Phantoms of the past - 115
16. スリザリンの真の継承者
岩山の反対側へ降り立つと、私は再び杖明かりを頼りにトンネルを奥へと進み始めた。トンネルは訪れた者を惑わせるかようにより一層くねくねと曲がり、どこまでも続いているようだった。しかも、曲がり角が毎回怖いのだ。もし、角を曲がった先にバジリスクがいたらと思うとすぐに曲がることが出来ず、私は慎重に曲がらざるを得なかった。
こんなことがあと何度続くのだろうと辟易してきたころ、ようやくトンネルの終わりがやってきた。前方に2匹の蛇が絡み合った彫刻が施された固い壁が見え、行き止まりになっていたのだ。きっと、この先が秘密の部屋に違いない――私は壁を見上げて蛇の彫刻を見た。瞳に嵌め込まれたエメラルドが、まるで本物の蛇の目のように輝いている。
「蛇語で何か話せばいいのよね……開け、とか……?」
私は蛇語は分かるけれど、これまで一度も蛇語を話したことはなかった。きっとパーセルマウスだとは思うけど、本当に話せるだろうか。私はエメラルドの瞳をじっと見つめながら呟いた。
「開け」
しかし、壁はピクリとも動かなかった。もしかしたら、今のは蛇語ではなかったのかもしれない。もう一度、私はエメラルドの瞳をじっと見て、本物の蛇を思い浮かべながら呟いた。
「開け」
今度はシューシューと奇妙な音が口から溢れた。これはきっと蛇語で話せたに違いない。そう思いながら目の前の壁を見ると、丁度真ん中から2つに裂け始めるところだった。絡み合っていた蛇が分かれ、2つに分かれた扉はスルスルと滑るように両脇へ消え、見えなくなった。
扉の向こうは広い部屋になっていた。両側に等間隔で柱が立ち並ぶ細長い通路のようなものが真っ直ぐに伸びていて、その一番奥に空間が広がっているように見えた。ここから結構離れているから良く分からないが、何か巨大なものがズルズルと床を這っているのが僅かに見えた。バジリスクだ。
ハッと息を呑んで私は前を見つめた。鮮緑色の胴体はここからでは顔が確認出来ないほど大きく、まるで巨木のようだった。顔が見えなかったのは不幸中の幸いだが、これでは無闇に近付けない。それに、バジリスクが通路を覗き込めば終わりだ。
私はバジリスクがこちらを覗き込む気配があればいつでも目を閉じられるように、スッと目を細めながら杖を構えた。ハリーはどこにいるのだろうか? ジニーは無事だろうか? それともジニーはまだ、リドルに操られたままなのだろうか?
目の前では、バジリスクが床を這い、どこかへ向かっているところだった。秘密の部屋の中にはズルズルという巨体が床を這う音と、ハリーのものでもジニーのものでもない笑い声が響いていた。そして、私はその笑い声に聞き覚えがあった。
「ヴォルデモート……?」
そう、ヴォルデモートの声に似ていたのだ。召喚魔法でこちらに来ることになった際に脳内に響いて来た声にそっくりだし、去年聞いたヴォルデモートの声にも似ている。とすると、リドルが――ヴォルデモートが今そこにいることになる。日記から出て来たのだろうか? 一体、どうやって? いや、今はそれよりもバジリスクをなんとかしなければならない。とりあえず、あの目をどうにかしなければ。
誰も私がやってきたことに気付いていないことをいいことに、私は静かに杖を振ると魔法で瑠璃色の小鳥を作り出した。まるでハチドリのように細長く鋭い嘴を持つ小鳥達はあっという間に何百羽という数になり、私の周りを取り囲んだ。
すると、通路の端から誰かが覚束ない足取りで飛び出してくるのが見えた。目を閉じているからだろうか。手探りでバジリスクから逃げようもしているのが、遠目からでもよく分かった。しかし、目を瞑って逃げるのは至難の業だった。何かに躓いて倒れ込むのが見えると、私は杖を大きく振り下ろしながら叫んだ。
「ハリー!!」
次の瞬間、私の周りを取り囲んでいた小鳥達が一斉にバジリスク目掛けて飛び出した。まるで美しいカーテンのように隊列を組み、次から次へとバジリスクに突っ込んで行くと、そんな小鳥達が疎ましいのだろう。バジリスクがシャーッシャーッと言いながら振り解こうとしているのが見えた。その勢いでバジリスクの太い尻尾がハリーに当たり、弾き飛ばされたハリーの姿はまた見えなくなった。
「ハリー!」
「ハナ! こっちに来ちゃダメだ!」
思わず駆け出しそうになると、ハリーが大声で叫ぶのはほぼ同時だった。そうだ。ここで出ていって、バジリスクと目が合ってしまって殺されたのでは意味がない……。私はぎゅっと杖を握り締めたまま、次の手立てを考えることにした。鳥達は上手くバジリスクの目を攻撃出来ているだろうか。あいにく、ここからではバジリスクの顔は確認出来ない――。
「ダンブルドアが鳥を寄越してきたと思ったら、君も鳥で気を散らす作戦かい? ハナ」
そうして考えあぐねていると、通路の奥からゾッとするほど美しい端正な顔立ちをした男子生徒が1人、姿を現した。スリザリンのローブを着た見たこともない男子生徒だったが、それが誰なのかすぐに分かった。私は杖を構えながら、出来るだけ朗らかに言った。
「ご機嫌よう、トム」
どうやら本当にリドルは日記から出て来てしまったようだった。50年前の姿のままそこに立つリドルは、日記の記憶というにはあまりにも鮮明な姿をしている。リドルは優雅にこちらに歩み寄りながら、奇妙な笑みを浮かべた。赤い目が私を捉えて離さない。
「やあ、ハナ。君はもう来ないかと思っていたところだったんだ――会えて嬉しいよ」
彼の背後では、バジリスクが鳥を追い払おうと未だにのたうち回っていた。リドルが先程、ダンブルドアが鳥を寄越したと話していたから、もしかするとあそこにはフォークスもいるのかもしれない。
「ジニーが僕に魂を注ぎ込んでくれたお陰で、僕は日記から出られるまでに力を強めた。君ともようやく話をすることが出来る……」
「ジニーの魂……? まさか、ただ操れるだけじゃなかったの?」
「僕がそれだけで終わると思うか? 他でもないこの僕が」
人の魂を喰いものにするなんて、最早人間のする所業ではない――いや、そもそもリドルは記憶に過ぎないのだから人間ではないかもしれないが――けれども、それを私と変わらないくらいの年頃の男の子が作り出したのだと思うと、
「僕は君に聞きたいことがある。ハナ、ただの穢れた血の孤児に過ぎない君がどうしてダンブルドアの被後見人になれた? 君がパーセルマウスだからか? それとも、他に特別な何かがあるのか?」
射抜くような視線でリドルは私を見ていた。リドルが私に興味があるだろうことは兼ねてから予想していたことだった。あの偉大な魔法使いが後見人になったマグルの子どもは一体どんなやつなのかと、リドルなら興味を持つだろう、と。だから私を意図的に助けたのだ、と。なぜなら、理由を知りたかったから。
「貴方が私をストーキングするから、ダンブルドア先生が保護してくださっているのよ」
「なんだって……?」
「あら、ご存知ない? 私がヴォルデモートに――つまり、未来の貴方に狙われていることはほとんどのホグワーツ生が知っているわ。去年、このホグワーツで何が起こったのか知っているホグワーツ生なら誰でもね」
「僕の正体に気付いていたことは褒めてやろう。だが、どうして僕が穢れた血の小娘に執着しなければならないんだ? 君は何者なんだ?」
「私は極普通のレイブンクローの2年生よ。ああ、今年の私の目標を聞かせてあげるべきかしら。私の今年の目標はね、貴方を吹き飛ばして、失神させることよ!」
叫ぶのと同時に杖を振ると、杖先から赤い閃光が飛び出した。しかし、リドルが軽やかに杖を振ると、赤い閃光は何かに阻まれて弾け飛んだ。プロテゴを使われたのだろう。やはり、一筋縄ではいかないようだ。私が顔を顰めると、リドルはそれとは正反対に舌舐めずりをしてこちらを見た。
「2年生で無言呪文を使えるのか……面白い。君がどこまでやれるのか、僕が直々に相手をしてあげよう」
リドルの真っ赤な瞳は、まるで獲物を目の前にした蛇のようにギラついていた。