Phantoms of the past - 125

17. 閉じられた秘密の部屋



 夏学期は溶けるように過ぎて行った。
 ようやく正常に戻ったホグワーツは、全校生徒を急遽帰宅させる件は当然キャンセルになり、なんと期末試験もキャンセルとなった。秘密の部屋の問題が解決したお祝いだそうで、実はあの祝宴の時にマクゴナガル先生が発表していたらしいのだけれど、私はそれどころではなくて何も聞いていなかったのだ。

 ハグリッドも明け方に帰ってきたようだったんだけれど、私はまったく気付いていなくてハリーの話では「ハナはどうしちまったんだ?」と不思議そうにしていたそうだ。申し訳なくて次の日会いに行ったら、誰に聞いたのか「ボーイフレンドが出来たんだってな!」とお祝いされて、私は真っ赤になって「ボ、ボーイフレンドじゃないわ!」とすぐさま否定した。

 しかし、あの日の出来事はすっかりホグワーツ中の話題になっていた。同室の子達やハーマイオニー、そしてすっかり元気になったジニーはクスクス笑いで私のことを揶揄からかい、「あのセドリック・ディゴリーが女の子を抱き締めたのよ。いくら貴方でもこれがどんな意味か気付いたでしょう、ハナ」と誰もが口を揃えて言った。

 意外だったのはハーマイオニーが誰よりも興奮していたことだった。ハーマイオニーは「私、貴方達がお似合いだってずーっと思ってたの! 彼って素敵よね。本当に王子様みたい。あの日もフレッドとジョージに嫉妬したに違いないわ。だって、貴方を抱き締める前、フレッドとジョージのことを見ていたもの。あの2人、貴方の後ろで頬にキスする真似をして彼を揶揄からかっていたのよ」と一部始終を教えてくれた。

 これには私もバレンタインの時のように「まさかね」と気付かないフリが出来なくなった。セドリックはただ単にお世辞を言ってくれる年下の優しい男の子ではなかったのだ。そう考えると顔から火が出そうで、私は誰かに相談したかったけれど、こういう時誰に相談したらいいのか分からなかった。こんな風に純粋な気持ちを向けられたことが、今までなかったのだ。前の世界では――いや、この話はやめておこう。

 周りが私のことを冷やかす一方で、セドリックは以前と変わらない態度で私と接してくれた。まるであの日のことが嘘のようにいつも通りで、図書室で顔を合わせた日には面食らってしまった。でも、そのことを同室の子達に話したら「彼はきっと、貴方のペースに合わせようとしてくれているのよ。急がず、貴方の気持ちが自分に向いてくれるのを待ってるってことなのよ」と教えてくれた。本当のところは分からないけれど、セドリックは優しいから、私がドギマギしていると分かって気を遣ってくれたのだろうというのは容易に想像出来た。

 それから、そんな私自身のこと以外にも、ホグワーツでは小さな変化がいくつかあった。ロックハート先生の記憶がなくなってしまったので、D.A.D.Aの授業がすべてキャンセルになったこと。そして、ルシウス・マルフォイが理事を辞めさせられたことの2点だ。

 ルシウス・マルフォイの件では、息子のドラコ・マルフォイが我が物顔でホグワーツを歩けなくなり、拗ねているような表情をしていた。ハリー達はそんなマルフォイをいい気味だと思っているようだったけど、私は少し同情していた。マルフォイをこんな風にしたのは、確実に親の責任だからだ。自分の行動が息子にどんな影響をもたらすのか、どうして考えられないのだろうか。

 夏休みが始まるまでの間には、動物もどきアニメーガスの練習も何度か行った。不思議なことに苦痛や不快感を伴ったのは最初の1回きりで、2回目以降はそんなこと一切なくスムーズに鷲になることが出来た。ジェームズとシリウスが残してくれた手引き書に苦痛が伴うことを書き忘れていたのは、これが理由かもしれない。つまり、うっかりしていたのだ。シリウスと再会出来たら聞いてみよう。

 そんなこんなで、2年生の残りの時間はあっという間に過ぎて行き、遂にホグワーツ特急に乗って帰る日がやってきた。私はセドリックから誘ってもらって同じコンパートメントに乗ることになり、少し緊張していたのだけれど、セドリックはいつも通り接してくれていたので、あの日の直後よりかは普通に話せるようになっていた。

「それ、何かのレポートかい?」

 コンパートメントに乗り込み、汽車が出発すると分厚い羊皮紙を取り出した私にセドリックが訊ねた。私はそれに苦笑いすると「手紙なの」と言った。実は今朝、リーマスから手紙が届いたのだ。なんと、羊皮紙2巻分である。

「手紙? そんなに?」

 まさか手紙だとは思わなかったのだろう。セドリックは目を丸くして羊皮紙の束を見た。この大半が秘密の部屋に乗り込んで行った私へのお叱りと心配の言葉と、ダンブルドア先生に次のD.A.D.Aの教師に勝手に推薦したことへの苦情だとはセドリックも思うまい。そう、ダンブルドア先生は秘密の部屋の話と一緒次年度のD.A.D.Aの教師の依頼をもうリーマスにしていたのだ。手紙の冒頭には「ハナ、帰ってきたら君と一晩中話しても足りないくらい話すべきことがある」と書いてあった。

「ダンブルドア先生の代わりに休暇の間私と一緒に過ごしてくれる人からなの。私が危険なことをしたから、心配してくれているの」

 私がそう言うとセドリックは「気持ちは分からないでもないな」と苦笑いした。セドリックはリーマスと気が合いそうだ、などと思いつつ私はセドリックに一言断りを入れると手紙に視線を移した。今朝届いたばかりだったので、まだ手紙を全部読めていなかったのだ。

 そうして読んでいくうちに大変なことが分かった。なんと、満月の日が7月4日に迫ってきていたのだ。そして、今日は6月30日である。いろんなことがあって失念していた。手紙の最後に書いてある「出来れば事前に誰かの家に泊めて貰えないか聞いておいて欲しい」という一文を見ながら、私は「どうしよう」と呟いた。これから誰かに頼むなんて可能なのだろうか。

「どうしたんだい?」

 そんな私の様子にセドリックが不思議そうに訊ねた。

「実は、7月4日の日は予定があるから誰かの家に泊めて貰えないか聞いておいて欲しいって書いてあったの。今から同室の子達やハーマイオニーに頼めるかしら……去年はウィーズリー家にお世話になったのだけど、今年はジニーのことがあるから夏休みが始まってすぐお世話になるのは申し訳ないし……」

 困ったことになった。夏休み中は魔法が使えないので鷲にもなれないし、リーマスに心配を掛けないためには誰かの家に泊めてもらうのが一番だけれど、今からでは難しいかもしれない。漏れ鍋は宿泊も出来るらしいので、最悪、漏れ鍋に泊まるしかないだろうか。そんなことを考えていた時だった。

「なら、僕の家においでよ」

 セドリックがそう言って、私は驚いて顔を上げた。私がぽかんとして固まっていたからだろうか、セドリックは少しだけ緊張した様子で、もう一度繰り返した。

「僕の家においでよ。父さんも母さんもハナなら大歓迎だから。もちろん、君が嫌じゃなければ、だけど」

 まさかセドリックがそんなことを言い出すとは思わず、私は混乱する頭で「えっと」とか「その」とか「あの」とかを繰り返した。嫌かどうか聞くなんて、そんなの狡い。だってセドリックはとても優しいし、紳士的だし、きっとリーマスも反対はしないはずだ。頭の中でハーマイオニーが「ハナ! 絶対OKしなさい!」と興奮気味に言う声が響いた気がした。

「あの……嫌じゃ、ない……わ」

 なんとかそれだけ絞り出すように言うと、セドリックはホッとしたように笑った。

「じゃあ、決まりだね」

 私のホグワーツの2年目は、こうして幕を閉じた。僅かな甘さを残して――。


第3章「Phantoms of the past / 過去の幻影」完