Phantoms of the past - 119

17. 閉じられた秘密の部屋



 無事にマートルのトイレに戻ってきた私達は、再びフォークスの先導の元、暗い廊下を進んでいた。私達の誰もがどこへ向かうのかさっぱり分かっていなかったけれど、フォークスだけはどこに向かえばいいのか分かっているようだった。迷うことなく廊下を進み、いくつかの階段を上がっていく。そうして、ようやくこっちの方向はマクゴナガル先生の部屋がある辺りだと思い当たったところで、フォークスはピタリと動きを止めた。

 マクゴナガル先生の部屋にはどうやら何人かいるようだった。中から話し声や、誰かがしゃっくり上げる声が聞こえている。しかし、代表してハリーがノックをして扉を開くと、一瞬にして沈黙が訪れた。私やハリー、ロン、ジニー、おまけにロックハート先生までもがドロドロのネトネト――ハリーはその上血だらけ――だったのだから無理もない。室内にいた全員の視線が一気に私達に突き刺さり、そして、奥から叫び声が上がった。

「ジニー!」

 ウィーズリーおばさんだった。どうやら廊下に聞こえていた泣き声はウィーズリーおばさんのものだったらしい。きっと連絡を受けてホグワーツへ来ていたのだろう。隣にはウィーズリーおじさんもいて、2人はジニーの姿を見とめるなり、飛び上がって駆け寄ってきて、小さな末娘をきつく抱き締めた。

 そんなウィーズリー夫妻の向こう側には、マクゴナガル先生とそれから、ダンブルドア先生がいた。マクゴナガル先生は胸を押さえて大きく深呼吸をして落ち着いて事態を飲み込もうとしていたが、ダンブルドア先生は落ち着いていてニッコリ笑って私達を見ていた。そのダンブルドア先生の肩に、ここまで案内してくれたフォークスが私達の横をスーッと通り過ぎて止まった。そして次の瞬間、私はハリーとロンと共に誰かに抱き締められていた。

「貴方達があの子を助けてくれた! あの子の命を! どうやって助けたの?」

 ウィーズリーおばさんが目を真っ赤にさせながら私達を抱き締めていた。そんなウィーズリーおばさんにやっと心を落ち着かせたマクゴナガル先生が「わたくし達の誰もがそれを知りたいと思っていますよ」と呟くようにいうと、ウィーズリーおばさんはようやく私達を解放した。

 この状況でまったく説明しないというのは到底無理な話だったが、はたしてジニーがリドルに操られていたことを上手く説明出来るだろうか――私とハリーはどうしようかと目を合わせたが、やがてお互い前に進み出ると、ハリーが持っていた組分け帽子や剣、それにリドルの日記の残骸をマクゴナガル先生のデスクの上に置いた。

 そして、私とハリーは交互に話しながら、これまでの経緯を語り始めた。私とハリーが変な声を聞いたこと。それがパイプの中を通るバジリスクだと一番最初にハーマイオニーが気付いたこと。ハリーとロンがクモを追って森に入ったこと。そこで出会ったアラゴグがバジリスクの最後の犠牲者がどこで死んだのかを話してくれたこと。嘆きのマートルがその犠牲者ではないか、そして、トイレのどこかに、秘密の部屋の入口があるのではないかと推理したこと。ジニーを助けるためにハリーはロンとロックハート先生と、そして、私は1人でマートルのトイレに向かったことを説明した。

「そうでしたか」

 一旦話が途切れたところでマクゴナガル先生が言った。

「それで入口を見つけたわけですね――その間、約100の校則を粉々に破ったと言っておきましょう――でも、一体全体どうやって、全員生きてその部屋を出られたというのですか?」

 それからまた私達は秘密の部屋の中で起こったことを話した。しかし、中で私達が合流したことや、フォークスや組分け帽子のことは話せたが、私もハリーもリドルの日記のことやジニーのことをどう説明したらいいのか分からなかった。振り返れば、ジニーはウィーズリーおばさんの肩に頭を預けながら涙をポロポロ流して立っている。ダンブルドア先生はヴォルデモートの仕業だと信じてくれるだろうか。

「わしが一番興味があるのは」

 私とハリーが考えあぐねていると、ダンブルドア先生が優しく言った。

「ヴォルデモート卿が、どうやってジニーに魔法をかけたかということじゃな。わしの個人的情報によれば、ヴォルデモートは、現在アルバニアの森に隠れているらしいが」

 もしかしたらダンブルドア先生にはもうすべてお見通しだったのかもしれない。何も心配することはなかったのだ。ダンブルドア先生なら、きちんと事実を汲み取ってジニーが不利益を被らないように配慮してくれるに違いない。

「な、なんですって?」

 ウィーズリーおじさんがギョッとして声を上げた。

「“例のあの人”が? ジニーに、ま、魔法をかけたと? でも、ジニーはそんな……ジニーはこれまでそんな……それとも本当に?」
「この日記だったんです」

 ハリーが急いで日記を取り上げダンブルドア先生に見せながら言った。

「リドルは16歳の時に、これを書きました」

 そして、ハリーがそう続けると、ダンブルドア先生は日記を手に取ると、じっくりと観察し始めた。日記は既に焼け焦げて、ページはぶよぶよになっていたが、ダンブルドア先生にはそれがどんなものなのか分かるようだった。しばらく眺め回した後、「見事じゃ」とダンブルドア先生は言った。

「たしかに、彼はホグワーツ始まって以来、最高の秀才だったと言えるじゃろう」

 次にダンブルドアは、さっぱり分からないという顔をしているウィーズリー一家のほうに向き直ってヴォルデモート卿がかつてトム・リドルという名前だったことを説明した。リドルは学生時代だった当時、とてもハンサムだったけれど、卒業してから闇の魔術にどっぷり沈み込み、何度も危険な変身をしていくうちに、当時の面影が一切なくなったのだそうだ。なので、まさかあのハンサムな生徒がヴォルデモートだと考える人はほとんどいなかったのだ。

「でも、ジニーが――うちのジニーが、その――その人と――なんの関係が?」

 そんなヴォルデモートの学生時代の日記と、ジニーがどんな関係があるのか分からなかったのだろう。ウィーズリーおばさんが困惑したように訊ねた。すると、これまでずっと泣いていたジニーがしゃっくり上げながらも口を開いた。

「その人の、に、日記なの! あたし、いつもその日記に、か、書いていたの。そしたら、その人が、あたしに今年度中ずっと、返事をくれたの――」
「ジニー!」

 話を聞くなり、ウィーズリーおじさんが仰天して叫んだ。

「パパはお前に、何にも教えてなかったというのかい? パパがいつも言ってただろう? 脳みそがどこにあるか見えないのに、独りで勝手に考えることが出来るものは信用しちゃいけないって、教えただろう? どうして日記をパパかママに見せなかったの? そんな妖しげなものは、闇の魔術が詰まっているとはっきりしているのに!」

 ウィーズリーおじさんに指摘されると、ジニーはウィーズリーおばさんが用意してくれた本の中に日記があったのだと話した。やはり、考えていた通り、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の中で、ルシウス・マルフォイが滑り込ませたのだ。どんな理由からかは分からないけれど、ヴォルデモートがそれをルシウス・マルフォイに預けていたに違いない。

 やがて、ジニーはウィーズリー夫妻と共に医務室へ行くことになった。マダム・ポンフリーはまだ起きていて、つい先程マンドレイク回復薬を飲ませたところらしい。回復障害は何もなかったとダンブルドア先生は言った。

 もちろん、ジニー対する処罰はなかった。大人の魔法使いでさえ、ヴォルデモートに騙されることがあるのだ。幼いジニーに対してそれを求めるのは酷というものだ。むしろジニーは過酷な試練を乗り越えたのだから、うんと甘やかされるべきだと私は思った。きっとその役目はウィーズリー夫妻やウィーズリー兄弟達が担ってくれるだろう。

 それからダンブルドア先生はマクゴナガル先生に「これは1つ、盛大に祝宴を催す価値がある」というと厨房にそのことを知らせに行くように伝えた。そうして、マクゴナガル先生の部屋はあっという間に私とハリー、ロン、ダンブルドア先生にそれから隅で大人しくしているロックハート先生だけになった。

「わしの記憶では、君達が――ハナ以外の2人がじゃが――これ以上校則を破ったら、退学処分にせざるをえないと言いましたな」

 5人だけになるとダンブルドア先生がハリーとロンに向き直って言った。きっと、今年度の初めに車でホグワーツに突っ込んだことでダンブルドア先生から注意を受けていたのだろう。ハリーもロンも処分されるのでは、と顔が凍りついている。

「どうやら誰にでも誤ちはあるものじゃな。わしも前言撤回じゃ」

 しかし、ダンブルドア先生はにっこり微笑んでハリー、ロン、それから私を見ると言った。

「3人共“ホグワ ーツ特別功労賞”が授与される。それに――そうじゃな――ウム、1人につき200点ずつグリフィンドールとレイブンクローに与えよう 」