Side Story - 1992年04月

ノーバート・5

――Harry――



 ノーバートに噛まれたロンの手は翌朝には2倍近くにまで腫れ上がっていた。これには流石にハリーもハーマイオニーも医務室へ行くことを強く勧めたけれど、ロンは頑なに行こうとはしなかった。ドラゴンに噛まれなことがマダム・ポンフリーにバレることを恐れたのだ。

 ハリーもハーマイオニーもドラゴンのことを引き合いに出されるとあまり強く言えなかったが、昼過ぎになるとそうも言っていられなくなった。傷口が気持ちの悪い緑色になったのだ。どうやらノーバートの牙には毒があったらしい。ロンはとうとう観念して医務室へ行くこととなった。

 ハリーとハーマイオニーはその日の授業が終わったあと、すぐに医務室へ飛んでいった。ロンはひどい状態でベッドに横になっていたけれど、2人がやってくると「手だけじゃないんだ」と言って声を潜めた。実は2人がやってくる前に「ウィーズリーが持ってる本が借りたい」などと嘘をついてマルフォイが現れたというのだ。しかももっと悪いことに、その本にはチャーリーからの手紙が挟まっていた。

「あぁ、どうしよう……大変だ……今、思い出した……チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ。僕達がノーバートを処分しようとしてることがマルフォイに知れてしまう」

 しかし、今更土曜0時の約束を変えることなど出来るはずがなかった。ルーマニアまでふくろう便を送るには時間がかかるし、そこからまたチャーリーが友達と連絡を取り、こちらへ送り返すとなると更に時間がかかってしまうからだ。今更計画は変えられなかった。


 *


 遂に計画を実行に移す日がやってきた。
 しかし、ロンが未だに医務室から出られていないので、ハリーとハーマイオニーは2人だけで危険を侵さなければならなかった。――やっぱりハナに協力を仰ぐべきだったんだ、そうしたらロンもこんなことにはならなかったかもしれない――ハリーはつい先日、ドラゴンの件で根を上げたハーマイオニーの提案を断ったことを今更ながらに後悔した。

 きっとハーマイオニーも、そして、医務室にいるロンだって同じことを思っていただろうけれど、ハリー達は誰もハナのことを口には出さなかった。スネイプから狙われているのに1人でレイブンクロー塔を出入りするのは、どう考えても危険だったからだ。

 計画は順調とは言えなかった。玄関ホールでピーブズが壁にボール打ち付けてテニスをしていたので終わるまで出られず、ハグリッドの小屋に辿り着くのに時間がかかったし、そこから透明マントを使って2人で一番高い塔の上までノーバートを運ぶのはもっと大変だったからだ。しかし、塔へ行く途中でいいこともあった。

「罰則です!」

 真夜中に歩き回っていたマルフォイをマクゴナガル先生が捕まえて罰則を言い渡していたのだ。

「更に、スリザリンから20点の減点! こんな真夜中にうろつくなんて、なんてことです……」
「先生、誤解です。ハリー・ポッターが来るんです……ドラゴンを連れてるんです!」
「なんというくだらないことを! どうしてそんな嘘をつくんですか! いらっしゃい……マルフォイ。貴方のことでスネイプ先生にお目にかからねば!」

 それからあとの塔への道のりはとても楽しいものに思えた。一番上の塔へ辿り着き、ようやく透明マントを脱ぎ捨てると、あのハーマイオニーが上機嫌に「マルフォイが罰則を受けた! 歌でも歌いたい気分よ!」と小躍りしてはしゃいでいた。ハリーは「歌わないでね」と忠告したが、自分も同じように歌いたい気分だった。

 そうして遂にチャーリーの4人の友達にノーバートを引き渡すことに成功したハリーとハーマイオニーは、達成感でいっぱいになった。散々ハリー達を困らせていたドラゴンはいなくなった。それに、マルフォイも罰則を受ける――。

 しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった。廊下に足を踏み入れた途端、フィルチの顔が暗闇の中からヌッと現れたからだ。

「さて、さて、さて」

 フィルチが囁くように言った。

「これは困ったことになりましたねぇ」

 ハリーとハーマイオニーはなんと、解放感のあまり透明マントを塔の上に置き忘れてきてしまっていたのだ。これは、最悪な事態になった――ハリーとハーマイオニーは蒼白になって、フィルチに連れられてマクゴナガル先生の部屋へと向かった。

 2人共一言も話さなかった。ハーマイオニーは震えていたし、ハリーは上手い言い訳がないかと考えるのに必死だったからだ。しかし、上手い言い訳などあるはずもない。ハリーはここでもハナにドラゴンの話をしなかったことを後悔した。ハナなら解放感でいっぱいになっても、透明マントを忘れてきたりしないだろうと思ったからだ。

 今度ばかりはどう切り抜けていいのか分からなかった。今回ノーバートの受け渡し場所となった一番高い塔は天文台の塔で天文学の授業の時以外は立ち入り禁止となっているし、その上ノーパートと透明マントだ。マクゴナガル先生が許すはずがなかった。大人しく荷物をまとめた方が賢明かもしれない。

 マクゴナガル先生はマルフォイをスネイプの所へ連れて行っているからか、ハリーとハーマイオニーが部屋についても中にはいなかった。そうしていつ「退学だ!」と言い渡されるのかと怯えながら待っていると、もっと最悪な事態になった。なんと、マクゴナガル先生がネビルを連れて現れたのだ。

「ハリー!」

 マクゴナガル先生の部屋に連れてこられたネビルは、中で待っていた2人を見ると弾かれたように喋り出した。

「探してたんだよ。注意しろって教えてあげようと思って。マルフォイが君を捕まえるって言ってたんだ。あいつ言ってたんだ、君がドラゴ……」

 ハリーは激しく首を振ってネビルを黙らせたが、マクゴナガル先生に見られてしまっていた。3人を見下ろすマクゴナガル先生は今にも火を吹きそうなほど恐ろしい表情をしている。

「まさか、皆さんがこんなことをするとは、まったく信じられません。ミスター・フィルチは、あなたたちが天文台の塔にいたと言っています。夜中の1時にですよ。どういうことなんですか?」

 誰も何も答えられなかった。あのハーマイオニーですら、マクゴナガル先生のこの質問には答えられず、まるで銅像のようにピクリとも動かないまま自分の足元だけを見ていた。

「何があったか私にはよく分かっています」

 何も答えないでいるハリー達にマクゴナガル先生が言った。

「別にに天才でなくとも察しはつきます。ドラゴンなんて嘘っぱちでマルフォイに一杯食わせてベッドから誘き出し、問題を起こさせようとしたんでしょう。マルフォイはもう捕まえました。多分貴方方は、ここにいるネビル・ロングボトムが、こんな作り話を本気にしたのが滑稽だと思ってるのでしょう?」

 まさか、そんなことを思っているはずがない。ハリーはネビルを見て、先生の言ってることは違うんだよと目で訴えかけようとした。しかし、ネビルはすっかりマクゴナガル先生の言うことを信じてしょげてしまっている。ネビルはハリー達に危険を知らせようとこんな暗い中、1人で探しに出たというのに。それがネビルにとってどんなに大変なことだったが、ハリーにはよく分かった。

「呆れ果てたことです」

 ハリーがネビルを見ている間にもマクゴナガル先生は話しを続けている。

「一晩に4人もベッドを抜け出すなんて! こんなこと前代未聞です! ミス・グレンジャー、貴方はもう少し賢いと思っていました。ミスター・ポッター、グリフィンドールは貴方にとって、もっと価値のあるものではないのですか。3人とも処罰です……えぇ、貴方もですよ、ミスター・ロングボトム。どんな事情があっても夜に学校を歩き回る権利は一切ありません。特にこのごろ、危険なのですから……50点。グリフィンドールから減点です」
「50?」

 ハリーは驚いてマクゴナガル先生を見た。グリフィンドールの寮監である先生が一気に50点もグリフィンドールから減点してしまうだなんて信じられなかった。折角この前のクィディッチでハリーが獲得したリードが失われてしまう――。しかし、マクゴナガル先生は容赦がなかった。

「1人50点です」

 はっきりと、そう告げたのだった。