Phantoms of the past - 092

12. バレンタインデーの受難

――Harry――



 廊下でマルフォイと一悶着あって数分後、ハリーは無事にリドルの日記を取り戻し、呪文学の教室へとやってきてきた。決闘クラブでスネイプが見せた武装解除呪文が見事成功したのだが、ハリーが廊下で魔法を使ったことに対してパーシーは「廊下での魔法は禁止だ。これは報告しなければならない。いいな!」とカンカンだった。

 しかし、ハリーにはそんなことどうでも良かった。ハリーにとっては、マルフォイより一枚上手だということが、グリフィンドールから5点減点されるかもしれないということよりもずっと価値のあることだったのだ。

 ただ、マルフォイと一悶着ある前に小人との一悶着で、インク瓶が割れて本や羊皮紙がインクまみれになったことは痛手だった。ハーマイオニーやハナなら綺麗に元通りに出来るだろうか。ハリーはそう思いながら、席に座ると持ち物をペラペラと捲って確認した。どれとこれもインクの染みがついている。

 そうして最後の本――リドルの日記を手に取った時、ハリーは初めてその本の様子がおかしいことに気が付いた。今まで確かめた本はどれとこれもインクの染みがあったのに、この日記には一切残っていなかったのである。そんなはずはない。どこかに染みがあるはずだ、ともう一度確認してみたが、やはり日記は拾った時のままだった。

 そのことが分かった瞬間、ハリーはすぐさまロンに教えようと隣をした。しかし、ロンはリドルの日記どころではなくなっていた。学年の始めに折れてしまった杖にまたまたトラブルがあったらしく 、先端から大きな紫色の泡が次々と花のように咲いていたのだ。

「…………」

 ハリーはどうしようか少し考えたあと、日記を破れた鞄の中に戻した。トラブル続きの杖のこともあるが、日記のことは言わない方がいいかもしれない、と思い直したのだ。ロンはリドルの日記に興味がなかったのだから――。


 *


 夜になると、ハリーは同室の誰よりも先にベッドに入った。それというのもフレッドとジョージが「あなたの目は緑色、青いカエルの新漬のよう」と歌うのがうんざりだったし、何よりリドルの日記をもう一度よく調べてみたかったからだ。天蓋付きベッドに座り、ベッドの周りのカーテンを締め切ると、日記をパラパラと捲る。

 日記には、やはりどのページにもインクの染み1つなかった。一体どういうことなのだろう――ハリーはベッドの脇にあるキャビネットから新しいインク瓶を取り出すと、羽根ペンを浸し、日記の最初のページにポトンとインクを落とした。

 すると、インクは紙の上で一瞬明るく光ったかと思うと、みるみるうちに消えてなくなってしまった。まるで紙に吸い込まれているかのようである。ハリーは思いがけない発見にドキドキさせながら、もう一度は羽根ペンをインク瓶に浸した。今度は文字を書いてみようと考えたのだ。

「僕はハリー・ポッターです」

 文字はやはり一瞬光ったかと思うと、次第に薄れ、跡形もなく消えてしまった。この日記は書いた文字が吸い込まれてしまう魔法が掛かっていたのだ。だから、日記には何も書かれていないように見えたし、透明インクでもないから現れ呪文も効かなかったというわけだ。ハリーがそんなことを考えていると、日記のページから今度はインクが滲み出してきて、ハリーは目を見張った。インクの滲みはやがてはっきりとした文字となって、ハリーの目の前に現れた。

「こんにちは、ハリー・ポッター。僕はトム・リドルです。君はこの日記をどんな風にして見つけたのですか」

 その文字を見た瞬間、ハリーは自分が興奮するのが分かった。しかし、のんびりしている暇はなかった。そうこうしているうちに浮かび上がった文字がまた薄くなってきていたからだ。ハリーは文字が完全に消えてしまう前に、誰かがトイレに流そうとしていたのだと走り書きした。

「インクよりずっと長持ちする方法で記録していたのは幸いでした。しかし、この日記が読まれたら困る人達がいることを、初めから知っていました」

 ハリーの期待通り、リドルはまた返事を寄越した。しかし、日記が読まれたら困る人達というのはどういうことだろう。少なくとも読まれたら困る人達というのは、リドル自身ではない――もしかしたら、僕の仮説は当たっているかもしれない――ハリーははやる気持ちを抑えて質問を続けた。

「どういう意味ですか?」

 ハリーが質問をすると、リドルは「この日記には恐ろしい記憶が記されているのです。覆い隠されてしまった、ホグワーツ魔法魔術学校で起きた出来事が」と話した。間違いない――とハリーは思った。考えていた通り、リドルは秘密の部屋のことについて何かを知っていて、それによって特別功労賞が与えられたのだ。

「僕は今そこにいるのです。ホグワーツにいるのです。恐ろしいことが起きています。“秘密の部屋”について何かご存知ですか?」

 確信を持って、ハリーが三度目の質問をすると、リドルは当時の様子を話してくれた。リドルが学生だったころも今と同じように秘密の部屋は伝説だと言われていたこと。しかし、リドルが5年生の時、部屋が開かれ、怪物が数人の生徒を襲い、とうとう1人が殺されたこと。そして、リドルがその犯人を捕まえたということを、だ。犯人はマルフォイが話していたようにホグワーツから追放されたらしいが、当時の校長だったディペットはリドルにそのことを話すのを禁じたのだという。死んだ生徒――女の子らしい――は、秘密の部屋の怪物のせいではなく、滅多にない事故で亡くなったと発表されたのだ。あの特別功労賞は口封じの賄賂のようなものだったらしい。

「今、またそれが起きているのです」

 ハリーはまた大急ぎで日記に書いた。以前部屋を開けた犯人が誰なのか、知りたかったのだ。

「3人も襲われ、事件の背後に誰がいるのか、検討もつきません。前の時は一体誰だったのですか?」

 すると、リドルはどういうわけか「お望みならお見せしましょう」と答えた。ハリーをリドルが犯人を捕まえた夜に連れて行くことができると言うのだ。ハリーは訳が分からず、戸惑ったまま消えていく日記の文字を見つめた。他人の思い出の中に、どうやってハリーを連れていくというのだろう――しかし、再度「お見せしましょう」と文字が現れると、ハリーはとうとう返事を書いた。

「OK」

 ハリーの返事が日記の中に吸い込まれた瞬間、日記のページがまるで強風に煽られたかのように勢いよく捲られ、6月の中旬ごろのページが開かれた。ページに書かれた6月13日という小さな枠が、まるで小型テレビの画面のようなものに変わっている――ハリーは一体どうすればいいのか、分からないまま少し震える手で本を取り上げた。そして、小さな画面に目を押しつけてみることにした。

 そうすると、何がなんだか分からないうちに、体がぐーっと前のめりになり、画面が大きくなった。体がベッドを離れ、ページの小窓から真っ逆さまに落ちていく感じがする――。
 
 そして、日記の中に入り込んでしまったハリーは衝撃的な事実を知ることとなった。なんと、50年前に秘密の部屋を開けた犯人としてリドルが捕まえたのは、あのハグリッドだったのだ。