Phantoms of the past - 121

17. 閉じられた秘密の部屋

――Harry――



「こんばんは、ルシウス」

 突然現れたルシウス・マルフォイに、ダンブルドアは朗らかに挨拶した。しかし、その挨拶の仕方すら今のマルフォイ氏には気に入らないようだった。怒り心頭で部屋に部屋に入ってくると、その勢いでハリーを突き飛ばしそうになった。恐怖の表情を浮かべた惨めなドビーが、その後ろからマントの裾に這いつくばるようにして小走りでついてくる。ハリーの隣に立つハナは恐ろしいほど冷ややかな目でマルフォイ氏を睨みつけていた。

「それで!」

 ハナに負けず劣らずの冷たい目でダンブルドアを見据えてマルフォイ氏が言った。

「お帰りになったわけだ。理事達が停職処分にしたのに、まだ自分がホグワーツに戻るのにふさわしいとお考えのようで」
「はて、さて、ルシウスよ」

 ダンブルドアはマルフォイ氏とは正反対に微笑んでいる。

「今日、貴方以外の11人の理事がわしに連絡をくれた。正直なところ、まるでふくろうのどしゃ降りに遭ったかのようじゃった。アーサー・ウィーズリーの娘が殺されたと聞いて、理事達がわしに、すぐ戻ってほしいと頼んできた。結局、この仕事に一番向いているのはこのわしだと思ったらしいのう。奇妙な話をみんなが聞かせてくれての。元々わしを停職処分にしたくはなかったが、それに同意しなければ、家族を呪ってやると貴方に脅された、と考えておる理事が何人かいるのじゃ」

 ダンブルドアの言葉を聞くと、息子に似て青白いマルフォイ氏の顔が一層青白くなった。けれども、その細い目はまだ怒りに狂っているように見える。

「すると――貴方はもう襲撃をやめさせたとでも? 犯人を捕まえたのかね?」
「捕まえた」
「それで? 誰なのかね?」
「前回と同じ人物じゃよ、ルシウス。しかし、今回のヴォルデモート卿は、他の者を使って行動した。この日記を利用してのう」

 ダンブルドアはそう言って、真ん中に大きな穴の開いた、小さな黒い日記帳を取り上げた。その目はマルフォイ氏を見据えていて、ハナもダンブルドアと同じようにダーズリー一家に見せるようなあの怖い顔をしてジッとマルフォイ氏を睨みつけていた。

 ハナがこの顔をする時は何かとんでもなく最低な行いをした相手がいる時だと、ハリーは知っていた。ハリーを虐めるダーズリー一家や、1年生の時ホグワーツ特急でハリーを侮辱したドラコ・マルフォイ、ハリーを骨抜きしたロックハートなどがいい例だろう。例外はロンのネズミのスキャバーズだけだ。きっと今回はダンブルドアを停職処分にしたことを怒っているに違いないとハリーは思った。

 しかし、ダンブルドアとハナとは違って、ハリーはドビーが気になって仕方がなかった。ドビーが奇妙なことをしていたからだ。そのテニスボールみたいな大きな目でいわくありげにハリーの方をじっと見て、日記を指差し、次にマルフォイ氏を指差し、それから拳で自分の頭をガンガン殴りつけるのだ。

「狡猾な計画じゃ」

 ダンブルドアはマルフォイ氏の目を真っ直ぐに見つめ続けながら、抑揚を押さえた声で続けた。

「なぜなら、もし、ハリーとハナが――」

 マルフォイ氏がハリーとハナがサッと睨みつけた。

「友人のロンと共に、この日記を見つけておらなかったら、おぉ――ジニー・ウィーズリーがすべての責めを負うことになったかもしれん。ジニー・ウィーズリーが自分の意思で行動したのではないと、一体誰が証明出来ようか……」

 ダンブルドアが話している間、マルフォイ氏は無言だった。しかし、話せば話すほど、マルフォイ氏の顔はまるで能面のようになっていった。

「一体何が起こったか、考えてみるがよい……ウィーズリー一家は純血の家族の中でも最も著名な一族の1つじゃ。アーサー・ウィーズリーと、その手によって出来た“マグル保護法”にどんな影響があるか、考えてみるがよい。自分の娘がマグル出身の者を襲い、殺していることが明るみに出たらどうなったか。幸いなことに日記は発見され、リドルの記憶は日記から消し去られた。さもなくば、一体どういう結果になっていたか想像もつかん……」

 マルフォイ氏は無理矢理口を開いた。

「それは幸運な」

 ぎごちない言い方だった。すると、ハナがハリーが聞いたことがないほど冷たい声で言った。まるで、冬の湖に裸で飛び込んだかのような冷たさだった。

「日記をお持ちにならなくてよろしいですか? ミスター・ルシウス・マルフォイ」
「どうして私が日記を持たねばならない?」
「まあ、記憶喪失ですか? 忘却術にでも、掛かってしまったんじゃありませんか?」

 その傍らで、ドビーは未だに奇妙な動きを続けていた。まず日記帳、それからルシウス・マルフォイを指し、それから自分の頭にパンチを食らわせ続けていたのだ。そして、ハリーは突然理解した。ドビーのしていることの意味も、ハナの言葉の意味も、あの怖い顔をしていた本当の意味も、全部だ。ドビーに向かって分かったと頷いてみせると、ドビーは隅に引っ込み、今度は自分を罰するのに耳を捻り始めた。

「ミスター・マルフォイ、ジニーがどうやって日記を手に入れたか、知りたいと思われませんか?」

 ハリーが言った。ハナを睨みつけていたルシウス・マルフォイが今度はハリーの方に向き直ると、口を開いた。

「バカな小娘がどうやって日記を手に入れたか、なんで私が知らなきゃならんのだ?」
「貴方が日記をジニ ーに与えたからです。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で。ジニーの古い変身術の教科書を拾い上げて、その中に日記を滑り込ませた。そうでしょう?」
「ウィーズリーおじさんと言い争いになった際も貴方はずーっとジニーの教科書を掴んで離さなかった。日記を滑り込ませるためだったんですね。そもそも、あの日、日記を滑り込ませるためにジニーから注意を逸らそうとわざとウィーズリーおじさんを侮辱して焚き付けたのだとしたら、私は貴方の品性を疑います。心の底から――」

 マルフォイ氏が両手をギュッと握り締め、また開くのをハリーは見た。食いしばった歯の隙間から「何を根拠に」と言って未だに認めようとはしなかったが、ハリーは自分達の指摘は図星だったのだろうと思った。でも、本当にマルフォイ氏が犯人かどうかは誰も証明出来ないのだ。証拠が何もない。

「あぁ、誰も証明は出来ないじゃろう」

 ダンブルドアはハリーとハナに微笑みながら言った。きっと、ダンブルドアと自分達と同じ考えなのだとハリーには分かった。

「リドルが日記から消え去ってしまった今となっては。しかし、ルシウス、忠告しておこう。ヴォルデモート卿の昔の学用品をバラ撒くのはもうやめにすることじゃ。もし、またその類の物が、罪もない人の手に渡るようなことがあれば、誰よりもまずアーサー・ウィーズリーが、その入手先を貴方だと突き止めるじゃろう……」

 マルフォイ氏は一瞬立ちすくみ、杖に手を伸ばしたくてたまらないとでもいうように、右手をピクピク動かした。しかし、ダンブルドア相手に杖を抜くなんて愚かな行為は出来なかったのだろう。代わりにドビーの方を向くと怒鳴るように言った。

「ドビー、帰るぞ!」

 マルフォイ氏は扉をこじ開け、そこにドビーが慌ててやってくると、ドアの向こう側までドビーを蹴飛ばした。隣でハナが口を手で覆って「なんてひどいことを……」と呟くのがハリーの耳に届いた。ハナはドビーを見るのがこれがはじめてのことだったので、予想以上にひどい扱いだったのがショックだったのだろう。

 一瞬、ハリーは立ち尽くしたまま、必死で考えを巡らせた。この可哀想なドビーを、主人を裏切ってまでハリーを助けようとしてくれたドビーを、どうにか助けられないかと思ったのだ。そして、唐突に思いついた。

「ダンブルドア先生」

 ハリーは急いで言った。

「その日記をマルフォイさんにお返ししてもよろしいでしょうか?」

 突然の申し出にもかかわらず、ダンブルドアは「よいとも」と頷いてくれた。そして、ハリーは日記を鷲掴みにすると、マクゴナガル先生の部屋から飛び出したのだった。