Phantoms of the past - 099

14. スリザリンの怪物と嘆きのマートル



 朝食の席でハリーが手渡してくれた手紙には、とんでもないことが書かれていた。薬草学の授業中にクモが禁じられた森へと向かうのを見つけ、昨夜、禁じられた森へ行ったと言うのだ。ハリーとロンはそこで、森の奥にいる「アラゴグ」という巨大なクモに会ったらしい。午前中の授業の前に誰もいない寝室でそれを読んだ私が、思わず叫び声を上げそうになったのも無理はないだろう。既のところで叫ぶのを我慢した私を褒めて欲しい。

 アラゴグはハグリッドが学生時代にこっそり育てていた魔法生物だった。しかし、考えていたとおり、それは秘密の部屋から出てきた怪物ではなかった。アラゴグはまだ卵だった時に遠いところからやってきて、旅人によってハグリッドに手渡されたからだ。ハグリッドはそんなアラゴグを懸命に育て、それに恩義を感じていたアラゴグはハグリッドの名誉のために決して人を襲わなかったと言う。リドルに見つかってからも、ハグリッドはアラゴグを護り、以来、アラゴグは森に棲み続けているそうだ。

 そもそもアラゴグは自分の育った物置から出たことがなかったらしい。そして、50年前に殺された女子生徒はトイレで発見された――ずっと物置にいたアラゴグが襲えるわけがないのだ。それに、アラゴグが廊下を移動していたら誰かしらに見つかるだろう。50年前の時点でも普通のクモにしては相当大きかったはずだからだ。

 その後、アラゴグからひと通り話を聞き終えたハリーとロンは危うくアラゴグの子ども達から襲われそうになったけれど、森の中で野生化していたウィーズリーおじさんの車が助けに来てくれ、無事にホグワーツへ帰って来れたのだという。どうやって野生化したのか気になるところだが、今は触れないでおこう。

「トイレで発見された女子生徒はマートルなんだわ……」

 手紙を何度も読み返しながら、私は呟いた。どうやらハリーとロンも同じことを考えていたらしく手紙の最後には「50年前の犠牲者は嘆きのマートルだと思う」という走り書きがされている。殺されたマートルは未だにトイレに棲み着いているのだ。

「それに、ハグリッドが育てていたのはアクロマンチュラだわ……確か『幻の動物とその生息地』の1番最初に載っていたはず」

 もうすぐ授業が始まるというのに私は天蓋付きのベッドの脇にあるキャビネットから『幻の動物とその生息地』という本を取り出すと、急いでページを捲り始めた。前書や序論、魔法生物とは何か? などの説明書きをすっ飛ばし、ようやく目的のページに辿り着くと読み始めた。

「“アクロマンチュラは人の言葉が話せる8つ目の怪物蜘蛛。ボルネオ原産で、鬱蒼たるジャングルに棲む”――ダメだわ。アクロマンチュラが何が苦手なのか書かれていない」

 ハリーの手紙と本を読み比べながら、私は言った。手紙には、「アラゴグは秘密の部屋の怪物を名前を言うのも嫌がるほど恐れている」とも書かれていたのだ。それは太古の生き物らしい。アクロマンチュラのM.O.M.分類がXXXXXになっているから、図書室にある『最も恐ろしい怪物たち』という本に詳しく載っているだろうけれど、1人で行動するのが難しい今、それを確かめることは困難だろう。

 因みにM.O.M.分類とは、正式にはMinistry of Magic Classificationという。日本語にすると魔法省分類といったところだろう。この分類は魔法省の魔法生物規制管理部が把握しているすべての動物、存在、霊魂の危険度を5段階に分類したものだ。最低ランクのXから「つまらない」「無害」「有能な魔法使いのみ対処すべし」「危険、専門魔法使いなら扱い可能」と続き、最高位のXXXXXは「魔法使い殺し、訓練することも、飼い慣らすことも出来ない」となっている。

 一体、アクロマンチュラが恐れる太古の生き物とはなんだろう。私は『幻の動物とその生息地』をペラペラと捲っていきながら考えた。アクロマンチュラが恐れるほどだから、その生き物もXXXXXなことは間違いない。となると、アクロマンチュラの次のアッシュワインダーは違う――これはXXXだ。オーグリーもXXだし――。

「バジリスク……」

 該当する魔法生物は思ったよりも早くに見つかった。それは「B」のページの1番最初に書かれている生き物で、名前の横には「蛇の王としても知られる」と書かれてある。

「“バジリスクは鮮やかな緑色の蛇で、長さ15メートルにもおよぶことがある。おすは頭頂に深紅の羽毛をいただく。牙は猛毒を持つが、最も危険な攻撃手段は、巨大な黄色い目のひと睨みである。まともに視線を合わせた者は、即死するだろう”――バジリスク!」

 思わず大声で叫ぶと、私は再びキャビネットを開け、今度は『ホグワーツの歴史』を取り出した。大急ぎでページを捲っていくと、近世の辺りにそれはあった。

「“18世紀ごろ、ホグワーツではマグルの真似をして配管工事を行った。その際、ホグワーツの配管設備は複雑になった”――もし、バジリスクが配管を使って移動していたとしたら、姿なき声が私とハリーにしか聞こえないのも説明がつく。蛇語なんだもの、他の人に分かるはずがないわ……バジリスクと遭遇してみんなが運良く死ななかったのは、直接目を見なかったから」

 一番最初の時、廊下は水浸しだった。ミセス・ノリスはその水面に映ったバジリスクの目を見たに違いない。二番目のコリン・クリービーはカメラ越しに、そして、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーはニコラス卿越しに見た。ニコラス卿は直接見たかもしれないけど、2回は死ねない。最後に襲われたハーマイオニーとペネロピーは手鏡――。その時、

「あ! もしかして……!」

 突然、私の頭の中にまるで電流が走ったかのようになった。もしかしたら、私は既に秘密の部屋の入口を知っているのではないか、と思い至ったのだ。

「マートルのトイレには、1か所だけ直らない蛇口があった。マートルは、生前からずっと壊れたままだと言っていた。それにあの蛇口にだけ蛇の模様がついていた……そもそも、そこが水道管に繋がっていなかったとしたら? 秘密の部屋に繋がっていたとしたら? 修復呪文は効かないはずだわ。だって、壊れていなかったんだもの」

 それにあのトイレはずーっと汚いままだった。1年生のハロウィーンの日、トロールと戦って滅茶苦茶になったあとも、元通り薄汚れた状態になっていた。私はマートルがその方が落ち着くのだろうと思っていたけれど、それすら勘違いだったとしたら、どうだろう? もし、ダンブルドア先生が意図的にそうしていたとしたら? 入口がそこにあると知っていて、生徒が近寄らないように汚していたとしたら?

 ハーマイオニーとペネロピーが襲われたあとも確か、授業の移動とトイレの時に先生が付き添うと言っていた。それがダンブルドア先生の指示だったら? トイレが一番危険だと、ダンブルドア先生は知っていたことになる。けど、どうすることも出来なかった。なぜなら、

「秘密の部屋はパーセルマウスでないと、入れないんだわ。リドルこそがスリザリンの血筋で、パーセルマウスだったのよ!」

 ダンブルドア先生は入口を知っていても、入ることが出来なかったのだから。