Phantoms of the past - 095

13. 4度目の襲撃と犠牲者



 4月のある土曜日の朝、私はうんと早起きをしていつものルーティンをこなしたあと、地下にあるキッチンへと忍び込んだ。今日はグリフィンドールとハッフルパフの試合の日なのだけれど、その前に必要の部屋へ行きたかったからだ。夏季休暇が始まるまであと2ヶ月しかない上、その前には試験の勉強も控えているので、ほんの少しの時間も無駄には出来なかった。

 いつもと違う曜日に私が訪れたにもかかわらず、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達はとても親切にバスケットの中に食べ物を詰め込んでくれた。このあと試合を見に行こうと思っているので、今日は朝食の分だけである。1日中練習出来たらいいんだけれど、ハリーとセドリックの勇姿を見逃すわけにはいかない。

 必要の部屋に向かい、朝食を食べると、私は早速動物もどきアニメーガスの練習を始めた。意識を集中させてしばらくすると、身体が奇妙にぐにゃりと曲がって、縮んでいく感覚がある――しかし、そこから先がなかなか上手くいかないのが現状だった。動物の身体になれないのだ。身体が変になったまま元に戻らない、ということがないだけまだマシかもしれない。

 結局今日もあまり進展がないまま、私は11時の試合開始に間に合うように必要の部屋を出た。寮の寝室にバスケットを置くと、大急ぎでレイブンクロー塔の螺旋階段を降りて5階の廊下へ出る。すると、ちょうどそこに見慣れた赤い髪の女の子が立っているのが見えて私は声を掛けた。

「ジニー、偶然ね!」

 どうやらまだ競技場へは行っていなかったようである。ハリーの試合だというのに珍しいと思いながら声を掛けるとジニーは驚きつつもこちらを振り返り、嬉しそうにニッコリと微笑んだ。肩には教科書を入れて持ち歩いている鞄が提げられている。

「ハナ、こんにちは。これからクィディッチの試合を見に行くの?」
「ええ、そうよ。ジニーも一緒にどう?」
「そうしたいのは山々だけど、あたし、やらなくちゃいけないことがあるの――レポートが終わらなくて」

 ジニーはそう言って苦笑いすると、持っていた鞄ポンポンと叩いた。もしかすると図書室からの帰りなのかもしれない。私がそんなことを考えていると、ジニーはふと思い出したかのように言った。

「そうそう、ハナ。図書室の方でピーブズが悪戯をしていたから、玄関ホールへ出るなら、少し遠回りをして行った方がいいわ」
「本当? 教えてくれてありがとう」
「いいえ。じゃあ、ハナ。また会いましょう」
「ええ、ジニー。また今度」

 これから談話室に戻るのだと言うジニーとその場で別れると、私は言われた通り少し遠回りをして玄関ホールへと向かうことにした。本当は3階のマートルのトイレの前を通って図書室の方から玄関ホールへ出た方がスムーズなのだけれど、仕方がない。ピーブズと遭遇して試合の開始に遅れるわけにはいかないのだ。

 しかし、やっとのことで玄関ホールまで辿り着くと、おかしなことが起こって私は足を止めた。クィディッチの試合が正にこれから始まろうかというのに、生徒達がぞろぞろと城内へと戻って来ていたのだ。生徒達は何やら不満気に文句を言いながら、次から次に玄関ホールへと入ってくる。そして、

「ミス・ミズマチ!」

 その人混みのから私を呼ぶ大きな声がして、私は声がした方へと顔を向けた。声の主は人垣を掻き分けてこちらへとやってくる――マクゴナガル先生だ。なんと、ハリーとロンが一緒である。マクゴナガル先生は私の目の前までやって来ると、深刻な表情をして言った。

「ここにいたのですね。貴方を探していました、ミズマチ。貴方も一緒に来た方がいいでしょう」

 一体何があったのか分からず、ハリーとロンを見ると、彼らも事情をよく知らされていないのか、首を横に振るだけだった。どうやら、新たな犠牲者が出て、その第一発見者がハリーとロンだった、という訳ではなさそうである。しかし、何かが起こったのは確かなようだ。胸騒ぎのようなものが、一気に身体中に広がっていくのを感じた。

 嫌な予感を感じたまま、私はハリーとロンの隣に並んでマクゴナガル先生のあとについて行った。先生は廊下を進み、医務室の方へと向かうと、もう少しで医務室だというところで一旦立ち止まり、「少しショックを受けるかもしれませんが」と驚くほど優しい声音で私達に言った。

「また襲われました……また2人一緒にです」

 そう告げられた瞬間、私もハリーもロンも、表情が凍りつくのが分かった。なぜなら、ここにいないのは、ただ1人――ハーマイオニーだけだからである。ハーマイオニーともう1人、襲われたのだ。

 ショックで誰も何も言えなくなっている私達をマクゴナガル先生は悲痛な面持ちで見遣ると、再び医務室へ向けて歩き出した。私達は誰ともなく肩を寄せ合うようにしてピッタリくっつきながらそんな先生のあとに続き、そして、ついに医務室へと辿り着いた。恐怖で私もハリーもロンもみんなが震えていた。

 扉を開け中に入っていくマクゴナガル先生に続き、震える足取りで、私達は医務室の中へと入った。すると、マダム・ポンフリーが長い巻き毛の6年生の女子生徒の上に屈み込んでいるのが真っ先に目に入った。彼女は、レイブンクローの監督生のペネロピー・クリアウォーターだ。1年生の組分け儀式の時、私とにこやかに握手してくれたのが彼女だった。ハーマイオニーと一緒に襲われたのは彼女だったのだ。

 そして、その隣のベッドにハーマイオニーはいた。

「ハーマイオニー!」

 呻くような声を上げて、私達がベッドに駆け寄ると、ハーマイオニーは石のように固まったままピクリとも動かなくなっていた。見開いた目が、まるでガラス玉のようである。しかし、

「2人は図書室の近くで発見されました」

 マクゴナガル先生のその言葉に、私は悲しみが一気に吹き飛ぶ思いがした。勢いよく顔を上げ、マクゴナガル先生を見ると、悲しい顔をしたマクゴナガル先生と目が合った。先生は私の隣にくるとそっと背中を撫でてくれる。

「先生、図書室の近くというのは、本当ですか?」

 震える声でマクゴナガル先生に訊ねると、先生はこちらを見て一度だけ深く頷いた。「図書室の近くで襲われた」ということが何を意味するのか、そのことを知っているのはこの中で私だけだろう。なぜなら、私は図書室という単語をつい先程、違う人物から聞いたばかりだったからだ。

『そうそう、ハナ。図書室の方でピーブズが悪戯をしていたから、玄関ホールへ出るなら、少し遠回りをして行った方がいいわ』

 他でもない、ジニー・ウィーズリーに――。