Phantoms of the past - 110

16. スリザリンの真の継承者



 パイプの中はほとんど急勾配に近い滑り台のようだった。しかも、ただ急勾配の滑り台というわけではない――暗くてヌメヌメしていて、曲がりくねっていて、おまけに出口が見えないほど果てしなく続いている。ほんの何十秒か滑っただけで身体がドロドロになるのが分かり、日記のリドルが掃除していなかったことを心底恨んだ。それとも、ジメジメしている方がバジリスクは好きなのだろうか。

 それにしても、出口は一体どこだろう? どんどん下へと滑り下りながら、私は思った。パイプの中に入ってからもう随分と時間が経ったはずなのに、出口が現れる気配がないのだ。もしかすると秘密の部屋は地下牢よりも遥か下にあるのかもしれない――そんなことを考えていると、突然パイプが平らになり、私の身体は勢い良く出口から吐き出された。

「魔法界ってどうしてみんなこうなの……」

 初めて煙突飛行を使った時のことを思い出しながら、私はぼやいた。やけに湿った冷たく固い床に放り出された気分は最悪である。しかも、真っ暗で何も見えない。私は手探りで杖ホルダーから杖を取り出すと、一振りした。

 ポッと杖先に明かりが灯り、周りが見えるようになると、ここがどうやらトンネルのような場所であることが分かった。もしかしたら、秘密の部屋へ向かう道なのかもしれない。思いの外しっかりとした石造りで、天井はそれほど高くないけれど、それでも真っ直ぐ立つには十分な高さが確保してある。しかし、湿気が多いのか、パイプの中同様にどこもかしこもヌルヌルとしているし、ルーモスを使っても先が見えないくらい真っ暗だ。

 ハリーやロンはこの先にいるのだろうか。私はゆっくりと慎重に辺りを見渡しながら暗闇に向かって歩き始めた。地下のトンネルは真っ直ぐに伸びているわけではなく、曲がりくねっていたが、幸い道は1本しかなかった。道に迷う心配がないのは良かったけれど、この暗闇でもしバジリスクに遭遇したら、という恐怖は常に付き纏った。

 トンネルの中は水はないけれど、湿気っているからか、歩くとピシャピシャと音がするのがまた不気味だった。しかも奥へ行くにつれて、そのピシャピシャという音に加えて、バリンという音が加わるので尚更だ。バジリスクが食べたであろう小動物の骨がそこら中に散らばっていたのだ。しかし、それ以外の音は何も聞こえない。そうしてしばらくの間は静かな中を歩いていたのだが、突然轟音がトンネルの中に響き渡り、私は足を止めた。

「な、何が起こったの……?」

 床も壁も天井も、大きな地震が起こったように震えていた。あちらこちらからパラパラと砂埃や小石が落ちて来ている。ハリー達がリドルやバジリスクと戦っているのだろうか――そうだとすれば急がなくてはならない――私は歩く速度を早めた。すると、

「やあ、お嬢さん。散歩かな?」

 角を曲がったところで、誰かに声を掛けられて私は飛び上がった。見れば、トンネルの端の方にドロドロの姿のロックハート先生が座っている。先程トイレで見かけた時とは打って変わって、朗らかな表情だ。一体どうしたというのだろう。私は戸惑いながら周りを見渡した。彼がここにいるとするなら、ハリーとロンもいるはずだからだ。そして、目的の人物は少し先にいた。

「ロン!」

 ロンは通路を塞いでいる大きな岩の山を懸命に崩しているところだった。上を見上げれば、天井には大きな裂け目が出来ている。もしかしたら、先程の轟音は天井が崩れて来た音だったのかもしれない。崩れた岩山の下では何やら大きい緑色のものがぺしゃんこになっている。

 岩を崩すのに夢中になっていたからだろうか。ロンは声を掛けるまで、私がここへ来たことに気付いていないようだった。驚いて振り返ったロンは、声を掛けてきたのが私だと分かると「ハナ! 助かった!」と叫んだ。しかし、ハリーの姿がどこにもない。

「ロン、一体何があったの? ハリーはどうしたの?」
「ハリーはこの岩山の向こうなんだ。ロックハートが僕の杖を奪って忘却術を使ったら、その影響で天井が崩れて……。でも、ハリーだけ運良く向こうに行けたんだ。因みに呪文は逆噴射して、あの通りさ。危ないから座ってるように言ったんだ」

 ロンはロックハート先生を顎で指しながら言った。

「僕の杖が壊れてたのが運の尽きだな。ロックハートのやつ、忘却術が得意で、今まで出した本は全部他人の手柄を横取りしたものだったんだ。上手く話を聞き出した後、忘却術を掛けていたらしい」
「そんなことだろうと思ってたわ……本当にあんなに色々活躍したのなら、ハリーの腕を骨抜きにはしないはずだもの」
「それで、二手に分かれちゃったから、ハリーはこのままジニーを助けに行くことになって、僕はこの岩を取り崩すことになったんだ。少しは崩したけど、まだまだだな……でも、君なら隙間から入れるかもしれない。君は僕より小さいし、華奢だから」

 ロンが言って、私達は通路を塞ぐ岩山を見上げた。人が通るにはまだまだ難しい状態だったけれど、天井に大きな裂け目が出来ているから、そこを上手く利用すれば私なら通れるかもしれない。どうしてロックハート先生が一緒なのかとか、どうやって秘密の部屋に辿り着いたのかとか、まだまだ聞きたいことは山ほどあったけれど、それは無事に戻ってきてから聞くことにしよう。通れるスペースがあるのなら、今はとにかく先に進まなければならない。

「ロン、私、向こう側へ行くわ」

 私がそう言うと、ロンの方が緊張したようにぎごちなく頷いた。

「ウン。君ならそう言うと思ってた……ハナ、君も気を付けて。それからジニーを……妹を……」
「ええ、必ず連れて帰るわ」

 不安げなロンを安心させるように微笑むと、私は岩山を登り始めた。足場は不安定だったけれど、天井がそれほど高くはないから難なく登って行けそうだ。そうして、順調に上へ上へと登って行くと、下からロンが叫んだ。

「ハナ! 言い忘れてたけど、秘密の部屋の怪物はバジリスクなんだ! 君はもう知ってるかもしれないけど……あと、僕、戻って来たら君に謝りたいことがあって……」

 最後の方をボソボソと言うので、私は思わず下を向いた。ロンは気まずそうな顔をしてこちらを見ている。一体何を謝りたいのだろか。まったく心当たりがない。

 もしかしたら、その謝りたいことというのは、言わなければバレないようなことなのかもしれない。それでも、悪いことをしたと思って謝ろうとしてくるロンの姿を見ると、ロンがどれだけいい子なのかが良く分かった。きっと、何を聞いても私はロンのその姿勢を評価して、許すのだろう。

「帰ってきたら時間はたっぷりあるわ。きっとね」

 そして私は天井の裂け目を潜り、岩山を乗り越えると反対側に降り立ったのだった。