Side Story - 1992年04月

ノーバート・1

――Harry――



 禁じられた森でスネイプとクィレルの話を盗み聞きして以来、ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は毎日ハナの元に通うようになった。ハナは3人が何回も会いに来ては「元気?」とか「変なことはなかった?」と訊ねるので、不審そうにしていたけれど、3人は決して理由を話すことはなかった。

 それから3人は4階の廊下を通るたびに、フラッフィーの唸り声が聞こえるかも確かめた。しかし、3人が扉にピッタリ耳をくっつけている時に限ってハナが「ハリー! ロンとハーマイオニーも偶然ね!」と現れるので、3人は毎回誤魔化すのに苦労しなければならなかった。

 一方、クィレルはハリー達が思っていた以上の粘りを見せ、あれから何週間か経ち、ますますやつれて見えたが、口を割った気配はなかった。ハリーは応援する気持ちを込めて、クィレルに会うたびに励ますような笑顔を浮かべるようにしたし、ロンもどもりを揶揄からかう生徒を嗜め始めた。

 けれども、ハーマイオニーは「賢者の石」や「ハナの無事」だけに関心を持っていたわけではなかった。試験が迫っているからと学習予定表を作り上げ、ノートにマーカーで印をつけ始めたのだ。しかも、ハーマイオニーは自分と同じことをやるようにハリーとロンに勧めてくるので、2人はうんざりしていた。試験は10週間も先なのに「ニコラス・フラメルの時間にしたらほんの1秒でしょう」というのがハーマイオニーの意見だった。

 更に有り難くないことに、先生達もハーマイオニーと同意見のようだった。山のような宿題が出て、復活祭イースターの休暇はクリスマス休暇ほど楽しいものにはならなかった。ハーマイオニーがすぐそばで、ドラゴンの血の12種類の利用法を暗唱したり、杖の振り方を練習したりするので、のんびりするどころではなかったのだ。呻いたり欠伸をしたりしながらも、ハリーとロンは自由時間のほとんどをハーマイオニーと一緒に図書館で過ごし、勉強に精を出した。

「こんなのとっても覚えきれないよ」

 休暇も終盤になると、ロンはとうとう根を上げて羽根ペンを放り出した。特に今日は図書室の窓から外を見ると数ヶ月振りの素晴らしい天気で、勉強しているのがバカバカしく感じられたのだろう。ハリーは『薬草ときのこ千種』で「ハナハッカ」を探していて、下を向いたままロンの言葉を聞いていたが、そのロンが突然「ハグリッド! 図書館で何してるんだい?」と声を上げたので、思わず顔を上げた。見れば、バツが悪そうにモジモジしながら背中に何かを隠しているハグリッドが書棚の影から姿を現したところだった。

「いや、ちーっと見てるだけ」

 誤魔化し声が上ずって、たちまち3人の興味を引いた。ハグリッドが何かを隠していることは明白だったからだ。しかし、3人が何か訊ねるより先にハグリッドが口を開いた。

「お前さんたちは何をしてるんだ? まさか、ニコラス・フラメルをまだ探しとるんじゃないだろうな」

 どうやらハグリッドは3人が図書室でニコラス・フラメルについて調べていると思ったらしい。しかし、そんなのはとっくの昔に分かっている。ロンが意気揚々と何を守っているかまで分かっていると言って賢者の石の名前を出そうとした途端、ハグリッドが大きな声で「シーッ!」と言った。

「そのことは大声で言い触らしちゃいかん。お前さん達、まったくどうかしちまったんじゃないか」

 誰かに聞かれていないかと心配そうに周りを見渡しているハグリッドに今度はハリーが訊ねた。

「ちょうどよかった。ハグリッドに聞きたいことがあるんだけど。フラッフィー以外にあの石を守っているのは何なの」
「シーッ! いいか――あとで小屋に来てくれや。ただし、教えるなんて約束はできねぇぞ。ここでそんなことを喋りまくられちゃ困る。生徒が知ってるはずはねぇんだから。俺が喋ったと思われるだろうが……」

 ハリーが「じゃ、あとで行くよ」答えるとハグリッドはモゾモゾと出て行った。その様子を見ていたハーマイオニーが「ハグリッドったら、背中に何を隠してたのかしら?」と考え込んでいる。どうやら、みんなハグリッドが何かを隠してモゾモゾしていたことに気付いていたらしい。

「もしかしたら石と関係があると思わない?」

 その言葉にいち早く反応したのはロンだった。ちょうど勉強にうんざりしていたところだったロンは「僕、ハグリッドがどの書棚のところにいたか見てくる」と言って、先程ハグリッドが出てきた書棚の方へと向かうと、ほどなくして本をどっさりと抱えて戻ってきた。

「ドラゴンだよ!」

 声を潜めて、ロンが言った。どうやらハグリッドはドラゴンに関する本がある書棚にいたらしく、ロンは『イギリスとアイルランドのドラゴンの種類』『ドラゴンの飼い方――卵から焦熱地獄まで』と書かれた本を次々にテーブルの上に置いた。

「初めてハグリッドに会った時、ずーっと前からドラゴンを飼いたいと思ってたって、そう言ってたよ」

 『ドラゴンの飼い方』と書かれた本を見ながらハリーが言った。確か、ダイアゴン横丁へ向かうために駅へと行く途中、ハグリッドはハリーに「ガキのころからずーっと欲しかった」と話したのだ。

「でも、僕たちの世界じゃ法律違反だよ」

 ロンがすかさず答えた。

「1709年のワーロック法で、ドラゴン飼育は違法になったんだ。みんな知ってる。もし家の裏庭でドラゴンを飼ってたら、どうしたってマグルが僕らのことに気付くだろ――どっちみちドラゴンを手なずけるのは無理なんだ。狂暴だからね。チャーリーがルーマニアで野生のドラゴンにやられた火傷を見せてやりたいよ」
「だけどまさかイギリスに野生のドラゴンなんていないんだろう?」
「いるともさ」

 再びロンが答えた。ハリーは今までドラゴンなんてお目にかかったことがなかったが、ロン曰く、ウェールズ・グリーン普通種とか、ヘブリディーズ諸島ブラック種だとかがイギリスにはいるらしい。魔法省はその存在を隠すために苦労しているらしく、マグルが見つける度に忘却呪文をかけるのだそうだ。

「じゃ、ハグリッドは一体何を考えてるのかしら?」

 眉根を寄せながらそう言ったハーマイオニーの言葉に、ハリーはロンと顔を見合わせると「さっぱり分からないよ」と言いながら肩を竦ませたのだった。