Phantoms of the past - 116

16. スリザリンの真の継承者



 秘密の部屋の奥で、バジリスクがその胴体をくねらせ鳥達を追い払おうとしている中、その手前の通路では、私とリドルが繰り出す魔法がぶつかり合い、火花となって飛び散っていた。相手が16歳の子どもで、記憶に過ぎないからと舐めてかかっていたわけではないけれど、リドルは呪文の使い方が圧倒的に上手かった。私がありとあらゆる呪いや攻撃呪文を繰り出しても、リドルはいとも簡単に相殺してしまうのだ。

「どうした、ハナ? 僕を吹き飛ばして失神させるんじゃなかったのか? レイブンクローの才女が聞いて呆れるな」

 バカにしたように笑いながら、リドルは私が繰り出した失神呪文を弾き飛ばした。けれどもリドルは私の呪文を防ぐばかりで、一度も私に対して攻撃呪文や呪いを使ってこなかった。本当にバカにしているのか――いや、もしかしたら先程答えをはぐらかした「なぜ未来の自分がこんな小娘を狙っているのか」について詳しく聞き出したいのかもしれない。だから私をまだ殺さないのだ。遊んでやるだけで十分だと思っているに違いない。

 悔しい――私は何度も攻撃呪文を繰り出しながら歯噛みした。目の前にジェームズとリリーを殺した犯人がいる。なんの罪もなかったハリーから何もかも奪い去った犯人が、目の前にいる。マートルを殺し、ジニーを利用し、ハーマイオニーを襲い、ハリーにバジリスクをけしかけ笑っている犯人がいる。私はそんな最低な男に敵わないのだ。これっぽっちも、敵わないのだ。

「僕は君の何を欲しがってたんだ? まったくもって不思議だよ。その歳で無言呪文をこれだけ使えるのはまさにレイブンクローの才女と言えるだろうが、しかし、ただそれだけのことに過ぎない。君と同じ歳のころ、僕はもっと上手く戦えた――ほら、ハナ。呪文はもっと早く正確に――」

 何度目の攻防だろうか。私を嘲笑いながら、呪文を防ぎ続けていたリドルの背後でバジリスクが一際大きくシャーッと苦しげな声を上げたかと思うと激しくのたうち回る音が聞こえて、リドルは私の呪文を相殺しながら振り向いた。見れば、おびただしいどす黒い血が天井から降ってきている。鳥達がバジリスクの目をやったのだと、すぐに分かった。

「違う! 鳥にかまうな! ほっておけ!」

 リドルもバジリスクの目がやられたことに気が付いたのだろう。顔をしかめながら蛇語で叫んだ。

「小童は後ろだ! 臭いで分かるだろう! 殺せ!」

 その瞬間、リドルがこちらに向けている注意がおざなりになったのを私は見逃さなかった。素早く杖を構え直すと、大きく振り上げる。背後から呪文を浴びせるのが卑怯だとかそんなことは露ほどにも思わなかった。なぜなら、目の前のこの男が私の大事なものを奪ったからだ。そんな男に対して、礼儀など必要はないだろう。

 振り上げた杖を振り下ろすと、杖先から赤い閃光が飛び出した。それに気付いたリドルが、ハッとしてこちらを振り向いたけれど、今度は防御呪文を繰り出す時間がなかった。赤い閃光は見事に命中し、リドルの身体は通路の奥へと吹き飛び、あと少しでバジリスクがのたうち回る奥の空間へ入るというところで倒れ込んだ。

 失神呪文をまともに喰らったからだろうか。リドルは起き上がる気配がなかった。私はそんなリドルが起き上がる前にもう一度杖を振り、リドルが持っていた杖を呼び寄せた。なんと、今の今まで気が付かなかったが、手元にやってきた杖を見てみると、それはハリーの杖だった。ハリーは今まで杖なしでバジリスクの相手をしていたのだ。このままではハリーが危ない。

 リドルそっちのけで、私は走り出した。通路を奥へと走り、そして、倒れ込んでいるリドルを追い越そうとしたまさにその時、足首が何かに絡め取られ、私は前につんのめるようにして倒れた。その衝撃で手から2本の杖が離れ転がっていき、固い石の床にしたたかに頬を打った。

「ダンブルドアは敵にトドメを刺すことは教えてくれなかったようだな、ハナ」

 失神していたと思っていたリドルが私の足首を掴んでいた。私はその手を振り解こうともがいたけれど、リドルは決して私を離さなかった。そうして、ゆっくりと起き上がったリドルは軽く頭を左右に振ると、私の背中を目いっぱい踏みつけた。

「いいことを教えてあげよう。倒れている敵には容赦なく死の呪いを浴びせることだ――日記の記憶である僕に、死の呪いは効かないがね」

 甲高い声で笑いながら、リドルは私の背中を踏みつけたままそばに転がっている杖を拾い上げた。私はなんとか抜け出そうともがいたけれど、どうにも起き上がることが出来なかった。杖なしで、リドルを攻撃出来るだろうか? いや、攻撃出来なくとも呼び寄せ呪文で杖さえ呼び寄せられれば――。しかし、私が杖なし呪文を試みようとすると、リドルが拾い上げた杖を私の首元に突きつけながら言った。

「妙な気は起こさないことだ、ハナ。君は僕がいつでも死の呪いを使えることを分かっていない。死の呪いとは、僕にとっては赤子の手を捻るより容易いことなんだよ」

 喉元に、杖先がグッと食い込んで私は思わず呻き声を上げた。踏みつけられた背中が痛くて、息が詰まって苦しくて、私は先程確実にリドルを再起不能にするべきだったのだと心底後悔した。記憶に死の呪いは効かなくとも、全身金縛りは効いたかもしれないのに。そうしたら、リドルは動けなかった……。

「さあ、よく見ておけ。ハリーがバジリスクに喰われるぞ。君はそのあとだ――たっぷり秘密を吐かせたあとにバジリスクの餌にしてやろう」

 眼前では、ハリーが1人でバジリスクと戦っていた。先程は見えなかったバジリスクの頭も、この位置からだとよく見える――その目から血垂れ流している鮮やかな緑色の身体をしたバジリスクは、ふらふらしながらもハリーを襲おうと探しているようだった。そんなバジリスクの気を逸らそうとフォークスが頭上を輪を描きながら飛びつつ、嘴で突いて攻撃している。私が魔法で生み出した小鳥達は魔法が切れたのか、もうそこにはいなかった。

「やめて! お願い! もう十分でしょう!」

 いくら目を攻撃され、盲目になっていようと、バジリスクの毒牙に噛まれればひとたまりもない。今はバジリスクの背後にいるからバレていないようだけれど、いつバレるかも分からない――金切り声を上げて叫ぶと、リドルは愉快なものを見るかのように喉を鳴らして笑った。

 ハリーはそこでようやく私がリドルに押さえ付けられ、杖を突きつけられていることに気が付いたのだろう。バジリスクが闇雲に振り回した尾を、転がるようにしてかわしながらこちらを見ると「ハナ!」と悲痛な声で叫んだ。

 するとその時、ハリーの腕に何かが当たるのが見えた。バジリスクが尾を振り回した時に、薄汚れたボロボロの布切れようなものを一緒に飛ばしてきたのだ。あれは――。

「あれはダンブルドアが寄越した組分け帽子さ」

 リドルがバカにするように言った。

「お優しいダンブルドアは不死鳥と組分け帽子をお寄越しになった。不死鳥は少しは役に立ったようだが、組分け帽子は役に立たないだろう――」

 私は床に倒れ込んだまま、組分け帽子を見つめた。果たして、ダンブルドア先生が無意味なものをハリーに寄越したりするだろうか? ダンブルドア先生はいつだって必要なものを与えてくれる。それに、ダンブルドア先生は言っていた。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる、と。

「ハリー! それを被りなさい!」

 咄嗟に私が叫ぶと、ハリーはもうそれしか方法がないと思ったのだろう。素早く組分け帽子を引っ掴むと頭にぐいっと被って、床に突っ伏した。

「あれが何の役に立つ?」

 リドルは滑稽なものを見るかのようにハリーを見ていた。実のところ、私にだって組分け帽子が何の役に立つかはさっぱり分かっていなかった。けれど、帽子は被るものだ。被らなければ分からないことだってあるかもしれない。

 ハリーが床に突っ伏している間にも、バジリスクは尾を振り回してハリーを攻撃しようとしていた。バジリスクの尾が何度もハリーの頭上を掠めている。そうして、ほんの数十秒そうしていたかと思うと、やがてハリーが帽子を脱ぎ、突然その中に手を突っ込んだ。

 そして、再びゆっくりと手を引き抜くと、その手の中にはなんと、眩い銀のつるぎが握られていたのだった。