The symbol of courage - 007

1. メアリルボーンの目覚め



 マダム・マルキンの洋装店を営んでいるマダム・マルキンは藤色ずくめの服を着た、愛想のいい、ずんぐりとした魔女だった。もちろん今日はマルフォイなんていう嫌味な男の子は来店していなかったので、私はスムーズに採寸を終え、店をあとにした。驚いたことになんと制服は当日に受け取れると知って、「魔法だ!」と声に出してしまった。

「ええ、魔法ですよ、お嬢ちゃん」

 クスクスと笑われながらマダム・マルキンにそう言われ、私は真っ赤になりながら支払いを済ませて店をあとにした。店内にいた背の高い黒髪の男の子とそのお母様にもクスクス笑われたので、ホグワーツでその男の子と会わないことを祈るしかなかった。

 赤っ恥をかいたマダム・マルキンの店のあとは、本屋に向かった。店員さんに学用品リストを見せると、ホグワーツの教科書は予め準備してあるのかすぐに持ってきてくれた。ここでは赤っ恥をかかずに済んでホッとした。

 最後に残ったのはオリバンダーの店だけだけれど、その前にイーロップふくろう百貨店に寄ることにした。これからダンブルドアと手紙のやりとりをする機会が多くなるだろうし、少しお金は掛かってしまうけれど、ふくろうは必要だろうと思ったのだ。今日は急ぎの内容だったので、郵便局を利用したけれど、次からは自分のふくろうで手紙を送れるだろう。

 イーロップふくろう百貨店は暗くてバタバタと羽音がして、ちょっと不気味な感じだった。店内を進むたびに明るい目があちらこちらでパチクリとしている。その中で特に輝いていたのは、雪のように白く美しいふくろうだった。ハリーのふくろうになる子だ、と一目見てすぐに分かった。

「貴方、ヘドウィグね」

 私が小声でそう声を掛けると、白ふくろうは不思議そうに首を傾げていた。

「貴方にはとっても素敵な飼い主が現れるわ。眼鏡の男の子でハリーっていうの。それまで、誰にもついて行っちゃダメよ」

 白ふくろうは私の言ったことが分かったのか、まるで任せろと言わんばかりに「ホーゥ」と鳴いた。私はそれに微笑んで頷くと白ふくろうの隣にいた夜の闇のように真っ黒なふくろうを購入することにした。友人が言っていたのだ。「私がもしふくろうを飼うなら真っ黒の子にする! アズカバンから脱獄したシリウスとやりとりをするなら目立たないふくろうがいいし!」と。この子はピッタリだ。

 20分後、私は黒ふくろうが入った鳥籠を手に店を出た。鳥籠はふくろうに合わせて黒のかっこいいデザインにした。本当は同じ黒でももう少し可愛らしいデザインが良かったんだけれど、この子が絶対に嫌だと入ろうとしなかったのだ。聞けばこの子はどうやらオスのようで、かっこいいデザインのものに変更したのだ。

「さあ、杖選びに付き合ってね」

 黒ふくろうは籠選びで疲れたのか、鳥籠の中でぐっすりと眠っていた。この子の名前はあとでじっくり決めることにして、私は最後のお店となるオリバンダーの店へと向かった。

 オリバンダーの店は狭くてみすぼらしかった。剥がれ掛かった金の文字で、店名が記されている。埃っぽいショーウィンドウには、色褪せた紫色のクッションの上に杖が1本だけ置かれていた。

 扉を開けて中に入ると、どこか奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。恐る恐る店内に入るとそこはどこか教会のように厳かで神聖な雰囲気がした。店内をぐるりと見てみると、カウンターの奥の棚に何千もの細長い箱が天井近くまで積み上げられているのが見えた。あの中の1本が私のものになるのだと思うとドキドキとした。

「いらっしゃいませ」

 柔らかな声と共にオリバンダーさんは現れた。私はびっくりして飛び上がりそうになるのをなんとか抑え込んで「こんにちは」と挨拶をした。

「お嬢ちゃん、ホグワーツかね?」
「はい。9月から」
「お名前は?」
「ハナ・ミズマチです」
「では、ミズマチさん。拝見しましょうか」

 オリバンダーさんは長い巻尺をポケットの中から取り出した。どうなら何か測るらしい。

「ミズマチさん、杖腕は?」
「えーっと、右利きです」
「腕を伸ばして。そうそう」

 私が言われた通り腕を伸ばすと、オリバンダーさんの巻尺はあらゆるところの寸法を独りでに測りはじめた。この寸法によって合う杖が変わってくるのかもしれないが、耳のサイズまで測っているのはどういうことだろう?

 巻尺が測っている間、オリバンダーさんは杖には強力な魔力を持った芯材が使われていることを説明してくれた。有名なのは一角獣ユニコーンのたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線などらしい。たとえ同じ木材と芯材で杖を作っても、一角獣ユニコーンも不死鳥もドラゴンも個体毎に個性があるので、決して同じ杖にはならないのだそうだ。

「では、ミズマチさん。これをお試しください」

 最初の杖は柳の木にドラゴンの心臓の琴線だった。振ってみろと言われたので少し振ってみたら、オリバンダーさんに杖をもぎ取られてしまった。

 次の杖は楓に不死鳥の尾の羽根。これは振る前にもぎ取られ、3本目も4本目もそうだった。試された杖の箱が古い椅子の上にどんどん積み重なり、私は実は魔女ではないのかもと落ち込んでいく一方で、何故かオリバンダーさんは嬉々としていた。

「うーむ。次はどうするか……そうじゃ……サンザシの木にセストラルの尾毛びもう、28センチ、強力だが扱いにくい」

 その杖は今まで手に取ったどの杖よりも美しかった。持ち手の先に金の薔薇の装飾が取り付けられ、細く真っ直ぐに伸びるサンザシの木には蔦や花の彫刻がされている。手に取ると不思議なことに、指先が暖かくなって、「この杖だ」とすぐに分かった。これが、私の杖なのだ。

 杖を勢いよく振ると、杖の先から青や赤、金色の火花や、色とりどりの花びらがまるで流れ星のように流れ出し、小さな店内を埋め尽くした。びっくりした黒ふくろうが騒いでいたが、オリバンダーさんはその光景に「ブラボー!」と叫んでいた。

「素晴らしい。実に素晴らしい……ミズマチさん、このサンザシの木は美しい花が咲くが同時に大きなトゲで素晴らしい防御を作る強いがしなやかな木じゃ。この木に惹かれた人は家族と強い絆を持ち、愛する人達を全力で守る人だと言われておる」
「愛する人たちを全力で、守る――」
「そうじゃ。そして、セストラルの尾毛びもうは強力だが扱いにくい。死を受け入れることが出来る魔法使いのみがこの杖の真の所有者となり得る」

 まるで杖が私のこれから立ち向かう運命に力を貸すと言ってくれているようだった。正直まだ死を受け入れることは難しいけれど、この杖に相応しい所有者であれるようになりたいと思った。

「オリバンダーさん、この杖に恥じない魔女になります」

 私がそう言うと、オリバンダーさんは満足気に深く頷いた。