Phantoms of the past - 106

15. 攫われたジニー

――Harry――



 まもなく昼食の時間になるかというころ、ハリーとロンは職員室にやってきていた。職員室は広い壁を羽目板張りにした部屋で、黒っぽい木の椅子がたくさん並んでいる。まだ授業が終わっていないからか、先生は誰もいなかった。

 ハリーとロンは興奮で座る気になれず、誰もいない職員室の中を行ったり来たりしてマクゴナガル先生を待った。ロンは渋々折れたものの、未だにハナが犯人だと疑っているようで「もし本当にハナが犯人だったらハーマイオニーがどれだけショックか」とか「僕達やっぱりハナに騙されたのかもしれないよ。マクゴナガルに言う前に確かめた方がいいんじゃないかな」とか言っていた。

 けれどもハリーはハナがスリザリンの継承者ではないと信じていた。なので「ロン、前にも言ったけど、僕達ハナを信じるって約束したじゃないか」とか「マクゴナガル先生に話したって平気だよ。だって、ハナは犯人じゃないんだから。そうだろ?」とか言って、ハナ真犯人説を唱えるロンを説得し続けた。

 そうして待っているうちに、あっという間に10分が経過して授業の終わりの時間がやってきた。ハリーは時計を見てベルが鳴るのは今か今かと待っていたが、肝心のベルが待てど暮らせど鳴る気配がない。代わりに、マクゴナガル先生の声が魔法で拡大され、城内に響き渡った。

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、大至急お集まりください」

 これは一体どういうことだろう? ハリーはロンと顔を見合わせた。

「また襲われたのか? 今になって?」

 ロンは愕然となって「どうしよう? 寮に戻ろうか?」と言ったが、ハリーは素早く周りを見渡して、隅に置かれている洋服掛けを見つけると、その中にロンと2人で隠れることにした。ここに隠れていれば、何が起こったのか話を聞くことが出来る。

「さあ、この中に。一体何が起こったのか聞こう。それから僕達が発見したことを話そう」

 2人が洋服掛けの中に隠れると、頭上を何百という人がガタガタと移動する音が聞こえた。それから少しして職員室のドアが開く音がすると、ハリーとロンはカビ臭いマントの隙間からこっそり様子をうかがった。何人もの先生が当惑した顔をしたり、怯えた顔をしたりしながら入ってくる。

「とうとう起こりました」

 しんと静まった職員室でマクゴナガル先生が言った。

「生徒が1人、怪物に連れ去られました。“秘密の部屋”そのものの中へです」

 マクゴナガル先生がそう話すと、フリットウィック先生は悲鳴を上げ、スプラウト先生は口を手で覆った。「なぜそんなにはっきり言えるのかな?」と訊いたのはスネイプだ。

「“スリザリンの継承者”がまた伝言を残しました」

 マクゴナガル先生が蒼白な顔でスネイプの質問に答えた。

「最初に残された文字のすぐ下にです。“彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう”」

 その言葉を聞くなり、フリットウィック先生はワッと泣きだきた。マダム・フーチは腰を抜かしたように椅子にへたり込んでいる。

「誰ですか?」

 声を震わせながらマダム・フーチが訊ねた。

「どの子ですか?」

 ハリーは一言一句聞き漏らさまいと耳をそばだてた。次の瞬間、

「ジニー・ウィーズリー」

 マクゴナガル先生の口から思いもよらない名前が飛び出してきて、ハリーは信じられない思いでマクゴナガル先生を見た。ハリーの隣では、ロンが声もなくへなへなと崩れ落ちている。

 それからマクゴナガル先生は全校生徒を明日帰宅させるという旨を先生達に話し始めた。すると、職員室のドアが再び開く音がして、ハリーは一瞬ドキリとした。ダンブルドアに違いない――ハリーはそう思ったが、入ってきた人物がロックハートだと分かるとひどくガッカリとした。ロックハートでは頼りになりそうにない。

 ロックハートの登場にガッカリしたのはハリーだけではなかった。にこやかに現れたロックハートに先生の誰もが憎しみのこもった目を向けていたのだ。しかし、ロックハートはそのことに一切気付いていない様子で、「大変失礼しました。――ついウトウトと――何か聞き逃してしまいましたか?」と言った。

「なんと、適任者が」

 状況がまったく把握出来ていないロックハートに冷え切った声でスネイプが言った。

「まさに適任だ。ロックハート、女子生徒が怪物に拉致された。“秘密の部屋”そのものに連れ去られた。いよいよ貴方の出番が来ましたぞ」

 まったくそうは思っていない口調でスネイプが言うと、ロックハートは途端に顔を青くさせた。けれど、ロックハートを庇う先生は1人もいなかった。スプラウト先生は「そうだわ、ギルデロイ。昨夜でしたね。たしか“秘密の部屋”への入口がどこにあるか、とっくに知っていると仰ったのは?」と言い、フリットウィック先生も「そうですとも」と追い討ちをかけた。

 先生達の話を聞くに、ロックハートはどうやら昨夜、自信たっぷりに「怪物が何かを知っている」とか「入口がどこかも分かっている」と話していたらしい。しかも「ハグリッドが捕まる前に、自分が怪物と対決するチャンスがなかったのは残念だ」とまで言ったらしい。「何もかも不手際だった。最初から、自分の好きなようにやらせてもらうべきだった」とも。

「それでは、ギルデロイ。貴方に任せましょう」

 とどめを刺したのはマクゴナガル先生だ。
 ロックハートはしどろもどろになりながら「覚えていませんが」とか「貴方の誤解では」などと言っていたが、誰も助けてくれないと分かると遂に観念したのか「へ、部屋に戻って、し――支度をします」と言って職員室を出て行った。

「さてと。これで厄介払いが出来ました」

 マクゴナガル先生は鼻の穴を膨らませて言った。

「寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったのか知らせてください。明日一番のホグワーツ特急で生徒を帰宅させる、と仰ってください。他の先生方は、生徒が1人たりとも寮の外に残っていないよう見廻ってください」

 それから先生達は1人、また1人と職員室を出て行った。ハリーとロンは洋服掛けに隠れたまま、ただただ呆然とするしかなかった。