The symbol of courage - 004

1. メアリルボーンの目覚め



 私は見た目は子供でも中身は成人済みの大人なので、そんな私が今更ホグワーツに通えるようになるなんて思いもしなかった。それに、何度か制服を着てジェームズ達と歩いたあの城に新入生という形で訪れるのは、とても奇妙な気分だ。でも、私はここで学ばなければならない。学んで強くなるのだ。それがまず彼らの友情に報いる第一歩となる。

 決意を新たにした私はしげしげと入学許可証の封筒を眺めながら、近いうちにダイアゴン横丁に学用品を買いに行かなければならないだろう、と考えた。漏れ鍋には入ったことがあるけど、その先は結局行けずじまいだったから少し楽しみでもあるし、やっぱり、あの日ジェームズ達と行けていたらと思う切なさもあった。そういえば、

「あの、先生。私、魔法界のお金を持っていません」

 学用品を買うお金がない事に気付いて私は言った。入学金だって授業料だってたくさんいるかもしれない。この家にはどういうわけか私の財布があったから、今までちょっと買い物するだけなら困らなかったけど、魔法界ではマグルのお金は使えないのだ。それに、財布があるからと言って銀行に預けているお金が残っているとも限らない。未成年の私は大金を稼げないし、ピンチではなかろうか。

「おお、そうじゃ。君に大事なことを伝えるのを忘れておった」

 ダンブルドアは大袈裟にそう驚いて見せると、ローブの内ポケットの中から今度は金色の鍵を取り出した。私は、金色の鍵が登場するシーンを『賢者の石』で読んだことがある。あれは、ダイアゴン横丁にある魔法界の銀行の金庫の鍵だった。まさか。

「これはグリンゴッツ――魔法界の銀行のことじゃが――そこの金庫の鍵じゃ」
「でも、これは、私のものでは……」
「戦う勇気を示した君への餞別じゃよ、ハナ」

 もしかしたら、ダンブルドアの金庫の鍵の1つなのかもしれない。ダンブルドアなら金庫の1つや2つ持っていてもおかしくはないだろうし。だって、賢者の石もダンブルドアがなんとかフラメルと共同研究したって本に書いてあったし。

「あの、本当に頂いても……?」
「それはもう君のものじゃよ、ハナ。わしが君の後見人なのじゃ」
「後見人……?」
「さよう。君が再びこの世界に現れる時、おそらく君は魔法の影響で幼い子どものままだろうと話すと自分が後見人になるとミスター・ポッターが一番に名乗りをあげたのじゃが、今となっては叶わぬものとなった。だから、わしがその意思を引き継ぐことにしたのじゃ」
「ジェームズが……?」
「君の事情を聞かされたリリー・ポッターも快く君を家族に迎え入れたいと言っておった。君と一度会ったことがあると話しておった」

 きっとあの時の女の子だ、と私はピンと来た。最後にジェームズ達と会ったあの日、私に声を掛けて来てくれた赤毛の女の子。ジェームズは彼女をエバンズ、と呼んでいた。彼女はリリー・エバンズだったのだ。彼女が私を心配してくれていたなんて思いもしなかった。あの時きちんとお礼を言えていたらどんなに良かっただろう。

 それにもし本当にジェームズが後見人になってくれていたらどんなに素敵だったろう。家族のいない私に家族がまた出来るなんて。それが、唯一無二の友達だなんて、そんな素敵なことがあるだろうか。もしかしたらハリーとも家族になっていたかもしれない。今となっては叶わぬ夢となってしまったけれど――。

「先生、それじゃあ、ハリーは私の家族だったかもしれないんですね」
「家族も同然じゃよ。それにわしも、君の家族なのじゃ」

 私の中は悲しいのと嬉しいのとがごちゃごちゃにないまぜになっていた。家族を失う悲しみを再び味わう事になったらどうしようという恐怖もあった。今度ももし同じ事になったら、私は耐えられるだろうか。

「先生、私、ハリーと家族になりたいのに、怖いです。私の周りの大事な人達は次から次にいなくなってしまうんです。今回もそうなったら、私は――」
「ハナ、愛することを恐れてはならぬ」
「…………」
「愛は何にも勝る強い魔法なのじゃ」

 それから、ダンブルドアは私を優しく諭すと、彼は後見人だけれどホグワーツにいなければならないので一緒に住めない代わりに、いくつかの注意点を話した。ハリーには時が来るまで事情を話すのはやめること、ハリー以外にも自分の事情――ヴォルデモートに関すること――を話すは控えること、この家にはしっかりとした魔法が掛けてあるのでここにいたら安全だから夏休みの間はちゃんと家にいること、などだ。ヴォルデモートについては私を呼ぶ魔法を使った影響でまだしばらく動けないだろうから、しばらく心配はいらないとのことだった。

 ハリーのことについては納得だった。突然「ハーイ、ハリー! 貴方の家族よ! ジェームズと友達だったの」って私が現れてもハリーは大混乱である。ダンブルドアはハリーに対して順序立てて秘密を明かしていくことを望んでいるようだった。というと聞こえが悪いけれど、何事もタイミングというものがあるとダンブルドアは考えているのだろう。ハリーが受け入れられる時期に来たらお許しが出るはずだ。

 そして、もうそろそろダンブルドアが帰るという頃になって、とても勇気を振り絞って、シリウスとリーマスの事についても訊ねてみた。シリウスは裏切り者としてアズカバンにいること――なんと裁判でダンブルドア自らがシリウスを裏切り者だと証明したらしい――や、リーマスとはそれ以来会っていないことを話してくれた。

 私はシリウスが無実だと話そうと試みたのだけれど、「友達を信じたい気持ちは分かる」というようなことを言われてしまって、聞き入れて貰えなかった。ダンブルドアの言いたいことは分かる。今は証拠がないし、私の言っていることは友達を庇っているようにしか聞こえないのだ。本に書いてあるから、は証拠にはならないのだ。

「ハナ、何事も順序が必要じゃ」

 玄関扉の前に立ったダンブルドアが、帰る間際にこちらを振り返って言った。

「わしは君にはそれが出来ると思うておる」
「はい、ダンブルドア先生」
「順序を間違えなければ、君はきっと、わしが起こした間違いすら、正すことが出来るじゃろう」

 それは暗に、証拠がないから今はどうすることも出来ないだけだ、と私に言っているように聞こえた。シリウスを信じるのならば、時を待て、ということだ。

「はい、ダンブルドア先生」

 私が頷くとダンブルドアは満足したように笑って、家を後にした。