The symbol of courage - 005

1. メアリルボーンの目覚め



 ダンブルドアが後見人になり、ホグワーツへの入学が決まったからといって、私の生活はこれまでと何1つ変わっていなかった。言付け通りなるべく家にいるようにはしていたけれど、普通に買い物にも行けるし、ヴォルデモートの気配なども微塵も感じず平和に過ごせている。魔法を使って弱まっているからしばらく心配いらないというのは本当のようだった。

 近所の人達も、見た目が11歳の女の子が一軒家にひとり暮らしをしていても何も不思議に思っていないようだった。それもそのはずだ。私の家はマグルには気付かれないようになっているのだから。きっと、私が住んでいることも知らないだろう。

 余談だけれど、ジェームズとシリウス、それからリーマスが置いていてくれた服は正直とても有り難かった。後から気付いたのだが、あのクローゼットの中には服以外にもホグワーツのマークがついた大きなトランクと可愛いポシェットも置いてあった。これはどちらも空間拡張の魔法が掛かっているらしく、とにかく何でも入った。しかもたくさん入れても軽いのだ。天才って凄い。

 7月23日の晴れた日――ダンブルドアがやって来て3日後――3人が贈ってくれた服を着て、ポシェットを持って私はチャリング・クロス通りへと向かった。ジェームズ達が残してくれた浴室の魔法道具やあの忍びの地図らしき羊皮紙などを早く試したかったので、もっと早くにダイアゴン横丁に行きたかったのだけれど、昨日と一昨日は身の回りの事実確認で行けなかったのだ。

 事実確認とはつまり、銀行口座がどうなっているかとか、祖父母の墓はこちらにあるかとか、向こうの世界とこちらの世界でどう違いがあるのかの確認だった。調べたところ元々こちらの世界の住人でなかった私の銀行口座はなかったし、祖父母の墓もないし、スマートフォンも使えなかった。ダンブルドアには何から何まで申し訳ないけれど、金庫の鍵は有り難く使わせて貰うことにした。もう君のものだと言って貰えたけれど、いつか働いて少しでもこの恩を返せるようになりたいと思う。

「ここね、漏れ鍋」

 久し振りに訪れた漏れ鍋は以前と全く変わらぬ様相でレコード店と本屋の間にあった。確かハリーはあと1週間後くらいにここを訪れるはずだ。ここから、ハリーの魔法使いとしての日々が始まるのだ。仲良くなりたいので、偶然を装って出会おうかとも思ったけど、まだ魔法使いだと知って混乱してるときだろうから我慢する事にした。あと、今会うと絶対泣いてしまう自信がある。

 それにハリーとダイアゴン横丁で会うとなると、クィレルと会う可能性も高くなる。彼はヴォルデモートの手先だったはずだから、それだけは避けたいというのもハリーに会わない選択をした理由の1つだった。そうだ、この間ダンブルドアに賢者の石が盗まれる話をするのを失念していたから、今日は手紙を出さないと。魔法界に郵便局があるといいけど――。

 漏れ鍋はやっぱり薄汚れたちっぽけなパブだった。本の中では確かここを通り抜けて裏庭だか中庭に出てからダイアゴン横丁に行けるはずだけれど、どうしたらいいのかさっぱり分からなかった。店の奥のカウンターにいる店員さんに聞いてみたら分かるかもしれない。「よし!」と心の中で気合いを入れて店内へ入って行くと、

「さあ、今日は忙しいですよ。学用品を揃えないと」

 そう話している女性の声が聞こえて私はハッとそちらを見た。見れば、五人の子ども達をふっくらとした女性が店の奥へと向かっているところだった。良かった。きっとダイアゴン横丁に行く人達だ! と店員さんに訊ねるという計画を変更して、私はその家族の後について行くことにした。

 家族は店を突っ切り、奥の扉から壁に囲まれた小さな中庭に出て行ったが、中庭は本当に小さかったので六人も入れるスペースはなかった。子ども達の何人かは中庭の手前で待っていて、私もその少し後ろで立ち止まった。

「あの、すみません」

 一番後ろにいた男の子に声を掛けると、全く同じ顔が2つ同時に振り返った。そのことに驚きすぎて飛び上がりそうになるのを何とか抑えながら、訊ねた。

「私、ダイアゴン横丁に行きたいんです。でも、行き方が分からなくて。良かったら教えて頂けませんか?」
「君、1人かい? パパやママは?」
「私、1人です。あの、両親はいなくて」
「1人で来るなんて偉いじゃないか。僕達のママが今入口を開けるところだよ」
「ママ! 小さな女の子がダイアゴン横丁への入り方を教えて欲しいって!」

 双子の男の子がそう言うと前の方にいた子ども達が全員振り返った。「さあ、どいたどいた」と双子がそんな子ども達をかき分け、女性のいる中庭へと私を連れて行く。

 私は双子の片方にグイグイ手を引かれ、もう片方に背中をグイグイ押されて前に進みながら、もしかしたら彼らはウィーズリーの双子ではないだろうかと思った。だって映画で見たことがある顔だし、それにほら、今すれ違ったのはロンだ。

「まあまあ、1人?」

 双子と共に中庭に出ると、ウィーズリー夫人が出迎えてくれた。私は双子に答えたのと全く同じように「私、1人です。あの、両親はいなくて」と答えてから、もっといい答え方があったのではないかと思った。両親がいないなんて、変に気を遣わせてしまうかもしれない。

「そうだったの。ダイアゴン横丁は初めて?」
「はい。それで、行き方を知りたくて」
「それなら、今から入口を開けるところよ。ゴミ箱の上の壁のレンガを叩くの。見ていて」

 ウィーズリー夫人はゴミ箱の上から3つ上がって横に2つ数えた所にあるレンガを杖で3回叩いて見せた。すると、叩いたレンガが震え、次にクネクネと揺れた。そして真ん中に小さな穴が現れたかと思ったらそれはどんどん広がり、次の瞬間、目の前に、とても大きなアーチ形の入口が出来た。

 アーチの入口の向こうには石畳の道が曲がりくねって先が見えなくなるまで続いている。道の両脇に並ぶ店はとっても不思議で、そして、魅力的だ。

「とっても、とっても素敵!」
「ええ、ここは素晴らしい場所よ」
「教えてくださってありがとうございます」
「どういたしまして。さあ、入口が閉まる前に入ってしまわないと」

 ウィーズリー夫人に背中を押され、私が最初に入口をくぐった。入ってすぐ左手には、たくさんの大鍋が売られている鍋屋があって、右手には本屋さんとアイスクリーム屋さんが見えた。私はまるで頭の中まで幼い子どもに戻ったかのように、あちこちキョロキョロと顔を動かした。

「あの、銀行とそれからえーっと、郵便局のような所はありますか?」
「銀行はこの道を真っ直ぐに行ったところにあるわ。道が2つに分かれていて、その真ん中にある大きな建物がそれよ。郵便局は途中にふくろうがたくさんいる場所を通るからすぐに分かると思うわ」
「重ね重ねありがとうございます」
「いいえ。一緒に行かなくて大丈夫?」
「はい、大丈夫だと思います。ありがとうございます」

 夫人にペコリと頭を下げ、それから双子にも「ありがとう」と伝えると、夫人は優しい口調で「いいんですよ」と言い、双子は「どういたしまして」とヒラヒラと手を振ってくれた。なんて優しい一家だろう。とっても素敵な家族だ。

「そうそう。銀行の近くには夜の闇ノクターン横丁へ繋がっている脇道があるんだけれど、行ってはダメですからね。悪い魔法使いがいる場所だから」
「はい、気を付けます。何から何までありがとうございました」

 絶対行くもんかと心に誓いながら夫人にお礼を行って、それから他の子ども達にもペコリと頭を下げてから、私はダイアゴン横丁を奥へと進み始めた。私の背後では夫人の溜息混じりの声が聞こえる。

「とっても礼儀正しい子だったわ。1人で来ただなんて――フレッド、ジョージ! どこに行くんです!」

 銀行へ行く途中には奇妙なものが売っている薬問屋もあったし、郵便局――ではなく、ふくろうを売ってる店もあった。それから、ちゃんと郵便局も見つけた。お金がないので後からまた戻ってくることにして、私は奥へ奥へと進んだ。そして、

「わあ……大きい」

 ようやく一際大きな建物――グリンゴッツ魔法銀行に辿り着いたのだった。