Phantoms of the past - 112

16. スリザリンの真の継承者

――Harry――



 いい加減にしてくれ、とハリーは思った。
 ジニーを運び出すのを手伝ってくれと言っても、杖を渡すよう伝えても、ここから早く出なければいけないと訴えても、リドルは話をするだけで一切動いてくれなかったからだ。しかも、暢気にハリーと話す機会を待っていたとか、ハナが来なかったのは残念だとか言う始末だ。話ならここを出たあとでも出来るというのに。ハリーはイライラが募っていくのが分かった。

「今僕達は“秘密の部屋”の中にいるんだよ。話ならあとで出来る」

 支え続けることが難しくなったジニーを一旦床に下ろすと、ハリーはリドルの様子にうんざりしながら言った。しかし、リドルは「今話すんだよ」と言って譲らない。イライラしているハリーとは対照的に口許に相変わらず笑みをたたえたまま、あろうことか拾い上げていたハリーの杖を自身のポケットの中に仕舞い込んだ。

 ハリーは驚いてリドルを見た。何かおかしなことが起きている――もしかするとリドルの言う通り、話をして状況をもっと整理する必要があるのかもしれない。

「ジニーはどうしてこんな風になったの?」

 ハリーは少しだけ考えた後、ゆっくりと訊ねた。この質問はリドルのお気に召したらしい。リドルは愛想よく笑った。

「それは面白い質問だ。しかも話せば長くなる――ジニー・ウィーズリーがこんな風になった本当の原因は、誰なのか分からない目に見えない人物に心を開き、自分の秘密を洗いざらい打ち明けたことだ」

 リドルの言っていることがよく分からず、ハリーは首を傾げた。一体どういうことなのだろう?

「言っていることが分からないけど?」

 ハリーが訊ねると、リドルは続けた。

「あの日記は、僕の日記だ。ジニーのおチビさんは何ヶ月もの間、その日記にバカバカしい心配事や悩みを書き続けた。兄さん達が揶揄からかう、お下がりの本やローブで学校に行かなきゃならない、ハナと同じ寮じゃないのが寂しい、それに――有名な、素敵な、偉大なハリー・ポッターが、自分のことを好いてくれることは絶対にないだろう……とか」

 リドルは話を続けながらも、ハリーから1秒たりとも目を離さなかった。まるでむさぼるようにハリーを見つめている。

「11歳の小娘のたわいない悩み事を聞いてあげるのは、まったくうんざりだったよ。でも僕は辛抱強く返事を書いた。同情してあげたし、親切にもしてあげた。ジニーはもう夢中になった。“トム、貴方ぐらいあたしのことを分かってくれる人はいないわ……なんでも打ち明けられるこの日記があってどんなに嬉しいか……まるでポケットの中に入れて運べる友達がいるみたい……” 」

 リドルはそう言うと声を上げて笑った。その整った容姿には似つかわしくない、甲高い笑い声だ。ハリーは背筋が冷えるのを感じた。もしかしたら、リドルは自分が思っていたような絵に描いたような優等生ではないのかもしれない――。でも、仮にそうでも、どうして日記に秘密を打ち明けただけでジニーはこんな風になってしまったのだろう? ハリーはリドルの話を一言一句聞き逃すまいとした。

「自分で言うのもどうかと思うけど、ハリー、僕は必要となれば、いつでも誰でも惹きつけることが出来た。だからジニーは、僕に心を打ち明けることで、自分の魂を僕に注ぎ込んだんだ。ジニーの魂、それこそ僕の欲しいものだった。僕はジニーの心の深層の恐れ 、暗い秘密を餌食にして、だんだん強くなった。そして、おチビちゃんとは比較にならないぐらい強力になり、十分に力が満ちた時、僕の秘密をウィーズリーのチビに少しだけ与え、僕の魂をおチビちゃんに注ぎ込みはじめた……」

 魂を注ぎ込むとはどういうことだろう? それになぜ、リドルがジニーの魂を欲しているのかもハリーには理解出来なかった。魂を得て、強力になって、一体何をするつもりでいるのだろう?

「まだ気付かないのかい? ハリー・ポッター?」

 幼子に話し掛けるような柔らかな口調でリドルが言った。

「ジニー・ウィーズリーが“秘密の部屋”を開けた。学校の雄鶏を絞め殺したのも、壁に脅迫の文字を書きなぐったのも、ジニー。4人の“穢れた血”や“出来損ないスクイブ”の飼い猫に、“スリザリンの蛇”を仕掛けたのもジニーだ」

 まさか、とハリーは思った。つまり、リドルがジニーを操ってこれまでの襲撃事件を起こしていたのだ。もしかしたらハナはそのことに気付いていたのかもしれない、とハリーは思った。だから今朝、石になった人達が元に戻ると分かって顔を青ざめさせていたのだ。そのうちの誰かがジニーが犯人だと言ってしまう可能性があるからだ。

 そして、ハナはジニーが誰かに操られていることも分かっていたのかもしれない。ジニーがそんなことをするわけがないとハナなら信じただろうからだ。でも、そのことを誰にも話すことが出来なかったのだ。証拠がないうちに報告すれば、ジニーこそが犯人だと仕立て上げられるかもしれない。だからハナは1人でそれをどうにか解決しようして、ハリー達にも黙っていたに違いない。ジニーの無実を証明するために。ジニーもそれに気付いていたけれど、恐ろしくて言えなかったのだろう。

 初めのうち、ジニーは自分が何をしてしまったのか分かっていなかったらしい。そして、日記こそが自身を操っている張本人だとは夢にも思わなかった。ジニーは「あたし、記憶喪失になったみたい。ローブが鶏の羽だらけなのに、どうしてそうなったのか分からないの」とリドルに打ち明けた。

『ねえ、トム、ハロウィーンの夜、自分が何をしたか覚えてないの。でも、猫が襲われて、あたしのロ ーブの前にペンキがべっとりついてたの。ねえ、トム、パーシーがあたしの顔色がよくないって、なんだか様子がおかしいって、しょっちゅうそう言うの。きっとあたしを疑ってるんだわ……今日もまた一人襲われたのに、あたし、自分がどこにいたか覚えてないの。トム、どうしたらいいの? あたし、気が狂ったんじゃないかしら……。トム、きっとみんなを襲ってるのは、あたしなんだわ!』

 そうして、時間は掛かってしまったものの、ジニーはとうとう何かがおかしいと日記を疑い始め、捨てようとした。ほとんど誰も来ない嘆きのマートルのトイレなら安全だと思ったのかもしれない。それをまさかハリーとロンとハナが見つけるなどとは夢にも思わなかった――。

「僕は最高に嬉しかったよ」

 熱に浮かされたかのようにリドルは言った。どうやらリドルはジニーからハリーについての経歴を聞かされて、会って話したいと思っていたらしい。なので、捨てられた日記をハリーが拾い、尚且つ書き込んでくれた時は機会が巡ってきたと喜んだのだ。

 そうして、リドルはハリーのことをもっと良く知るために、まずはハリーを信用させることにした。信用させる方がより深いことまで引き出し易くなるとリドルには分かっていた――そこで見せたのが、リドルがハグリッドを捕まえた夜の記憶だったというわけだ。リドルは当時の校長だったアーマンド・ディペットがハグリッドよりも自分のことを信じると分かっていて、ハグリッドを嵌めたのだ。リドルは勘違いして捕まえたのではなかったのだ。

 計画は、リドルの思った通りに進んだ。唯一疑っていたのは当時変身術を教えていたダンブルドアだけだったという。ダンブルドアはリドルが怪しいことをお見通しだったのだ。ハグリッドが退学処分になってからというもの、しつこく監視するようになり、リドルは在学中に再び“秘密の部屋”を開くことを諦め、日記に記憶を閉じ込めておくことにした。時が巡れば、誰かがサラザール・スリザリンの崇高な仕事を成し遂げることが出来るだろうと思って――。

「君はそれを成し遂げてはいないじゃないか 」

 ハリーは勝ち誇ったように言った。

「今度は誰も死んではいない。猫一匹たりとも。あと数時間すればマンドレイク薬が出来上がり、石にされたものは、みんな無事、元に戻るんだ」

 しかし、リドルはそのことをまったく意に介していなかった。そして、

「まだ言ってなかったかな? “穢れた血”の連中を殺すことは、もう僕にとってはどうでもいいことだって。この数ヶ月間、僕の新しい狙いは――君とハナだった」

 リドルは静かに口を開くとそう言ったのだった。