方でセドリックが不思議そうな顔をして立ち止まってこちらを振り返った。私はそんなセドリックを見上げながら、慌てて笑顔を作り、「なんでもないわ」と答えた。

「月が綺麗だと思って見ていたのよ」
「本当だ。今夜は満月なんだね――そうだ。まだ眠くないなら、いいところに案内するよ」
「いいところ?」
「僕の秘密基地さ」

 悪戯好きの男の子みたいな顔でそう言うと、セドリックは階段を上がりきり、自室へと案内してくれた。セドリックの部屋はさっぱりとしたシンプルな雰囲気で、扉の反対側に窓があり、その下にライティング・デスク、そして隅にベッドが置いてある。ベッドの反対側にはキャビネットや本棚があり、床には落ち着いた色合いの円形のカーペットが敷いてあった。壁の1つにお気に入りのクィディッチ・チームのポスターが貼ってある。

 セドリックは部屋の中に入ると、椅子を引っ張り出してきて部屋の真ん中に置き、その上に乗って何やら天井を弄り出した。よくよく見てみると、そこには点検口のようなところがある。やがて、そこがパカッと開いたかと思うと、するすると階段が降りてきて、あっという間に天井裏への道が開いた。セドリックの部屋の上には屋根裏部屋があったのだ。確かにこれは男の子の秘密基地だ。

「屋根裏部屋があるのね!」
「そうなんだ。そこに大きな窓があってね、星が綺麗に見えるんだ。よく本を持ち込んで読んでいるよ」
「素敵。それで秘密基地なのね」

 マグカップを慎重に持って急な階段を上がると、そこは月明かりが差し込む、小さな空間が広がっていた。部屋の隅の箱の中には小さな箒やクマのぬいぐるみ、それから絵本が入っていて、真ん中には大きなクッションとブランケットもあった。

 大きなクッションに並んで座り、窓から外を見ると、どこまでも広がっていそうな夜の草原とディゴリー夫人が丹精込めて育てたラベンダー、そして大きな月と今にも降って来そうな星空が見えた。それからホットミルクをひと口飲むと、とても優しい味がした。

「君にここを見せたいと思ってたんだ」
「とってもいい場所だわ」

 もしかするとセドリックは、私が急に落ち込んだことに気付いて元気付けてくれたのかもしれない。私はセドリックと並んで星空を眺めながら、ホットミルクの温かさとセドリック優しさに心がほぐれていくような気がした。