The ghost of Ravenclaw - 001

1. オッタリー・セント・キャッチポールの夏



 この世界で迎える3回目の夏がやって来た。
 帰宅したその日の夜、顔を合わせた瞬間からリーマスは「ハナ、君はどうやら私が狼人間だということを失念してしまっているようだ」とお説教を始めた。それから「去年誓った目標を達成するその精神は素晴らしいが心配する私の身にもなってくれないか」と続き、「ダンブルドアから手紙を貰った時どんな気持ちだったか」と言い始めた時にはもう日付が変わろうとしていた。

 そうして最後の最後にリーマスは「私も学生だったらどんなに良かったか……君の助けになれたのに」と呟いた。それを聞いた時、私はリーマスが私を心配する本当の意味が分かったような気がした。リーマスはきっと私が危険に自ら突っ込んでいく理由を知っているからこそ、毎回連絡を受けるだけの自分が嫌で堪らないのだ。

 しかし、私がダンブルドア先生に闇の魔術に対する防衛術――通称、D.A.D.A――の次年度の教師に推薦したことに関しては、リーマスは本気で戸惑っているようだった。あれから数日経ったもののリーマスはことあるごとに「狼人間を教師にするということがどんなに危険か君は分かっていない」とか「ダンブルドアもどうかしている」とブツブツと言っていた。なので私はその度にリーマスを根気よく説得した。

「リーマス、私は狼人間を教師に推薦したんじゃないわ。リーマス・ジョン・ルーピン、貴方を教師に推薦したのよ。貴方は誰が何と言おうと素晴らしい人で、私にとって最高の友達だわ。その貴方の素晴らしさは貴方が何になろうと変わらないわ」

 しかし、リーマスは強敵だった。私がそう話す度にリーマスは「それは君が私の満月の夜の姿を知らないからそう言えるんだ」と言い張り、挙げ句の果てには「君はボーイフレンドの家に泊まりにいく準備をした方がいいんじゃないかい?」と話をすり替えた。たちの悪いことに、リーマスはそれで私が黙ることを知っているのだ。

「レイブンクローのお転婆娘を黙らせる唯一の方法が、たった1人の男の子だったとは思わなかったな」

 リーマスは夏休みに入って数日、この話題が大のお気に入りだった。リーマスは私が本当はとっくに成人済みの大人だということを知っているので、そんな私が年下の男の子相手にアタフタしているのが面白いのだろう。セドリックの話を持ち出す時、リーマスは決まってニヤニヤしていた。ジェームズとシリウス直伝のニヤニヤ顔である。

「リーマス、面白がってるでしょう?」
「そりゃあ、私にも楽しいニュースが必要だからね」
「まるで私が悪いニュースばかり持ち込むみたいじゃない」
「事実じゃないか。まあ、悪いニュースは君が持ち込むばかりじゃないがね――この話はまた満月が終わってからにしよう」

 夏休みが始まってすぐに分かったことだが、リーマスはついこの間仕事を失ってしまっていた。理由はいつもと同じものだ。毎月満月の日だけ休むので、仕事先の人が遂に怪しむようになってしまったのだ。悲しいことにリーマスはこういう些細な変化に敏感だ。結局、完全にバレてトラブルになる前にリーマス自ら辞めてしまったという。

 そういうわけで、リーマスにとってはホグワーツで教鞭を取るというのは実は有り難い話でもあった。けれど、狼人間が子ども達と関わってもいいのかというところでリーマスは頭を悩ませているようだった。一歩間違えば、何の罪もない子ども達を自分と同じようにしてしまうかもしれない。そのことが、リーマスは怖いのだ。なぜなら、狼人間であることがどういうことであるのか、自分自身がよく分かっているからだ。

 私はきっとリーマスが次年度でD.A.D.Aの教師をすると知っていなければ、リーマスの許可なしにダンブルドア先生に推薦するような勝手な真似はしなかっただろう。しかし、心のどこかで何の説明もなく勝手なことをして申し訳ないと思う一方で、今回やり取りをしていて感じたのは、狼人間だからという理由で、すべての権利を奪われながら生きていかなければならないのだろうか、ということだった。

 確かに狼人間の中には満月の夜以外でも悪事を働く人はいる。しかし、多くの狼人間は差別に苦しみながらも真面目に生きようと頑張っている。そんな真面目な人達の前では、狼人間であるということは些細な問題に過ぎないと思えてならないのだ。きちんと対処をすればいいだけなのだ。こう考えるのは、リーマスの言うように、私が狼人間の満月の夜の姿を知らないからだろうか。本当に――?

 リーマスのこと以外にも私は心配ごとがあった。ハリーのことだ。去年の夏休みにハリーがダーズリー一家でどんな仕打ちを受けていたのかを思うと、私は2日に1度くらいはリトルウィンジングにあるプリペッド通り4番地を訪問し、ダーズリー一家に目を光らせておきたい気持ちでいっぱいだった。去年忠告はしたけれど、ダーズリー一家がそれを守ってくれるとは到底思えないからだ。

 ハリーといえば、キングズ・クロス駅に到着した際に少しだけ話す時間があったんだけれど、今年はいつ荷物を取られてもいいように必要なものはすべて巾着袋に入れておいたと話していた。「おじさんやおばさんが僕の荷物を取り上げても、中身は最低限のものしか入ってないんだ」とハリーはジェームズそっくりな顔でニヤッと笑っていた。

 それから、今年はダーズリー家の電話番号をゲットすることに成功した。セドリックの家から帰ってきたらダーズリー家に電話をしてみようと思う。「すみません。ハリー・ポッターと同じ小学校だった者ですけど――少しお訊ねしたいことがあってお電話しました」とか言うのがいいだろう。ちょっと声のトーンを高くすれば、電話越しなら私だとバレないだろう。

 そういえば、電話番号を教えて貰った時に聞いたのだけれど、なんとパーシーはペネロピー・クリアウォーターと付き合っているらしい。ジニーは偶々2人がキスをしているところを目撃してしまったそうだ。去年の夏、泊まりに行った時にパーシーが部屋に篭りきりだったのは、ペネロピーに手紙を書いていたからだったのだ。その話をしている時、フレッドとジョージがニヤニヤしていたので、パーシーはしばらく揶揄からかわれて過ごすことになるだろう。

 夏休みに入ってからの3日間は、そんなこんなであっという間に過ぎ去った。満月の夜がやってくるので、D.A.D.Aの教師の件は一旦保留になり、1週間後にダンブルドア先生を交えて話し合いをすることになった。

「リーマス、ねえ、私本当にセドリックの家に行くの?」

 7月4日の朝、私はなかなか落ち着けずに何度目かになる質問をリーマスに投げ掛けた。そんな私にリーマスは呆れたように笑いながら「君が行くって決めてきたんじゃないか」と言った。

「あの時はどうかしてたんだわ……だって、そうでしょ? 私と関わるなんてやっぱり良くないわ」
「ハナ、君と関わることが良くないかどうか決めるのは彼だ。少なくとも私は君と関わると良くないと思ったことはない――少々お転婆が過ぎるけれどね」
「ありがとう……。あの、リーマス、気をつけてね。ロキが今夜も一緒に居てくれると思うわ」
「ありがとう、ハナ。君は私に遠慮せず大いに楽しんで」

 セドリックとの約束は午前11時となっていた。移動手段はもちろん煙突飛行で、私は時間になったら暖炉の中に入り「ディゴリー家!」と行き先を言えばいいだけだった。たったそれだけなのに、私はとても緊張していた。去年ウィーズリー家に泊まりに行った時にはこんなことにならなかったのに、私は本当にどうかしてしまったのかもしれない。

「さあ、ハナ、時間だ。くれぐれもディゴリーさんによろしく伝えてくれ」

 そして、午前11時。満月の日だというのにやけにニヤニヤと楽しそうなリーマスに見送られ、私はディゴリー家へ向かったのだった。