Phantoms of the past - 109
16. スリザリンの真の継承者
風がビュンビュン音を立てていた。
スカイダイビングをしたらこんな感じなのだろうか――髪が舞い上がり、ローブやスカートが大きくはためいている。レイブンクロー塔の一番上から飛び降りた私の身体は、重力に従って見る見るうちに下へと落ちていた。
恐怖心はなかった。不思議とこの無謀な作戦が上手くいくことが、私には分かっていた。ぎゅっと目を瞑り、意識を集中させると何度も練習してきた時のように私の身体はぐにゃりと曲がり、どんどん小さくなっていく。必要の部屋で練習していた時はここから先には進めなかったが、それは想像力が足りなかったからだ。四足歩行の哺乳類になれる素質がないのにそればかり思い浮かべていては、なれるはずもない。
今回は途中で止まることなく、私の身体は絶えずぐにゃぐにゃと形を変えていた。それがなんとも気持ちが悪い。自分が自分でなくなるような妙な気分だった。それに、とっても痛い――こんなこと今までなかった。それに、
苦痛と不快感に耐える時間は、とてつもなく長く思えた。それでも、しっかりしろ、しっかりするんだ、と自分で自分に言い聞かせていると、あともう少しで地面にぶつかるというところで、痛みがスーッと消えて行くのが分かった。そうして気が付くと私は鳥になって空を飛んでいた。私は遂に
喜びのあまり声を上げると、それは甲高い鳴き声となってすっかり陽が沈んだ空に響き渡った。
私は大きく旋回すると城の周りを飛び始めた。マートルのトイレの窓がどこなのか、探さなければならない。しかし、ホグワーツにはありとあらゆるところに窓があったので、すぐに見つかりそうにはなかった。下から数えて3つ目、レイブンクロー塔の近くにある窓を念入りに探していく。
すると、遂にお目当ての窓が見つかった。スーッと窓辺に降り立つと、すぐ下にある個室の中にマートルが座っているのが見えた。窓には一羽の鷲だか鷹だかの姿が映っている――大きさ的に言えば鷹だろうか。実は鷲と鷹は見た目に違いはなく、成鳥になったら大きくなる種類のものが鷲、そして成鳥になっても小さいものが鷹となっている。とはいえ、大きい鷹もいれば、小さい鷲もいるにはいるので、ここは小型の鷲ということにしておこう。ほら、私はレイブンクロー生だし。異議は受け付けない。
さて、どうやって
そんなことを考えていた時だった。
トイレの扉が開いたかと思うとロックハート先生が入ってきて、私は目をパチクリとさせた。まさか秘密の部屋の入口を突き止めて、ここまでやって来たのだろうか? しかしそのまま様子を見ていると、ロックハート先生のあとからまだ誰かが入ってくる。なんと、ハリーとロンだ。しかも、ハリーはロックハート先生の背中に杖を突きつけている。
一体何があったらそんな状況になるのだろう。私はそのことが不思議で仕方なかったけれど、ハリーとロンが秘密の部屋の入口の在処に気付いたことは理解出来た。彼らも私と同じようにジニーを助けに秘密の部屋に入ろうとしているのだ。その過程でロックハート先生と何かがあったようだけれど、これはすべてが終わってから聞くことにしよう。
それよりも今はハリーとロンが秘密の部屋の具体的な位置を知っているのかどうかが重要だ。あの蛇口に彫られた蛇の模様はそう気付けるものではない。私もあれは偶然知ったものなのだ。すぐにでも場所を教えてあげられたらいいのだけれど、あいにく今の私は鷲になっている。ここでハリー達に
そんなことをあれこれ考えながら、3人の様子を見守っていると、視線を感じたのだろうか。ハリーが私に気付いてこちらを見た。私はハリーと目が合うと咄嗟にパチパチと瞬きをして合図を送った。それから、嘴で下の方を示す。私が説明出来ないのなら、他に説明して貰おうと思ったのだ。そう、マートルだ。
ハリーは私の言いたいことが分かったようだった。窓の下にある個室に近付くとマートルと話し始め、やがて手洗い台を念入りに調べ始めると、遂に例の彫り物に気付いた。窓越しだからか、話し声がくぐもって聞こえ、中で何を喋っているのかちっとも分からなかったが、とうとうハリーは入口を開いた。
入口は手洗い台の下にあるパイプだった。手洗い台が下へ沈んで行き、見えなくなったかと思うとそこにぽっかりと大穴が顔を出したのだ。ハリーとロンは怯えて逃げ出そうとしているロックハートに杖を向けると、まず、彼を穴の中へ突き落とした。
トイレにハリーとロンとマートルだけになると、私は嘴で窓を突き、開けてもらえるよう訴えた。とりあえず中に入れて貰おうと思ったのだ。しかし、この作戦は上手くいかなかった。ハリーは一瞬だけこちらを見たものの、何かを話したかと思うとすぐにパイプの中へと入って行ったのだ。
けれども、ハリーのあとにロンがパイプの中に入っていき、トイレの中にマートルだけになると、中に入るチャンスがやってきた。マートルがこちらに背を向けてパイプの中を覗き込んでいたのだ。私はバレないように素早く元の姿に戻ると、杖を取り出した。
「レダクト!」
ガシャーン! と派手な音を立てて窓が割れると、マートルがギョッとしてこちらを振り向いた。風通しの良くなった窓を潜るとトイレの中へと降り立ち、もう一度杖を振ってから割れたガラスを元通りに戻した。
「ハーイ、マートル。ご機嫌いかが?」
「あんたのせいで折角の気分が台無しだわ」
マートルは腕組みをして不機嫌そうにこちらを見ている。私の登場の仕方が気に入らなかったようだ。
「とってもいい気分だったのに。それより、どうして窓から入って来たの?」
「普通に扉から入ろうと思ったのよ。でも、マクゴナガル先生に見つかってしまって、外から来るしかなかったの。私は透明になれないから――」
私は話しながら秘密の部屋の入口の前に立つと、中を覗き込んだ。下へ下へと続くパイプの先は遥か遠くにあるのか、真っ暗で何も見えない。すると「あんたも死にに行くの?」とマートルがどこか嬉しそうに訊ねた。
「違うわ。50年前に貴方を殺しただけでなく、ジニーまで連れ去った愚か者を吹っ飛ばしに行くのよ。私の目標なの――次は吹き飛ばして、失神させてやるってね」
夏休みの時、ゴドリックの谷を訪れた際にジェームズとリリーの墓の前で誓った言葉を思い出しながら私が言うと、マートルはなぜか残念そうに「あんたは生きて帰って来そうね」と言った。マートルはどうやら私が死んだ方が嬉しいようだ。ゴーストの気持ちはちょっと複雑らしい。
「でも、私にそんな風に言ってくれたのは、あんたが初めて。ハナ」
マートルの言葉に私はにっこりと笑った。「友達を殺した相手が憎いのは当たり前でしょう」と言うと、マートルが顔を綻ばせたのが分かった。そんなマートルにひらりと手を振ると、
「それじゃあ、マートル。またあとで」
私もパイプの中に飛び込んだ。