Phantoms of the past - 123

17. 閉じられた秘密の部屋



「さあ、ハナ。お座り」

 ジニーとウィーズリー夫妻が医務室へ向かい、マクゴナガル先生が厨房へ向かい、ロンがロックハート先生に付き添って医務室へ向かい、途中乱入してきたルシウス・マルフォイを追ってハリーも部屋を出て行くと、9人と1羽がひしめき合っていたマクゴナガル先生の部屋は、たった2人と1羽になった。

 私は先程乗り込んで来たルシウス・マルフォイの行いの数々に吹き飛ばしてやれば良かったと思いつつも、ダンブルドア先生に声を掛けられるとルシウス・マルフォイが訪れるまで座っていたはずの椅子に座り直した。怒りのあまり、いつの間にか立ち上がってしまっていたらしい。

 私の考えていた通り、ルシウス・マルフォイがジニーの荷物の中に日記を忍び込ませた張本人であった。証拠もなく、本人も決して認めはしなかったからそのことを罪には問えないだろうけれど、私達に追求された時のあの形相を見れば、一目瞭然だろう。けれども信じられないのは、ダンブルドア先生の考えが正しいのなら、ルシウス・マルフォイはウィーズリーおじさんを陥れたいがために今回のことを仕組んだということだ。それがどれだけ愚かしいことか、考えもしなかったのだろう。

 それに信じられないことがもう一つある。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフに対する扱いのひどさだ。ハリーから話を聞いてはいたものの、あれほどひどいとは思わなかったのだ。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフは確かに人間のために働くのが好きな生き物だけれど、決して奴隷ではない。彼らの善意をなんだと思っているのだろう。ハリーが何か思いついたようだから、今はそれが上手くいくことを祈るしかない。

 でも、今回一番腹が立ったのは、ルシウス・マルフォイの行いではなかった。トム・リドルがヴォルデモートだということに気付いた時にダンブルドア先生に話していれば、ジニーが操られていると気付いた時にマクゴナガル先生に話が出来ていれば、もっと早くにジニーに声を掛けることが出来ていれば、こんなことにはならなかったはずなのだ。私は私自身に一番腹が立っていたのだ。

「ダンブルドア先生、私はもっと早くにお伝えするべきでした……」

 強い後悔の念が一気に押し寄せてきて、私はポツリと呟いた。私さえ早く行動していれば、ジニーはこんなことにならずに済んだかもしれない――。そう考えれば考えるほど、一番愚かしいのはルシウス・マルフォイではなく私なのではないかと思えてならなかった。

「ハナ、よくお聞き」

 膝の上でぎゅっと手を握り締めた私にダンブルドア先生は穏やかな優しい声音で話し掛けた。

「君は今回最善を尽くしたとわしは思うておる」
「でも、ダンブルドア先生、結局ジニーが――」
「結局ジニーは無事じゃった。吸い取られていた魂も日記が壊れたことにより、ジニーの中に戻ったと考えてよいじゃろう。ハナ、ジニーは無事だったのじゃ。そして、君とハリーが救った」

 ダンブルドア先生はその淡いブルーの瞳で私をじっと見つめると、「よく頑張った」と言って、私の肩をそっと叩いた。でも、私の心はまだ晴れてはくれなかった。ジニーが助かったのは、結果論に過ぎないからだ。今回は偶々上手く行っただけで、次も同じようにいくとは限らないのだ。それに私はリドルにまったく歯が立たなかった。唯一攻撃出来たのは、リドルが油断していた時だけだった。

「ダンブルドア先生、私はリドルにまったく敵いませんでした……私は本当にハリーを守ることが出来るでしょうか……」
「ハナ、何度も言うように、今回君はジニーが犯人にならないように、最善を尽くした。そして、わしが思うに君はこれから先も最善を尽くすじゃろう。なぜなら、君は多くの人を心から愛し、そんな人々を失う恐怖を知っているからじゃ。リドルは確かにホグワーツ始まって以来の秀才と言えたが、いつでも最善を尽くしたとは言い難い――ハナ、愛することを忘れず、常に最善を尽くすのじゃ。そうすれば、ホグワーツはいつでも君の味方になるじゃろう」

 私はダンブルドア先生をじっと見つめ返した。きっと、最善を尽くしたからと言って必ず勝利の女神が私に微笑んでくれるとは限らない。けれど、だからと言って努力を怠ってはならないのだ。そのほんの僅かな意識の違いが、結果を左右することもあるのだから。ダンブルドア先生が言っていることは、きっとそういうそういうことなのだと思う。

「それから、君が蛇語を話せる理由についてじゃが、これはハリーと同じ理由からじゃろうとわしは思うておる。しくもヴォルデモート卿は2人の人物に力を分け与えてしもうたのじゃ」

 ダンブルドア先生は静かに言った。

「わしは今回ハリーには君の話をせなんだが、いずれそのことを知る時が来るじゃろう――そして、わしはその時がそう遠くはないと思うておる」
「つまり……?」
「夏が終われば、君はいつでも自分の秘密を打ち明けてよい。わしは君にはもうそのタイミングも、打ち明けるべき人物も、見極めることが出来ると思うておる」

 突然のことに私はびっくりして目をぱちくりとさせた。まさかこの流れでその話をされるとは思っていなかったのだ。来年の今ごろ、ハリーがシリウスについて知ることになる時には私のことも打ち明けなければならないだろうとなんとなく思ってはいたが、まさかダンブルドア先生はすべてお見通しなのだろうか。ダンブルドア先生の前では閉心術も無意味に思えるから不思議だ。

「私が好きな時に話してもいいんですか?」

 妙に緊張しながら私は訊ねた。

「9月1日になったら、ハリーにすぐに話してしまうかもしれませんよ。それでも?」
「よいとも。君がそれを最善だと思うのならば」

 ダンブルドア先生が頷くのを見て、私はやっぱりダンブルドア先生にはお見通しなのだろうと思った。きっと、私がこれから何をしたいのかも、ダンブルドア先生は大体分かっているのかもしれない。

 それから、一瞬私達の間に沈黙が訪れると、ダンブルドア先生がマクゴナガル先生の引き出しを開け、羽根ペンとインク壷を取り出した。どうやら私と話すことは終わったらしい。

「ハナ、君には食べ物と睡眠が必要じゃ。祝宴に行くがよい。わしはアズカバンに手紙を書く――森番を返してもらわねばのう。それに、“日刊予言者新聞”に出す広告を書かねば」

 ダンブルドア先生が考え深げに言葉を続けた。

「闇の魔術に対する防衛術の新しい先生が必要じゃ。なんとまあ、またまたこの学科の先生がいなくなってしもうた。のう?」

 私はそれを聞いた途端、頭の中にリーマスの顔が浮かんだ。3年生の時の先生がリーマスだということを私はずーっと前から知っていた。

「ダンブルドア先生、広告は必要にならないでしょう」

 私はすかさず言った。

「私がこの数年の中で最も素晴らしい先生を知っています。彼は必ずこの役目を引き受けるでしょう」

 帰ったら絶対に怒られてしまうだろう。私はダンブルドア先生にはっきりとした口調で伝えながらも、私の頭の中にはいつでも心配してくれる友達の顔が浮かんでいた。