Phantoms of the past - 091

12. バレンタインデーの受難

――Harry――



 バレンタインデーの朝、ハリーが大広間に行くと、そこはいつもの荘厳な雰囲気が一切感じられないけばけばしいピンク色に囲まれていた。これを企画したのは同じくけばけばしいピンク色のローブに身を包んだロックハートで、他の先生達はどの人も「こんな屈辱には耐えられない」という顔をするか、「私には一切関係がありません」と石のような顔で無関心を貫くかのどちらかだった。

 ロックハートは配達キューピッドと名付けた12人の小人――みんな無愛想だ――を用意していて、今日一日バレンタイン・カードを配達すると、朝食の席で発表した。この小人が厄介で、無愛想なくせに仕事熱心で授業中にも平気で押し掛けてくるので、先生達はうんざりとした様子だった。

 小人には一部の生徒もうんざりとした様子だった。ハリーはお昼を食べて大広間を出る時、玄関ホールで3人の小人に囲まれているハナとハッフルパフのセドリック・ディゴリーを見掛けて、人気者の大変さを目の当たりにした。

「僕、今日だけは人気者になれなくてもいいかも」

 そんな2人の姿を見てロンが言った。ハリーもこのロンの意見には概ね賛成だったが、ハーマイオニーは違う意見だった。

「今まで直接想いを伝えられなかった人達が想いを伝えられるいい機会だと思わない? ほら、ハナは特に後見人がダンブルドア先生だから萎縮して影からこっそり見ていた人が多いと思うの。ロックハート先生はそういう人達に機会を与えようとしてくださってるのよ。素晴らしい企画だわ」

 午後遅くになるまで、ハリー達は小人達から直接的な被害を受けずに過ごすことが出来た。ハナはどういうわけか自分がモテないと思っているから、きっと今日たくさんのカードを受け取って戸惑っているに違いない。そんなことを考えながら、本日最後の授業である呪文学の教室へ向かって階段を上がっていると、ちょうどグリフィンドールの1年生の集団と鉢合った。その中にはジニーの姿もある。その時だった。

「オー! 貴方にです! アリー・ポッター!」

 とびきりしかめっ面の小人がそう叫びながら、人の群れを肘で押しのけてハリーの元へとやってきた。まさか自分にまで小人が押し掛けてくるなんて――ハリーはギョッとして、すかさず逃げようとした。ジニーやたくさんの人が見ている中でカードを渡されることが恥ずかしかったのだ。

 しかし、2歩も動かないうちにハリーの目の前に小人が立ち塞がった。なんでも歌のメッセージがあるらしく、小人はハープをビュンビュン掻き鳴らしている。

「ここじゃダメだよ」

 ハリーはなんとか小人に思い留まらせようとしたが、無駄だった。小人がハリーの鞄をがっちり掴んだからである。

「動くな!」
「放して!」

 絶対にハリーを逃すまいと、小人は鞄をグイッと引っ張り、ハリーも逃げ切ろうとして自分の鞄をグイッと引っ張り返した。すると、ビリビリと大きな音がして、ハリーの鞄は真っ二つに破れた。本や羊皮紙、羽根ペンが床に散らばり、インク壷が割れて、その上に飛び散った。

 ハリーは小人が歌い出す前に逃げ出そうと素早く荷物を拾い集めたが、運の悪いことにマルフォイがその場に現れた。マルフォイにまで歌のメッセージを聞かれたらたまらない……ハリーが大急ぎで破れた鞄に何もかも突っ込もうとしていると、更にパーシーまでやってきて遂に頭が真っ白になった。このままではマルフォイや知り合いの前で恥をかく羽目になる。

 とにかくその前に逃げ出さなければならない――ハリーは一目散に走り出そうとしたが、小人はそれを許さなかった。小人が絶対に逃すものかと言わんばかりにハリーの膝の辺りにまとわりついたのだ。バランスを崩したハリーは、遂にその場に倒れ込んだ。

「これでよし」

 ハリーは最悪な気分だったが、小人はご機嫌だった。ハリーが起き上がらないようにハリーのくるぶしの辺りに座り込むと「貴方に歌うバレンタインです」と言って、とうとう歌い出してしまった。

 あなたの目は緑色、青いカエルの新漬のよう。
 貴方の髪は真っ黒、黒板のよう。
 貴方が私のものならいいのに。貴方は素敵。
 闇の帝王を征服した、貴方は英雄。

 ハリーは今にも煙となって消えてしまいたかったが、気力を振り絞ってみんなと一緒に笑ってみせてから、立ち上がった。すると、マルフォイが何かを拾っていることにハリーは気付いた。きっと取りこぼしがあったに違いない――見れば、マルフォイはリドルの日記をクラッブとゴイルに見せているところだった。

「それを返してもらおう」

 マルフォイはどうやら、表紙に書かれてある年号が50年前のものだと気付いていないようだった。「ポッターは一体これに何を書いたのかな?」と言いながらニヤニヤと笑っている。

 今や見物人の下級生達はみんな、シーンと静まり返ってこの状況を見守っていた。ハリーの視界の端では、顔を引き攣らせたジニーが日記とハリーの顔を交互に見つめている。唯一パーシーだけが「マルフォイ、それを渡せ」と言ってくれていたが、マルフォイは当然ながら渡す気配がなかった。そして、

「エクスペリアームズ!」

 もう我慢ならなかったハリーはマルフォイに向けて杖を振ったのだった。