The ghost of Ravenclaw - 002

1. オッタリー・セント・キャッチポールの夏



 オッタリー・セント・キャッチポール村の外れにあるディゴリー家は、当然のことながら隠れ穴とはまた違った雰囲気の家だった。コッツウォルズ地方で見られるような蜂蜜色をしたコッツウォルド・ストーンを用いた石造りの家で、まるでファンタジー小説やおとぎ話に出てくるような可愛らしさがあった。家の周りには草花が咲き誇り、夏には柔らかく陽射しを遮る大きな木々が、マグルからの目隠しにもなっている。

 こじんまりとした外観にもかかわらず、家の中は驚くほど広かった。ゆったりとしたリビングにキッチンが併設されたダイニング、そして2階にはディゴリー夫妻の寝室や書斎、セドリックの部屋に、新たに増設したという客間があった。この客間はセドリックの部屋の隣にあって、ディゴリー夫妻は「うちで一番眺めがいいところに造ったんだ」とそれはもう自慢気に話してくれた。

 突然決まったにもかかわらず、ディゴリー一家は私のことを大歓迎してくれた。夏休みが始まって3日間の間に客間を造ってくれたし――そこが魔法の凄いところだ――ディゴリー夫妻は「セドが女の子を連れてくるなんて!」と大喜びして、最初のランチにはディゴリー夫人――おばさんと呼ばせてもらうことにした――が豪華な食事を用意してくれた。

「父さんも母さんも君が泊まりに来るって話を聞いて、とても楽しみにしてたんだ」

 家の中や客間を案内され、豪華なランチを食べたあと、庭を案内しながらセドリックが言った。この時期はラベンダーが綺麗に咲くそうで、ディゴリー家の広い庭にはラベンダーのいい香りが漂っていた。それ以外にも白くて小さなデイジーの花や、オレンジ色のポピーが咲き乱れている。

「ご迷惑じゃないかって心配していたから、とても嬉しいわ。客間まで用意してくださって……大変だったでしょう?」
「この3日間はお祭り騒ぎみたいだったよ。もちろん、いい意味でね」
「本当にありがとう。貴方の家族ってとっても素敵」

 ニッコリ笑ってそう言うと、セドリックも嬉しそうに笑った。ウィーズリー家も賑やかで温かみがあってとても大好きな家族だったけれど、ディゴリー家はそれとは違う優しい雰囲気があった。ディゴリー夫妻は一人息子をとても愛して慈しんでいて、それが見るからに伝わってくるのだ。見ていると微笑ましくて、私はこの家族のこともすぐに大好きになるだろうと思った。

「母さんが、夜はここでガーデン・パーティーをしたらどうかって。パーティーと言っても4人だけの小さなものだけどね」
「素敵だわ。私、このお庭大好きよ。マグルならきっと、このお庭を写真に撮ってポストカードにしたがるでしょうね。おばさんがお手入れしているの?」
「そうなんだ。君が誉めていたって聞いたら喜ぶよ」

 午後の残りの時間は、庭の一番いい場所にガーデン・テーブルを持ち出して、この綺麗な庭を眺めながら2人で夏休みの宿題をすることにした。正直初めはとても緊張していたこのお泊まりだったけれど、こうしていると図書室でいつも通り勉強をしている気分になって、少しずつ緊張がほぐれていくような気がした。

「14世紀における魔女の火炙りの刑は無意味だった――当時のマグルが知ったら卒倒するでしょうね」

 魔法史で出された宿題をしながら私が顰めっ面で呟くと、セドリックがクツクツと喉を鳴らして笑った。

「“変わり者のウェンデリン”のところだね」
「“変わり者のウェンデリンは焼かれるのが楽しくて、いろいろ姿を変え、自ら進んで47回も捕まった”――47回も! グリンゴッツのトロッコならそれくらい乗ってもいいわ」
「君はあのトロッコが好きなんだね」
「ええ、とっても! 魔法界の中では一番好きな移動手段よ」

 変わり者のウェンデリンのところだけを見ると、魔女の火炙りの刑――俗にいう魔女狩り――は魔法族にとって大したことはなさそうに思えるけれど、実際は笑えない出来事だった。魔女狩りが本格化し、盛んに行われていた15世紀から18世紀ごろには、数百人もの人々が無惨に殺され、魔法族はより厳重にマグルから隠れるようになった。有名なのは北アメリカのセーレム魔女裁判で、その時は実際に数人の魔女が犠牲となったという。

 魔法史の教科書によると、はるか昔には魔法族とマグルが共に暮らしていた時期があるようだけれど、大きすぎる力はマグルにとって脅威となったのだろう。魔女狩りなどマグルからの迫害を受け、魔法族は現在のようにマグルから隠れて生活をする様になったのだ。とはいえ、迫害を受けた歴史があるからと言って魔法族がマグルに対して迫害をしてはならないし、マグル生まれの魔法族に対して「穢れた血」などと呼んでいいことにはならないのだ。ただ、こうした時代背景があって、今の魔法界が形成されていることを私は忘れてはならない。

「2人共、紅茶とトフィーはどう?」

 午後3時になると、おばさんが紅茶とトフィーを持ってきてくれた。トフィーというのはイギリスの伝統的なお菓子で、バターと蜂蜜や砂糖を加熱して作るキャラメルのようなお菓子だ。どうやらおばさんの手作りのようで、トフィーにはたくさんのレーズンやナッツが入っている。

「ありがとうございます。とっても美味しそうです。それにお庭も素晴らしくて」
「まあ、良かった。嬉しいわ。庭にローズマリーがあるから、夜はそれを使ってチキンを香草焼きにしようと思うんだけど、貴方は好きかしら?」
「ええ、大好きです。良ければ、お手伝いをしたいです。あの、泊めてくださるお礼に……」
「そんなこと気にしなくていいのよ。でも、そうね――実は私、女の子と一緒に料理をするのが夢だったの。お言葉に甘えて手伝って貰おうかしら」
「はい、喜んで」

 アフターヌーンティーを楽しんで、また少し宿題をしたあとは、約束通りおばさんの夕食作りの手伝いをした。手伝うと言ってもほとんどのことが魔法で出来てしまうので、私がやることといえばデザートのトライフルの盛り付けくらいだった。隣ではおばさんがローズマリーや塩胡椒で下味を付けたチキンを、野菜やニンニクと一緒に大きなオーブンに入れている。これも、杖を一振りだ。

 因みにトライフルというのは器に敷き詰めて作るケーキのことで、日本ではスコップケーキと呼んだ方が馴染みがあるかもしれない。スポンジやクリーム、フルーツを重ねて作るもので、これもトフィーと同じくイギリスの伝統的なお菓子の1つだ。幼いころ、イギリスへやってくると母と祖母と3人でよく作ったものだ。

 私達が料理をしているダイニングキッチンの隣にあるリビングでは、セドリックとディゴリー氏――こちらもおじさんと呼ばせてもらうことにした――が2人で談笑している声が聞こえていた。しばらくして、チキンの焼ける美味しそうな匂いが漂ってくるとおじさんがダイニングキッチンを覗き込んで「美味しそうな匂いだな。腹が減ったよ」と言った。

 それは特別感も何もない、ごくありふれた日常風景だった。けれども、私はそれを眺めているだけで、なんだか満ち足りた気分になれた気がした。