The symbol of courage - 003

1. メアリルボーンの目覚め



 リビングの来訪者探知機、木箱に入った――一部出ている――大量の羊皮紙に暖炉の上の飾り棚にある4つの写真立て。突然我が家を訪問しにやって来たダンブルドアは家の中に招き入れると、それら1つ1つをとても興味深そうに、楽しそうに眺めていた。中でも来訪者探知機は特にお気に入りらしく「素晴らしい出来じゃ」と褒めそやしていた。この分だと浴室にぶら下がっているあの魔法道具もきっと気に入るに違いない。

「お久し振りです、ダンブルドア先生」

 ダンブルドアにしてみれば16年程だが、私にしてみればたったの1週間振りの再会だった。けれど、16年も1週間も久し振りには変わりはない。キッチンで温かい紅茶を淹れリビングに戻ってきた私は、未だに来訪者探知機を眺めているダンブルドアにソファーに座るよう勧めながら、テーブルの上にティーカップを置いた。

「散らかっていて、すみません」

 テーブルの上に残っていた羊皮紙を木箱の中に戻しながら、ようやくソファーに腰を下ろしたダンブルドアに私は言った。ダンブルドアはその羊皮紙を何かを懐かしむような、それでいて悲しむような目で見つめている。

「彼らに何が起こったのか、君はどこまで知っているのかね?」

 木箱に全ての羊皮紙を戻し終わるとダンブルドアがそう訊ねた。私は、ダンブルドアが座っているソファーの向かいにあるそれに腰を下ろしながら、「おそらく、ほとんど、全て」と一言一言ゆっくりと言葉を紡いだ。

「ジェームズとその妻のリリー・ポッターは亡くなり、ヴォルデモートは彼らの息子であるハリー・ポッターを殺そうとして、逆に自らが力を失った」

 自分で口に出したその言葉は、私の心にズンと重くのしかかってきた。ダンブルドアがなんて返事をするのか、まるで審判を待つかのように私はソファーに座ったまま膝の上に乗せている手を硬く握り締めた。しかし、

「君には時間が必要じゃろうと思うておった」

 ダンブルドアは肯定も否定もしなかった。けれどもその言葉は、肯定したも同然のように聞こえた。ジェームズ・ポッターは、この世界に迷い込んだ私を一番最初に見つけてくれた唯一無二の友達は、もう二度と会えない場所に行ってしまったのだ。本当に、本の通りに世界は進んでいるのだ。

「先生は、私がここに現れたのはいつお知りに?」

 シリウスは今どうしているのかとか、ハリーは今何歳なのかとか、聞きたいことは山ほどあったけれど、その衝動をどうにか抑えて私は訊ねた。私はもう、これは夢だからとあれこれ好きに喋っていた頃の自分には戻れないのだ。なぜなら、これが夢などではなく、正真正銘現実だからだ。

「1週間程前じゃ。おそらく君がここに現れた日じゃろう。わしは次年度の新入生に入学許可証を送る準備をしておったんじゃが、突然新入生のリストに新しい名前が加わっての」
「まさか」
「その、まさかじゃ。以前の君が何歳かわしには詳しく分からなんだが、今の君はどうやら11歳らしい」

 それは、あれこれ考えていたことが全て吹き飛んでしまいそうなほどの衝撃だった。まさか、今更自分が新入生のリストに加わるなんて思ってもみなかったのだ。

 信じられないような気持ちで私はダンブルドアを見た。彼はローブの内ポケットから黄色みがかった羊皮紙の封筒を取り出すと、私の目の前のテーブルの上に置いた。エメラルド色のインクで宛名が書かれている。



 ロンドン、ウェストミンスター市
 メアリルボーン地区バルカム通り27番地

 ハナ・ミズマチ様



 それはホグワーツの入学許可証だった。
 震える手で封筒を手に取り、裏返してみると、紋章入りの紫の蝋で封がしてあった。真ん中に大きく"H"と書かれ、その周りをライオン、鷲、穴熊、ヘビが取り囲んでいる。

「君の入学許可証じゃよ、ハナ」

 今までで一番優しい口調でダンブルドアが言った。こんな風に親しみのこもった口調で彼に名前を呼ばれたのは初めての経験だった。しかし、彼は優しいだけではなかった。

「ジェームズ・ポッターの息子も君と同い年じゃ」

 ほとんどわざと、彼はそう言ったように聞こえた。ジェームズ・ポッターの息子――ハリーのことをそう呼べば、私がどう感じるかを分かっているように。

「先生、私、ハリーを助けたいです」

 おそらく私は、ダンブルドアの思った通りのことを口に出しただろう。彼は「分かっておるよ」とでも言うように黙って二、三度深く頷いた。

「困難が待ち受けているハリーの助けになりたいですし、何より、彼らが私に示してくれた友情に応えたいと思っています」
「いいや、ハナ。困難が待ち受けているのは君も一緒じゃ。ヴォルデモートはハリーと同じく、必ず君を狙って来るじゃろう」
「でも、私――」
「君がまずやらなければならないのは、学ぶことじゃ。そして、身を守る術を得ねばならん。ヴォルデモートの目と鼻の先に君が現れなかったこの幸運を逃す手はないじゃろう」

 ダンブルドアは私に焦るな、と言っているように聞こえた。友達を失った悲しみから無謀な行動に出るのを辞めるように諭しているように思えた。

 深呼吸をして私は真っ直ぐにダンブルドアを見た。焦る必要はない、と自分に何度か言い聞かせ、そして、

「はい、ダンブルドア先生」

 ダンブルドアに深く頷いてみせた。