Phantoms of the past - 120

17. 閉じられた秘密の部屋

――Harry――



 にっこり微笑んでいるダンブルドアをハリーは信じられない思いで見つめていた。ハリーとロン、そしてハナの3人が特別功労賞を授与される上、1人につき200点も貰ったのだ。ホグワーツの長い歴史の中でも、一晩にして600点――グリフィンドールだけだと400点――も増えたのはこの日が初めてに違いないとハリーは思った。

 それからダンブルドアは、ハリーがすっかりその存在を忘れてしまっていたロックハートに目を向けた。あまりにも静かで、うっかりしていたのだ。当の本人はというと、部屋の隅に立ち曖昧な微笑みを浮かべている。

 これについてはロンが説明した。秘密の部屋の中で事故・・があり、忘却術をかけようとして杖が逆噴射したのだと話すと、ダンブルドアは「自らの剣に貫かれたか、ギルデロイ!」と言った。なんと、ダンブルドアはロックハートがしていたことに気付いていたのだ。その事実がわかった瞬間、ハナが「よほど人がいなかったのね……」と呟いているのをハリーは聞いた。

 ダンブルドアがハリーとハナにまだ話があると言うので、記憶を失くしたロックハートはロンが医務室に連れて行くことになった。そして、ロックハートがロンに連れられてのんびり部屋を出ていくと、ダンブルドアは暖炉のそばの椅子に腰掛け、ハリーとハナにも「お座り」と椅子を薦めた。ハリーは今度こそ悪いことを言われるのではと気が気ではなかったが、ハナは「ありがとうございます」とニッコリ笑って腰掛けていた。

「まずは、ハリー、礼を言おう」

 ダンブルドアが淡いブルーの瞳をキラキラとさせながらハリーを見つめて言うと、ダンブルドアの肩に乗っていたフォークスが膝の上に移動して羽を休め始めた。ダンブルドアはそんなフォークスを優しく撫でながら言葉を続ける。

「“秘密の部屋”の中で、君はわしに真の信頼を示してくれたに違いない。それでなければ 、フォークスは君のところに呼び寄せられなかったはずじゃ――それから、ハナ、君もじゃ。君が組分け帽子の意味に気付けたのは、君がわしを信頼してくれていたからじゃとわしは思うておる」

 ダンブルドアに言葉を掛けられると、ハナはピンと背筋を伸ばした。

「ダンブルドア先生なら、きっと意味があってそれをハリーに渡したのだと思いました。それに、ホグワーツでは助けを求める者には必ずそれが与えられると、先生は仰いました。だから、組分け帽子はその助けなのだと思ったんです」

 ハナが答えるとダンブルドアは満足そうに微笑んで二、三度頷いた。ハリーにはそれがまるで「良くやった」とハナを褒めているように見えた。それから考え深げな表情になると、ダンブルドアは言った。

「それで、君達はトム・リドルに会ったわけだ。多分、君達に並々ならぬ関心を示したことじゃろうな……」

 すると、秘密の部屋の中では考える余裕がなかったことが、突然ハリーの頭の中を支配した。リドルが自分と似通っていると話したことや、お互い蛇語を話せること、組分け帽子がスリザリンで上手くやれると話していたことが、甦ってきたのだ。

「ダンブルドア先生……。僕がリドルに似ているって彼が言ったんです。不思議に似通っているって、そう言ったんです……」

 ハリーが不安を口にすると、ダンブルドアはふさふさした銀色の眉の下から、思慮深い目をハリーに向け、ハナは骨生え薬を飲んだ時のように背中を撫でてくれた。

「でも、僕はあいつに似ているとは思いません! 前にハナが僕達は自分から寮を選んだんだって話してくれました。自らグリフィンドールを選んだから、ヴォルデモートとは違うって……僕もそう思います。僕はグリフィンドール生です。僕は……」

 しかし、そうは言うもののモヤモヤとした思いは一向に晴れてくれなかった。ハナの言葉を信じたい一方で、組分け帽子は確かにスリザリンでやっていけると断言したし、みんながしばらくの間はハリーのことをスリザリンの継承者だと思っていた。それにハリーは蛇語が話せる。これで本当にリドルとは似ていないと言えるだろうか?

「ハリー」

 不安を吐露すると、ダンブルドアが静かにハリーに呼び掛けた。

「君はたしかに蛇語を話せる。なぜなら、ヴォルデモート卿が――サラザール・スリザリンの最後の子孫じゃが――蛇語を話せるからじゃ。わしの考えが大体当たっているなら、ヴォルデモートが君にその額の傷を負わせたあの夜、自分の力の一部を君に移してしまった。もちろん、そうしようと思ってしたことではないが……」

 ダンブルドアの言葉にハリーだけでなく、ハナも驚いたようだった。2人して目をまん丸にさせてダンブルドアを見た。

「ヴォルデモートの一部が僕に?」
「どうもそのようじゃ」
「それじゃ、僕はスリザリンに入るべきなんだ」

 ハリーは絶望的な気分になりながら言った。

「“組分け帽子”が僕の中にあるスリザリンの力を見抜いて、それで――」
「君をグリフィンドールに入れたのじゃ」

 ダンブルドアが静かに言った。

「ハリー、よくお聞き。サラザール・スリザリンが自ら選び抜いた生徒は、スリザリンが誇りに思っていたさまざまな資質を備えていた。君もたまたまそういう資質を持っておる。スリザリン自身の、希にみる能力である蛇語……機知に富む才知……断固たる決意……やや規則を無視する傾向」

 ダンブルドアは口髭を悪戯っぽく震わせた。

「それでも“組分け帽子”は君をグリフィンドールに入れた。君はもうその理由を知っておる。ハナに言われたことをよく考えてごらん」
「帽子が僕をグリフィンドールに入れたのは、僕がスリザリンに入れないでって頼んだからにすぎないんだ……」

 ハナが以前話してくれたように、自分で選んだわけではないのだ。ハリーが打ちのめされた気分でそう呟くとダンブルドアはそれとは正反対に「その通り」とニッコリ笑った。隣を見れば、ハナも同じ顔でニッコリ微笑んでいる。

「それだからこそ、君がトム・リドルと違う者だという証拠になるんじゃ。人の本質はな、ハリー、どのような選択をするかに表れる。それは、どのような能力を持っているかより大事なことじゃ」
「言ったでしょう、ハリー。貴方は喜んでスリザリンへ行ったリドルとは違うのよ。きちんとスリザリンが嫌だと選択をした――ちゃんと、自分で選んだのよ」

 ハリーが呆然として身動きもせずに椅子に座っていると、ダンブルドアがマクゴナガル先生の机の上から血に染まった銀の剣を取り上げ、ハリーに差し出した。

「君がグリフィンドールに属するという証拠が欲しいなら、ハリー、これをもっとよーく見てみるとよい」

 ダンブルドアから剣を受け取ると、ハリーは剣を眺めながら裏返してみた。すると、つばのすぐ下に「ゴドリック・グリフィンドール」と名前が刻まれているのが目に入った。これは、グリフィンドールの剣だったのだ。

「真のグリフィンドール生だけが、帽子から、思いもかけないこの剣を取り出してみせることができるのじゃよ、ハリー」

 ダンブルドアが言って、ハリーはもう一度ハナを見た。すると、ハナは「だから言ったでしょう?」と言う顔で未だにニッコリしていた。

 それから、ダンブルドアはもう少しハナと話があると言って、ハリーを祝宴に向かわせようとした。ハリーはダンブルドアがハナとどんな話をするのか気になったが、渋々立ち上がった。そして、ドアの方へと向かいノブに手を掛けた途端、ドアが勢いよく向こう側から開いた。そこには――、

「こんばんは、ルシウス」

 怒りに満ちたルシウス・マルフォイと、その腕の下で、包帯でぐるぐる巻きになって縮こまっているドビ ーが立っていた。