Side Story - 1992年04月

ノーバート・3

――Harry――



 結局、ハリー達は新たにもう1つ問題を抱える羽目になった。というのも、ハグリッドの小屋にあったあの黒い卵は、他でもない、ドラゴンの卵だったからだ。ハグリッドの話では、ホグズミード村で飲んでいた時に知らない人とトランプで賭けをして勝ったらしい。ドラゴンの卵はその人が持っていたものだそうだ。

 法を犯しているというのにハグリッドはドラゴンの卵に夢中で、図書館から借り出した『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』という本でもう既にあれこれ調べていた。母龍が息を吹きかけるように卵は火の中に置けだとか、孵った時にはブランデーと鶏の血を混ぜて30分ごとにバケツ一杯飲ませろだとかだ。それに卵の種類も調べていた。ハグリッド曰く、ノルウェー・リッジバックという珍しい種類らしい。

 ハーマイオニーは小屋が木造だということを思い出させようとしたが、ハグリッドはどこ吹く風で、鼻歌交じりで暖炉に火をくべていた。ドラゴンの卵を孵そうとしているなんてことがバレたら、ハグリッドがどうなってしまうか、ハリーには想像もつかなかった。ホグワーツから追い出されてしまうだろうか? それとももっと悪いことが起こるかもしれない。

 この新たなる問題にハナにも助けを求めようかとハリー達は3人で話し合ったけれど、結局は3人で対処することになった。スネイプから狙われているというだけでも大変なのに、その上ドラゴンの違法な飼育の件でハナに負担を掛けてはいけないと思ったのだ。そうでなくてもハナは毎日勉強で忙しそうにしていたので、負担を強いるのははばかられた。

 しかし、この件で一番の決め手になったのはロンの言葉だった。

「それに僕達一緒にいたらうっかり話しちゃうかもしれないよ。今でも秘密にしているのが大変なんだから――」


 *


 ドラゴン問題が発覚してからしばらく経ったある朝、「いよいよ孵るぞ」と書かれた手紙がハリーの元に届いた。しかし、このことで少しだけ言い争いが勃発した。薬草学の授業をサボってハグリッドの小屋へ行こうとするロンに、ハーマイオニーが「絶対にダメ!」と大反対したのだ。

「だって、ハーマイオニー、ドラゴンの卵が孵るところなんて、一生に何度も見られると思うかい?」
「授業があるでしょ。サボったらまた面倒なことになるわよ。でも、ハグリッドがしていることがバレたら、私達の面倒とは比べものにならないぐらい、あの人ひどく困ることになるわ……」

 その時、ハリーはマルフォイがほんの数メートル先で立ち止まって、じっと聞き耳を立てていることに気が付いた。急いでロンとハーマイオニーに「黙って!」と小声で注意したが、ハリーはマルフォイがどこまで話を聞いてしまったのか気が気ではなかった。

 けれども、ハリーがマルフォイについて心配している間、ロンとハーマイオニーはずっと言い争いを続けていた。さすがにハリーが注意をした時は口を閉じてくれたが、2人は薬草学の授業中もずっと言い争いをしていた。決着がついたのは授業も終わりかけの頃で、遂にハーマイオニーが「休み時間なら」と折れることとなった。ドラゴンの貴重な孵化の瞬間に、ハーマイオニーの理性が知識欲に負けたのだ。

 そういうわけで、3人は授業の終わりのベルが聞こえるやいなや、移植ごてを放り投げてハグリッドの小屋へと急いだ。ハリーは一瞬「ハナにもこのことを教えてあげられたら」と思ったが、ぐっと堪えた。ドラゴンの孵化より、ハナの身の安全を守る方が大事だからだ。

「もうすぐ出てくるぞ」

 3人が小屋を訪ねると、ハグリッドが興奮した様子で迎え入れた。相変わらずカーテンは締め切られたままだったが、暖炉の炎はもう燃え盛ってはいなかった。そろそろ生まれるらしく、テーブルの上に置かれている卵には、既に深い亀裂が入っている。ハリーが耳を澄ませてみると、コツンコツンと中で何かが動く音がした。

 椅子をテーブルのそばに引き寄せ、みんな息を潜めて見守った。しばらくすると、突然キーッと引っ掻くような音がして、遂に卵がパックリ割れた。テーブルの上に飛び出してきた赤ちゃんは、皺くちゃの黒い蝙蝠こうもりのようだった。痩せっぽちの真っ黒な胴体に不似合いな、巨大な骨っぽい翼がついていて、長い鼻に大きな鼻の穴、こぶのような角がある。目はオレンジ色で飛び出している。赤ちゃんがくしゃみをすると、鼻から火花が散った。

「素晴らしく美しいだろう?」

 ハグリッドはそう言いながらドラゴンの頭を撫でようと手を差し出したけれど、ドラゴンはそれが気に入らなかったのかハグリッドの指先に噛み付いていた。しかし、ハグリッドは何を勘違いしたのか、「こりゃすごい、ちゃんとママちゃんが分かるんじゃ!」と大喜びだった。

「ハグリッド。ノルウェー・リッジバック種ってどれくらいの早さで大きくなるの?」

 あとどれくらいの間この木の小屋が無事でいられるのか心配になったのだろう。ハーマイオニーが訊ねた。しかし、それに答えようとした途端、ハグリッドの顔から血の気が引いた。弾かれたように立ち上がり、窓際に駆け寄っていく。

「どうしたの?」

 不思議に思いつつハリーが訊ねると、「カーテンの隙間から誰かが見ていた」と言ってハグリッドが唇を震わせた。ハリーは急いで立ち上がり、ドアに駆け寄ると外を見た。そこにいたのは、走り去って行くドラコ・マルフォイだった――。