Side Story - 1991年12月

ホグワーツ特急にて

――Cedric――



 穏やかな午後の昼下がりだった。
 キングズ・クロス駅へと向かうホグワーツ特急のコンパートメントの中は静かで、僕とハナが本のページを捲る音だけが聞こえている。通路を行き交う生徒達の喧騒は、扉を閉め切っているからかどこか遠くに聞こえていた。

「寝てる――」

 ふと本から視線を上げると向かいの席に腰掛けるハナは窓にもたれ掛かって眠っていた。そこに冬の明るい陽射しが差し込むと、彼女の黒髪は茶色く透けてまるで輝いているかのように見える。

 ハナはどこかヨーロッパ系の顔立ちを羨む傾向があるようで、自分がどんなに魅力的か全く分かっていないようだけれど、男子生徒の間では1、2を争うほどの人気を誇っていた。そんな彼女に男子生徒達がアプローチしないのは、彼女がダンブルドアの被後見人だと今や誰もが知っているからだ。ダンブルドアが後見人なのにアプローチする猛者は誰もいなかったというわけだ。

 そんなハナは僕の友達だった。レイブンクロー生の彼女はレイブンクローの名に相応しく驚くほど勉強熱心で、そして、その熱心さに応え得るだけの知性を持ち合わせていた。だからだろうか、彼女は周りの1年生より落ち着いていて、時々僕ですら年上と話しているような気分になることがある。

「魔法だ!」

 ハナとは今年の7月――母さんと共にダイアゴン横丁へ出掛けた時に出会った。母さんがマダム・マルキンの店に行きたいと言って立ち寄った時に、ちょうど制服の採寸にやってきたのが女の子が彼女だったのだ。彼女は僕達が商品を選んでいる間に採寸を終え、会計を始めたのだけれど、採寸したばかりの制服が差し出されると目をまん丸にさせて驚いていた。

 きっとすぐに貰えるとは思わなかったのだろう。「魔法だ!」と驚いている姿が可愛くて、母さんと一緒に笑ってしまったのを覚えている。そのあとすぐに彼女は、顔を真っ赤にさせて店から出て行ってしまったので、「笑って悪かったな」と思いつつも真っ赤になって出ていく姿も微笑ましく見ていた。

 ハナと再会を果たしたのは新学期が始まって最初の週の土曜日だった。早速出された宿題をしようと図書室へいくと、変身術関係の書棚で、何冊も難しい本を手に取っている彼女を見つけたのだ。もう既に何冊も手元に本を置いてあるのに、更に彼女は爪先立ちをして1番上の本を手に取ろうとしていた。それを横から取った時の彼女の驚いた顔がまた可愛かったというのは、僕だけの秘密だ。

 あのころはまさか自分が「ダンブルドアが後見人なのにアプローチする猛者」になるとは思いもしていなかった。けれど、図書室で再会した時に「この席は私と貴方の秘密にしましょう」と小指を差し出されて以来、ハナは確かに僕の特別だった。そんな特別な女の子と自分よりもっと近い距離で接している双子のウィーズリー兄弟を見た時、モヤモヤして寝られなかったのを覚えている。

「羨ましいよ」

 あの日見た光景を思い出して、僕は思わず呟いた。
 僕なんて今日手を繋ぐのも内心バクバクしていたのに、彼らはそんなこと簡単にやってのけるんだろう。ハナは僕がこんなくだらないことでヤキモチを妬くような男だと知ったら、幻滅するだろうか。本当は僕が彼女の1番になりたがっていると知ったら――。

 けれど、僕は彼女の1番ではないのだ。彼女はなぜかまるで弟のようにポッターを可愛がっているからだ。始めはよくポッターの名前が彼女の口から出てくるので、ポッターに恋をしているのかと思っていたけれど、その認識が間違いであることにはすぐに気付いた。とはいえ、彼女の1番がポッターであることには変わりない。

 そんなことを僕が考えているなんて知らずにハナは眠っていた。穏やかにまるでマグルのお伽噺に出てくるお姫様のように眠っている。

 ハナが目覚めるまで、あと、少し。