Blank Days - 006

大嫌いな家

――Sirius――



 レギュラス・ブラックは僕の弟だ。
 純血主義を尊び、ヴォルデモートに心酔し、成績も常に上位にいる弟は、僕とは違って両親の期待を一心に背負う良い息子だった。母親はそんな素晴らしい良い息子である弟にご執心で「ああ、私の可愛いレジー」が口癖であった。

 そんな弟が、純血主義クソ喰らえとばかりに代々スリザリンだった一族で初めてグリフィンドールに入寮した僕と相容れないことは、火を見るよりも明らかだろう。僕は母親をヒステリックに叫ばせることが役目で「ああ、私の可愛いシリウス」だなんて言われたことは一度もない。一応僕の名誉のために言っておくが、僕は「ああ、私の可愛いシリウス」だなんて言われたい訳ではない。そんなの虫唾が走る。

 僕達兄弟は、相容れない関係だった。互いに腹の底でクソ野郎と思いはしても積極的に関わり合いになろうとはしない。そんな関係性だった。僕がグリフィンドールに組分けされてからは話すことすらなかったように思う。去年、訳あって夏休みの終わりに忘れ物を取りに家に戻った時――僕が漏れ鍋ですっ転ぶ直前――に廊下ですれ違ったが、虫けらを見るような目でこちらを見たこと以外は特に何も話さなかった。

 6年生前のこの夏休みも当たり前のようにそうなるものだと思っていた。僕は早々にジェームズの家に世話になって、そのままホグワーツへ向かうのだと。今年はしかもジェームズとリーマスと3人でハナの家に忍び込む計画もしている――ほんの数十分前の僕はただそれを待ち遠しく思っていて、それでちょっとハナの家が懐かしくなって先に1人で行ってみようかと自室から廊下へ出ただけだった。廊下の向こうから弟が歩いてきていたが、今回も何の関わりもなくすれ違うものだとばかり思っていた。

 それが、どういうことだろう。弟は今回話し掛けてきたばかりでなく、あろうことかハナのことについて探りを入れてきたのだ。その時に感じた心の中を探られるような、頭の中を掻き回されるような奇妙な感覚が未だに腹の底に燻っている気がして、僕は咳き込んだ。弟にハナのことを聞かれたあと、どう対処したのか分からないが、気付いたら僕は自室に舞い戻っていた。

 弟は図書室で僕とハナが話しているところを見たと言っていた。あの時の会話を全て聞かれていたのだとしたら、非常にマズイ。何故ならあの時僕は初めて、ハナが違う世界から夢を介して僕達の前に現れているのだと言うことを聞かされたからだ。ヴォルデモートに心酔している弟がいずれ死喰い人デス・イーターになった時、そのことをヴォルデモートに話したら一体どうなるだろう? 今のヴォルデモートは召喚魔法なんて露ほども考えていないだろうに、レギュラスに知られたばかりにそれが伝わり、興味を持ってしまったら――そのことによって、ハナが召喚される未来がやってくるのだとしたら――。

「こうしちゃいられない……」

 僕はすぐさま部屋をひっくり返して自分の荷物の全てをかき集め始めた。この家にはもういられない、と思ったのだ。厄介なことに魔法の中には心を覗き見る魔法や、真実薬という自白剤もある。この家に止まり続けては、それらを使われてハナの情報をもっと知られてしまう恐れがある。

 そこまで考えて僕は荷物をかき集める手を止めた。まだ腹の底に燻っているあの奇妙な感覚がもしかしたら、開心術のせいだったとしたら、と思い至ったのだ。弟は当然ながら夏休み中は魔法を使えないがあいつには味方がいる。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフのクリーチャーだ。もし、開心術を使うよう命令されたら、クリーチャーはそれがどんな魔法であっても使うだろう。

 どこまで知られたのか今の状況で確認することは出来なかった。今の僕が出来ることと言えば、一刻も早くこの家から出て、2度と帰ってこないことだけである。

 僕は去年のように忘れ物がないように念入りに確認してからトランクを閉めた。ハナに買ってもらったオートバイの写真を持って行きたかったけれど、あれを壁から剥がすことは不可能で、剥がせないようにした去年のクリスマスの自分を呪った。あれは、僕の思い出だったのに。けれど「一番目立つところに貼らないと許さないんだから」と言ったハナの顔が浮かんで、これはそのままでもいいのかもしれないと思った。

「母上殿にこれからも嫌がらせをしてやってくれ」

 壁に貼り付けたポスター達にそう言って別れを告げて、僕は自室を出た。今度は弟とすれ違わないように気をつけながら暖炉へ向かい、そして、

「ポッター家!」

 16歳の夏、僕は大嫌いな家から家出をした。