Phantoms of the past - 105

15. 攫われたジニー



 ハッと息を呑む声が、あちこちから聞こえた。女の子の何人かは悲鳴を上げ、両手で口許を覆っている。私はその様子を談話室の隅から呆然と見つめていた。フリットウィック先生が説明する声が、まったく頭に入って来ない――ジニーが連れ去られたという事実だけが、頭の中にリフレインしていた。私はまた選択を間違えたのだ。

「スリザリンの継承者がまた伝言を書き残しました。“彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう”と。最初に残された文字のすぐ下にです」

 話をするフリットウィック先生の目は真っ赤になっていた。時折声を詰まらせながら、全校生徒は明日、ホグワーツ特急で帰宅することになる、とどうにか説明をした。そんな先生の話を聞きながら、1年生の女の子の誰かがしゃっくり上げながら泣いていた。もしかしたら、ジニーと仲が良かったのかもしれない。

「午後の授業はすべて中止です。寮の外には決して出ないように。みなさんのご家族にはこれからふくろう便で知らせが行く予定です。明日の朝までに荷物をまとめておいてください。汽車は11時に出発です」

 フリットウィック先生は説明を終えると、静かに談話室を出て行った。普段なら先生がいなくなれば、途端におしゃべりが始まるけれど、この日に限ってはそんなこともなく、談話室はしんと静まり返ったままだった。みんな肩を寄せ合い不安そうに俯いている。

 私は一体、どこで間違ったのだろう――もっと早くにジニーに声を掛けることが出来ていたのなら、こんなことにはならなかったはずなのに、バカな私はタイミングを気にするあまり、長い間ジニーを苦しめ続けた。

 けれども、どうしてリドルはジニーを連れ去ってしまったのだろうか。マグル生まれの生徒を一掃したいのなら、手となり足となっているジニーを秘密の部屋に連れ去る必要はまったくないのだ。でも、リドルはジニーを連れ去った。そこに、マグル生まれを一掃することとは別の目的があるとするなら、どうだろう。ジニーを人質として、誰かを誘き寄せるため、とか。

 もしその仮説が正しいのなら、ジニーがまだ無事である可能性は十分にある。生きていなければ、人質として価値はないからだ。リドルの狙いが誰であれ、助けにやってくる人物を狙っているのだがら、少なくともその人物がやってくるまで、ジニーには生きていてもらわないと困るはずだ。

 そこまで考えると私はゆっくりと談話室を見渡した。誰もこちらを見ていないことを確認するとゆっくりと後退りして行き、そして、談話室の出入口から素早く出ると、螺旋階段を大急ぎで階段を駆け下りた。しかし、螺旋階段を下りきったところで、私の計画は失敗に終わった。マクゴナガル先生が現れたのだ。

「ミズマチ!」

 ちょうど5階の廊下を歩いていたところだったのだろう。マクゴナガル先生は螺旋階段から飛び出してきた私を見つけるなり、今まで見たこともないような表情で怒鳴りつけた。

「こんなところで何をしているのです! 寮にお戻りなさい!」

 マクゴナガル先生は唇をワナワナと震わせている。

「貴方がこんなに愚かな真似をするとは思いませんでした。減点されたくなければ、お戻りなさい。さあ!」

 私が何かを言う前に、マクゴナガル先生は私を螺旋階段へと押し戻した。一瞬、マクゴナガル先生にすべて話した方がいいのではないかとも思ったけれど、日記帳がジニーを操っていたなどと信じてもらえるか分からなかった。「こんな状況でジニー・ウィーズリーが秘密の部屋を開けたなどと妄言を言うだなんて何事です! 貴方には失望しました!」と言われる自分が容易に想像出来る。

 これからどうしたらいいのだろうか。途方に暮れたまま仕方なく談話室に戻ると、そこは相変わらず静まり返ったままだった。螺旋階段を上がってきた私に何か言う人は誰もおらず、私もそんなレイブンクロー生達に何も言わずに談話室を横切ると、寝室へ向かう階段を上がった。バレずに寮を抜け出す方法を探そうと思ったのだ。

「目くらまし術を練習しておくべきだった……そもそも動物もどきアニメーガスよりもずっと簡単でシリウスとこっそり会う時にも有効なはずだったのにどうして先に練習しなかったのかしら……でも、動物もどきアニメーガスにならないと満月の夜にリーマスと一緒にはいられないわけだから……ああ、後悔して仕方ないわ。考えるのよ!」

 寝室に戻ると誰もいないことをいいことに、ブツブツ言いながら部屋の中をぐるぐると歩き回った。今からこっそり目くらまし術を練習すれば間に合うだろうか? それとも動物もどきアニメーガスを習得するべきだろうか? しかし、私にとってはどちらも難しい呪文には違いなかった。習得している間に時間だけが過ぎていくだけだろう。

「忍びの地図があればいいのに……一体どこにあるのかしら。リーマスに聞いておけばよかった。でも、リーマスが忍びの地図の存在を思い出して、早々に地図でピーターの名前を見つけてしまったら、今までシリウスのことを黙っていたのが水の泡だわ。名前を見てしまえば、冷静さを失うかもしれない……そんなことはないって信じたいけど……落ち着くのよ。いい方法があるはずだわ」

 しかし、午後の時間は無情にも過ぎていくばかりだった。結局目くらまし術を練習しようと教科書を探したけれど、2年生の教科書のどこにも呪文が載っていなかった。目くらまし術はもっと上級生にならないと出てこないのだ。そこで、他に方法はないかあらゆる教科書をひっくり返してみたけれど、こっそり抜け出すのにいい呪文なんて都合よく見つかるはずがなかった。

「もう、夕暮れだわ……」

 気が付けば、西の空が茜色に染まっていた。鳥達が遠くの山へと帰っているのだろうか。いくつもの影が飛んでいくのが見えた。私も鳥になれたのなら、どんなにいいだろう――。

「ちょっと待って――動物もどきアニメーガスでなれる動物って四足歩行の哺乳類だけじゃないわよね?」

 窓の外を見て、私は呟いた。ジェームズ達がみんな哺乳類だから、自分もそうなるものだとばかり思って今まで練習してきたけれど、魔法省に登録されている動物もどきアニメーガスの中には鳥になれる人もいたはずだ。もし、私もそうだったとしたら、どうだろう?

 まるで取り憑かれたかのようにフラフラと窓辺に歩み寄ると、私は窓を開けて下を覗き込んだ。ここから飛び降りたら大怪我どころでは済まないだろうが、クッション呪文もあるからそれほど心配はいらないかもしれない。それに去年だって火事場の馬鹿力で杖なし呪文を成功させたのだから、今回ももしかしたら出来るかもしれない――私はおもむろに窓辺に足をかけた。

「女は度胸よ」

 そして、窓から飛び降りた。