Phantoms of the past - 118

17. 閉じられた秘密の部屋



 日記から溢れ出したインクがポタポタと落ちる音だけが秘密の部屋の中に響いていた。つい今しがたまで私達を苦しめていたトム・リドルは――ヴォルデモート卿の学生時代の記憶であるトム・リドルは、髪の毛1本たりとも残さず、その場からいなくなっていた。日記を見れば、バジリスクの毒の影響か、真ん中が焼け爛れて穴が空いている。バジリスクの毒がリドルをほふったのだ。

「終わったの……?」

 先程までリドルがいた場所を見つめながら私は言った。まだ信じられないような気持ちだった。もしかするとリドルがまたやって来て、私達を殺しに来るのではないかとすら思った。けれど、本当に終わったのだ。

「うん……そうだと思う」

 呆然としながら呟くようにハリーが答えた。お互いドロドロでハリーなんてバジリスクの血を浴びて血だらけだったけれど、フォークスのお陰で牙が刺さったところは綺麗さっぱり元通りになっている。フォークスがいなければ、今頃どうなっていただろうと考えて、今更ながらにゾッとした。

 そういえば、ジニーはどこにいるのだろうか――私はハリーに杖を返すと、ずっと姿を見ることが出来なかったジニーを探して辺りを見渡した。戦いに巻き込まれていたり、リドルの影響で弱り果てていたらと思うと気が気ではなかった。すると、秘密の部屋の隅で微かな呻き声が聞こえてきた。ジニーだ。

「ジニー!」

 ジニーは秘密の部屋の隅で倒れていた。私が大声を上げて駆け寄ると、ハリーもジニーが呻き声を上げていることに気付いたようだった。組分け帽子を拾い、バジリスクの上顎を貫いていた剣を持って、大急ぎで駆け寄って来る。その手には日記もきちんと握られていた。

 そうして、2人でジニーの顔を覗き込んでいると、やがてジニーの瞼が震えて、ゆっくりと持ち上げられた。身を起こしたジニーはまだ完全に覚醒しきっていないような様子で辺りを見回し、バジリスクの巨大な死骸、私とハリー、それから染まったハリーのローブにハリーが持っていた組分け帽子、リドルの日記と順番に見遣ると、大きく身震いした。

「ハリー――あぁ、ハリー――あたし、朝食の時貴方に打ち明けようとしたの」

 途端にどっと涙を溢れさせながら、ジニーが言った。

「でも、パーシーの前では、い、言えなかった。それに、ハナ――あたし、ハナにずっと、話をしなくちゃって思ってた――でも、あたし、ハナにき、嫌われたく、なかった――きっと幻滅されると思った――ハリー、ハナ、あたしがやったの――でも、あたし――そ、そんなつもりじゃなかった。う 、嘘じゃないわ――リ、リドルがやらせたの。あたしに乗り移ったの――そして――一体どうやってあれをやっつけたの? あんな凄いものを? リドルはど、どこ? リドルが日記帳から出てきて、そのあとのことは、お、覚えてないわ――」

 しゃくり上げながら泣くジニーを抱き締めて背中を撫でると、ジニーは益々泣いてしまって言葉が続かなかった。ハリーがバジリスクの牙で穴の空いた日記帳を見せ、もう大丈夫だと話してもダメで、ジニーは自分が退学処分になるものだと思っているようだった。

「あたし、ビ、ビルがホグワ ーツに入ってからずっと、この学校に入るのを楽しみにしていたのに、も、もう退学になるんだわ――パパやママが、な、なんて言うかしら?」
「誰も貴方を退学にしたりしないわ。もし、ダンブルドア先生が退学にすると仰ったら、私もハリーもその場で抗議してやるわ。ジニー、だからもう大丈夫よ。何も怖くないわ。ずっと気付いていたのに、助けるのが遅くなって本当にごめんなさい。怖かったわよね」

 さめざめとなくジニーを私とハリーとで立たせると、フォークスが秘密の部屋の出口の方を飛びながら私達のことを待っていてくれた。私達はそんなフォークスの先導で秘密の部屋を出ると、来た道を戻り始めた。ジニーは未だにしゃっくり上げながら、私の腕にピッタリ張り付いていた。

 それから、曲がりくねった暗いトンネルを進んでいくと、無事にロンとも再会することが出来た。ロンは私が岩山を乗り越えて行ったあとも懸命に岩山を取り崩してくれていて、私達が戻ってくるころには端の方に人がなんとか通り抜ける隙間が出来ていた。その隙間からこちらを覗いていたロンはジニーが無事であることが分かると「ジニー! 夢じゃないだろうな!」とそれはもう嬉しそうに歓声を上げていた。

 岩山に出来た隙間を順番に通り抜けると、再びフォークスの先導でパイプの出口まで歩き始めた。ロンはフォークスがいることにも驚いていたし、ハリーが剣やら組分け帽子やらも持っているのであれこれ聞きたがっていたけれど、それは一先ずあとにして貰っていた。私もハリーもジニーの前で説明しない方がいいと思ったのだ。

 パイプの出口まで戻ってくると、忘却術を受けてすっかり人が変わってしまったロックハート先生が座っていた。私がやってきたあと、あまりうろうろされたら危ないとロンがここまで連れて来て待っているよう言ったらしい。忘却術を受けたことは最初に聞いていたけれど、そもそも何でロックハート先生をここまで連れてきたのかがやはり謎である。これもあとで詳しく聞くことにしよう。なぜ、マートルのトイレにやってくる時にロックハート先生に杖を突きつけていたのか、とか。見ていたことがバレない範囲で上手く聞き出さなくては。それよりも今はマートルのトイレにどうやって戻るのかが重要である。

「でも、どうやってここから上に戻ればいいのかしら?」

 私とハリーは2人してパイプの出口の下にしゃがみ込むと、パイプの中を覗き込んだ。動物もどきアニメーガスになれば私は飛んでいけるけれど、今はそのことは秘密にしておきたいし、そもそも鷲の姿でハリーやロン、ジニー、ロックハート先生を連れて飛べる訳がなかった。

 私達の誰も戻る時の方法は考えていなかった。一体どうやって戻ればいいのだろうかと考えていると、フォークスがスーッと飛んできて、私達の前で羽をパタパタさせ長い金色の尾羽を振り上げ始めた。まるで、掴まれと言っているかのようである。普通なら鳥が人を1人抱えて飛ぶのは難しいように思うが、そういえば、ダンブルドア先生が仰っていた。

「不死鳥は驚くほどの重い荷を運ぶ――」

 私が呟くと、ハリーもハッとしたようにこちらを見た。フォークスの燃焼日に立ち会った日にダンブルドア先生が話していたことを思い出したのだろう。きっとフォークスなら私達全員を一度に運べる力があるに違いない。

「みんなで手を繋がなくちゃ」

 ハリーが言って、私達はみんなで手を繋ぐことになった。ロックハート先生、私、ジニー、ロンの順番で手を繋ぎ、空いている手でロンがハリーのローブの背中当たりを掴むと、最後にハリーがフォークスの尾羽をしっかりと握った。日記はローブのポケットの中に、それから組分け帽子や剣はしっかりとハリーのベルトに刺さっていた。

 次の瞬間、私達5人はフォークスを先頭にヒューッと風を切ってパイプの中を上に向かって飛び始めた。5人も繋がっていたのに不思議と身体が軽くて、私の下ではロックハート先生が「すごい! 魔法のようだ!」と驚いていた。どうやら、忘却術の影響で自分が魔法使いであることも忘れてしまったらしい。

 そうして、あっという間にマートルのトイレに戻ってくると、入口が開いたままになっていた手洗い台は、まるで私達が戻ってくるのを待っていたかのようにスルスルと元の位置に戻り、入口を閉じた。マートルはずっと私達が戻ってくるのを待っていてくれたのか、再びトイレに戻ってきた私達をジロジロ見て、

「生きてるの?」

 心底残念そうにそう言ったのだった。