Phantoms of the past - 104

15. 攫われたジニー



 朝食の席でジニーを追いかけ損ねてからというもの、私は午前の授業の間もずっとジニーのことが頭から離れなかった。きっとジニーは私がこうしている間も、マンドレイク回復薬で蘇生した人達が「犯人はジニー・ウィーズリーだった」と言い出すのではないかと怯えているに違いないからだ。

 こうなったら、何がなんでも昼食の時にジニーを捕まえるしかない。私は固く決意をすると、普段持ち歩いている時計を見た。もうそろそろ授業が終わり、ベルが鳴るころだろうと思ったのだ。教室の前方では、ロックハート先生が男子生徒2人にいつもの寸劇をさせながら、眠そうに欠伸をしている。すると、

「先生、授業の終了時間が過ぎています」

 私が時計を見るのとほぼ同時に、同じレイブンクローの2年生であるアンソニー・ゴールドスタインが真っ直ぐに手を挙げて言った。慌てて時間を確認すれば、アンソニーの言う通り、確かに授業の終了時間はとっくに過ぎている。普通なら数分前にベルが鳴っている時間だった。

「おや、授業に集中し過ぎたようですね」

 ロックハート先生は眠たそうにぼんやりとしていたからか、ベルが鳴っていないことに気付いていないようだった。朗らかにそう言うと「今日はここまでにしましょう」と白い歯を見せて笑った。

「次は昼食でしたね。つまり、引率は必要ない――我々教師が必要なのは、授業への引率ですからね。昼食の引率ではないわけです」

 突然引率したくない理由をつらつらと述べ始めたロックハート先生に、私を含めたレイブンクローの2年生達は信じられないような気持ちで先生を見た。マーリン勲章勲三等に闇の魔術に対する防衛術連盟の名誉会員が聞いて呆れる。実のところ、実力で勝ち取ったのは週刊魔女のチャーミングスマイル賞だけなのでは、と疑われても仕方のない発言だった。

「では、みなさん。よいランチを」

 呆れてものも言えない私達にロックハート先生はお得意のウインクをすると、そそくさと教室の隣にある私室へと引っ込んで行った。眠そうにしていたから、これから昼寝でもするのかもしれない。思わず「何が“よいランチを”よ」と吐き捨てるように言うと、隣に座っていたパドマが「ハナ、顔が怖いわよ」と苦笑いした。

「そりゃ、ハナも怖い顔になるさ」

 先程まで寸劇に駆り出されていたテリー・ブートがお前の気持ちは分かるとでもいうように頷きながら言った。

「あいつの言ったことを聞いたか? 僕達のことなんかまったく考えていなかった」

 そう続けたテリーの言葉に、他のレイブンクロー生達も「確かにさっきの先生はひどかった」と呟いて同調した。ロックハート先生はきっと、ホグワーツでD.A.D.Aの教師に就任したことをステータスの1つだと思っているのだろう。教師の誰もが聖人君子で、身命を賭して職務をまっとうすべきであるだなんて言わないけれど、請け負った仕事に対して最低限の責任感は持つべきなのではないだろうか――とはいえ、今はごちゃごちゃ言っていても仕方がない。

「ロックハート先生がいらっしゃらなくても心配いらないわ。この時間なら他の先生達や生徒が大勢いるはずだし、それについて行けば大丈夫よ」

 不満の声を遮るように私がそう言うと、みんなも「それもそうだ」と納得して、自分の荷物をまとめ始めた。私も同じように荷物をまとめながら、ロックハート先生の行為は褒められたものではないけれど、途中で抜け出すには絶好のチャンスかもしれないと思った。ジニーを探しに行くのならば、引率はない方がずっと楽だからだ。みんなが心配だから大広間の手前まで一緒に行って、そのあとこっそり抜け出そう――そんなことを考えていた時だった。

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、大至急お集まりください」

 突然マクゴナガル先生の声が城内に響き渡って、私達は表情を凍り付かせた。おそらく、誰かが襲われたのだ。マンドレイク回復薬が今日中に出来ると知って、このままでは終われないとリドルがジニーを使って誰かを襲ったのかもしれない。今すぐにでもジニーを探しに行かなければ、もっと襲われる人が増えるかもしれない。私はすぐにでも教室を飛び出してジニーを探しに向かおうと思ったけれど、不安そうにしているレイブンクロー生達が目に入って、思いとどまった。子ども達を置き去りには出来ない。

「ねえ、どうする?」

 リサが不安そうにしながら口を開いた。

「ロックハート先生はもう職員室に行ったのかしら……私たちだけで、寮へ戻らないと」

 マンディも同じように不安そうにしながら言った。先程ロックハート先生が引っ込んで行った私室の方を見るものの、先生がこちらに顔を出す様子は一向に見受けられなかった。別の扉から出て職員室へと行ってしまったのだろうか。もう既に夢の中、なんてことがないと信じたい。

「みんなでレイブンクロー塔へ戻りましょう。私が先頭を行くわ。念のため、みんな杖を持って」

 ジニーを探しにいくのは一旦諦めるしかない――私は杖と手鏡を取り出しながら話すと、荷物を持って教室のドアを開いた。手鏡でバジリスクがいないことを確認すると、「さあ、行きましょう」と廊下に出た。あちこちから足音やガタガタという椅子を引く音が聞こえている。

 私達は列を作ってレイブンクロー塔へと向かい始めた。しばらくすると自寮へ急ぐたくさんの生徒で廊下はいっぱいになった。すれ違う生徒達の誰もが、恐怖に顔を引きらせながら先を急いでいる。その中にはセドリックもいて、彼も私と同じように先頭で杖を握り締め、他のハッフルパフ生を連れて寮へと急いでいるところだった。

「セドリック、鏡は持ってる? 角を曲がる時、鏡で確認してから曲がって。怪しい人物がいれば、それで先に気付けるわ」
「分かった。君の手鏡を少し借りてもいいかい? あいにく僕は持ってないんだ――ジェミニオ!」

 手鏡を差し出すと、セドリックは杖を向けて複製呪文を唱えた。すると、私の掌にあった手鏡は途端に2つになり、セドリックは複製された方を手に取ると「ありがとう、ハナ」と言ってその場を去っていった。

 セドリック以外にも、すれ違う生徒には同じようにアドバイスをし、手鏡を持っていない人には複製しながら、私達はレイブンクロー塔へと戻った。談話室に入るとそこは超満員で、誰もが不安そうにしながら肩を寄せ合っている。私はいつでもこっそり抜け出せるように談話室の出口の辺りを陣取ったものの、この状況で抜け出せるのかは定かではなかった。生徒が次から次へと談話室に入ってくるのだ。

 そして、そうこうしているうちにフリットウィック先生が談話室にやってきた。誰もが先生と話を聞き逃すまいとして、しんと静まり返っている。フリットウィック先生は深刻な顔をして、そんな談話室をぐるりと見渡すと、言った。

「グリフィンドールの1年生、ジニー・ウィーズリーが怪物に連れ去られました」