Phantoms of the past - 102

14. スリザリンの怪物と嘆きのマートル

――Harry――



 明日になれば、自分達が何もしなくても、目覚めたハーマイオニーが全ての謎を解き明かしてくれるだろうとハリーは思っていた。しかし、マートルと話す機会があるなら、ハリーはそれを逃すつもりはなかった。そして、その機会は午前の最初の授業の終わり――次の魔法史の教室への移動中――に訪れた。引率の先生がロックハートだったのだ。

 ロックハートはこれまで何度も「危険は去った」と宣言し、その度にたちまちそれが間違いだと証明されてきたのだが、今回こそは自信満々で、生徒達をわざわざ引率するのは無駄だと思っているようだった。きっと、夜間の見回りで疲れ切っているのも、危険は去ったと触れ回る理由の1つのようだ。つまり、引率や見回りをやめて、輝きをなくした髪の手入れをしたいのである。

「私の言うことをよく聞いておきなさい」

 グリフィンドールの2年生を廊下の曲がり角まで引率してきたロックハートが言った。

「哀れにも石にされた人達が最初に口にする言葉は“ハグリッドだった”です。まったく、マクゴナガル先生が、まだこんな警戒措置が必要だと考えていらっしゃるのには驚きですね」

 ハリーはその言葉にすぐさま「その通りです、先生」と返した。まさかハリーがそんなことを言い出すとは思わず、隣にいたロンは驚いて教科書を取り落とした。

「どうも、ハリー」

 ハッフルパフ生達が、長い列を作って目の前を通り過ぎて行くのをやり過ごしながら、ロックハートは優雅に言った。そして、先生というのは生徒を引率したり、一晩中見張りをしていなくても、やらなければならないことがたくさんあるのだと続けると、ここでようやくロンもハリーの意図に気付いたようだった。今度はロンが「その通りです」と頷いた。

「先生、引率はここまでにしてはいかがですか。あと1つ、廊下を渡ればいいんですから」

 すると、ロックハートは呆れたことに「実は、ウィーズリー君、私もそうしようかと思う」と言って、本当にその場を去って行ってしまった。この機会を逃す手はない――ハリーとロンは他のグリフィンドール生を先に行かせると、脇の通路を駆け下り、嘆きのマートルのトイレへと急いだ。しかし、互いに計略がうまくいったことを称え合っていると、

「ポッター! ウィーズリー! 何をしているのですか?」

 マクゴナガル先生が現れて、計略は失敗に終わった。本来なら先生に引率され、次の授業へ向かわなければならないのにハリーとロンが2人だけで歩いている――この事実にマクゴナガル先生は怒りでこれ以上ないというほど唇を固く引き結んでいる。

「僕達――僕達――」

 ロンが慌ててモゴモゴと言った。

「僕達、あの――様子を見に――」
「ハーマイオニーの」

 言い訳を探しているロンがおかしなことを口走る前に、ハリーは咄嗟に答えた。ロンはやはりこの言い訳は思いつかなかったのだろう。マクゴナガル先生だけでなく、ロンまでも驚いた様子でハリーを見つめていた。

「先生、もう随分長いことハーマイオニーに会っていません」

 ハリーはこっそりロンの足を踏みつけながら急いで付け加えた。

「だから、僕達、こっそり医務室に忍び込んで、それで、ハーマイオニーにマンドレイクがもうすぐ採れるから、だから、あの、心配しないようにって、そう言おうと思ったんです」

 マクゴナガル先生はハリーから目を離さなかった。やっぱり、ハーマイオニーに会いたいなんて言い訳通じるわけがなかったのかもしれない――一瞬ハリーは怒られることを覚悟したが、しかし、次に聞いたマクゴナガル先生の声は奇妙に嗄れていた。

「そうでしょうとも」

 ハリーは先生の目に涙がキラリと光っているのを見て驚いた。

「そうでしょうとも。襲われた人たちの友達が、一番辛い思いをしてきたことでしょう……。よく分かりました。ポッター、もちろん、いいですとも。ミス・グレンジャ ーのお見舞いを許可します。ビンズ先生には、私からあなたたちの欠席のことをお知らせしておきましょう。マダム・ポンフリーには、私から許可が出たと言いなさい 」

 ハリーとロンは罰則どころか減点すらされなかったことに驚きつつも、その場を立ち去った。角を曲がった時、マクゴナガル先生が鼻を噛む音が、はっきりと聞こえた。

「あれは、君の作り話の中でも最高傑作だったぜ」

 ロンが興奮気味に話した。けれども、これでは嘆きのマートルのトイレに行くことは叶わないだろう。マクゴナガル先生にああ言ってしまった手前、ハリー達は本当に医務室に行って、「マクゴナガル先生から許可を貰って、ハーマイオニーのお見舞いに来た」とと言うほかないのだ。でないと、作り話だったとマクゴナガル先生にバレてしまう。

 そういうわけで、ハリーとロンは医務室に向かうことになった。マダム・ポンフリーは渋々ではあったけれど中に入れてくれ、2人は本当に久し振りに石になったハーマイオニーと対面した。けれど、石になったハーマイオニーに「心配するな」と話し掛けても無意味なことは明らかだった。ハーマイオニー自身が見舞いに来たことにすら気付けないのだから。

「でも、ハーマイオニーが自分の襲ったやつを本当に見たと思うかい?」

 ロンがハーマイオニーの顔を見ながら悲しげに言った。しかし、ハリーはハーマイオニーの顔を見てはいなかった。右手の方に何か握り締めているのを見つけたのだ。屈み込んでよく見てみると、それはくしゃくしゃになった紙切れだ。ハリーはマダム・ポンフリーが近くにいないことを確認してから、そのことをロンに伝えた。

「なんとか取り出してみて」

 ロンは、ハリーが何をしているのかマダム・ポンフリーから見えないように位置を移動しながら囁いた。ハリーはなんとか紙を取り出そうとしたが、ハーマイオニーがきつく握り締めていたので、取り出すのに苦労した。ちょっとでも間違えば、紙を破いてしまいそうだった。

 数分掛けて、やっとの思いで紙を取り出すと、それはとても古い本のページだった。きっと図書室の本に違いない――ハリーとロンは皺を伸ばして書いてある内容を読んだ。



 我らが世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出るものはない。『毒蛇の王 』とも呼ばれる。この蛇は巨大に成長することがあり、何百年も生き長らえることがある。鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化される。殺しの方法は非常に珍しく、毒牙による殺傷とは別に、バジリスクのひと睨みは致命的である。その眼からの光線に捕らわれた者は即死する。蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れである。なぜならバジリスクは蜘蛛の天敵だからである。バジリスクにとって致命的なものは雄鶏が時をつくる声で、唯一それからは逃げ出す。



 この下に、ハリーには見覚えのあるハーマイオニーの筆跡で一言「パイプ」と書き添えられている。それを見た途端、ハリーはパッと閃いた。それはまるで、誰かがハリーの頭の中で電球を付けたかのような気分だった。

「“秘密の部屋”の怪物はバジリスク――巨大な毒蛇だ!」