Blank Days - 005

レイブンクローの幽霊・後編

――Regulus――





 親愛なるルシウス・マルフォイ殿

 突然の手紙となったことをお許しください。ナルシッサと正式な婚約をした時にお会いしただけでしたから、さぞ、驚かれたことでしょう。実は今回、貴方にお聞きしたいことがあり、こうして手紙を書くに至りました。

 それは「レイブンクローの幽霊」と呼ばれている少女の噂についてです。貴方がホグワーツをご卒業されてから既に数年の年月が経っていますが、在学中に噂を聞いたことはあるでしょうか。もしくは、見掛けたことは? 色素の薄い黒髪にヘーゼルアイが特徴的な美しい女生徒です。もし、彼女のことについて少しでも知っていることがあれば、教えてください。

 ご連絡をお待ちしております。

 レギュラス・ブラックより



 従姉のナルシッサの婚約者であるルシウス・マルフォイにそんな手紙を書いたのはセブルス・スネイプとリリー・エバンズの会話を盗み聞きしたあとすぐ――10月の初めのことだった。しかし、すぐに返ってきた返事には「そんな噂は耳にしたことがない」とあり、僕は結局彼女のことについて知ることが出来なかった。

 それでも僕の中にある彼女に対する好奇心はなくならなかった。ダンブルドアが何故彼女に会ったのか、何故そこから彼女が戻って来なかったのか、何故兄達は落ち込んでいたのか、1年生の時に話していたことは真実なのか――その全てが気になって仕方がなかった。

「ジェームズ、今日はクィディッチの練習か?」
「そうなんだ。変身術と魔法薬学のレポートを仕上げたいところだけどね。まあ、なんとかなるさ」
「僕なんか、クィディッチの練習がないのになんとかならないよ……」
「ピーター、僕が手伝うよ」

 僕はことあるごとに人混みに紛れ、兄やジェームズ・ポッター率いるマローダーズの4人の話を盗み聞きし、彼女に関する情報を得ようとした。初めは、くだらない会話ばかり聞かされた。夜ベッドから抜け出す相談や、セブルス・スネイプにどんな呪いを掛けようかという話、それからリリー・エバンズをどうやったら振り向かせられるか、などだ。けれども何日も続けていくうちに面白いことが分かった。彼らは、4人でいる時は絶対に彼女の話をしないということだ。

 彼らはピーター・ペティグリューがいない時にだけ、彼女の話をしていた。最初はただの偶然かと思っていたが、毎回そうだったので、これは偶然ではないのだと割と早めの段階で気付くことが出来た。マローダーズの4人の中で、ピーター・ペティグリューだけが彼女について何も知らされていなかったのだ。

 ピーター・ペティグリューと他の3人の間にはピーター・ペティグリューにしか見えない大きな隔たりがあるように思えたが、僕にとってはピーター・ペティグリューがそのことをどう思っているかなんてどうでもいいことだった。ただ、彼女について何も分からず無駄な時間だけが過ぎていくことに苛立ちを覚えていた。そして、1年経っても、僕は彼女について、何も分からないままだった。


 *


「クリーチャー、これは誰にも知られてはいけないことだ。父上にも母上にも、誰にも」

 ロンドン、イズリントン区にあるグリモールドプレイス12番地で、この無駄にした1年のことを思い出しながら僕は目の前にいる屋敷しもべ妖精ハウス・エルフのクリーチャーに言った。クリーチャーは僕の言葉に「お任せください、レギュラス様」と恭しく頭を下げる。

「いいかい、クリーチャー。ある人物に関する記憶を引き出すんだ。僕が兄に話をふっかけて記憶を引き出しやすいようにするから、クリーチャー、君は兄が気を取られている隙に記憶を見るんだ」

 僕は今クリーチャーに話をした通り、この夏休みの間に兄の記憶を見るつもりだった。これを思いついたのはホグワーツ特急に乗ってキングズ・クロス駅に向かっている途中のことで、僕は校外で魔法を使えないが、クリーチャーなら使えると思ったのだ。

 兄は毎年夏になると父や母と大喧嘩をして家を飛び出し、ジェームズ・ポッターの家に世話になるのが常だった。去年なんかわざわざクリスマス休暇に家に帰って来たと思ったら、どこで仕入れて来たのかベタベタと自室の壁にマグルの女の人やマグルの乗り物のポスターを貼りだして、母は半狂乱だった。

 しかし、幸運なことに今年はまだ家にいた。行動を起こすなら今しかなかった。僕はクリーチャーと共に廊下の隅に隠れ、じっと兄が出てくるのを待った。そして、

「レイブンクローの幽霊――でしたっけ」

 遂に行動に移したのだった。