Phantoms of the past - 090

12. バレンタインデーの受難



 あれから、私以外の生徒の元にも小人達が押し掛けてきて、呪文学の授業は散々なものになった。やっと授業が再開されたかと思うと小人が教室に乱入してきて、「貴方にです! パドマ・パチル!」だとか「マイケル・コーナー! カードが5枚あります!」と言うので、一向に授業が進まなかったのだ。これには流石にフリットウィック先生もうんざりとしていて、私は魅惑の呪文を訊ねに女の子達が押し掛けて来て、これ以上先生が大変な思いをしないことを密かに祈った。

「やっとお昼だわ……」

 そんなこんなで散々だった午前中の授業がようやく終わり、私は同室の子達と一緒にお昼を食べに大広間へと向かっていた。まだ1日の半分しか終わっていないというのに、げっそりとした気分である。カード自体が嫌だとかそういうことではない。問題はその渡され方にあるのだ。しかも、不思議なことに私宛のカードには送り主の名前が一切ない。(「きっとダンブルドアを気にしてるんだわ」とリサが大真面目に言った)

 この分ではきっと私の中で国宝級イケメンと名高いセドリックの元には、もっと大勢の小人が押し掛けていることだろう。なんと言ってもセドリックは優しくて紳士的だし、その上勤勉で努力家で優秀だ。女の子達が好きにならないはずがない。私も本当に子どもだったのなら、今ごろその優しさを勘違いして恋をしていたことだろう。けれどもこれでも元大人なので、今は中学生の子にお世辞を言ってもらっている気分を味わうだけに済んでいる。しかし、それでも時々勘違いしそうになるから、セドリックは恐ろしいイケメンなのである。

「やあ、ハナ」

 そんなことを考えていると、2階の廊下でセドリックもばったり鉢合わせた。セドリックもハッフルパフの男の子達と一緒に大広間へ向かっている最中のようだったが、私と目が合うと彼は同級生達に先に行くよう伝えてからこちらに歩み寄ってきた。そんなセドリックの様子に何を勘違いしたのか、同室の子達は互いに目配せをするとニヤニヤしながら「私も先に行くわね」と言って足早にその場を去って行った。

「こんにちは、セドリック」
「あー……ハナ、少し時間はあるかい?」

 セドリックはいつもに比べると少しだけ固い表情で言った。どうも緊張しているように見える。何か重要な話でもあるのだろうか。一体どうしたんだろうと考えつつも「ええ、大丈夫よ」と答えると、セドリックはホッとした様子で「ここは人目につくから、場所を変えよう」と話し、私達はすぐ近くにあった空き教室へと向かった。

 空き教室へ入ると、セドリックはきっちりと扉を閉めてから改まった様子で私と向き直った。まるで今から愛の告白でも始まりそうな、そんな雰囲気である。まさか、そんなはずはない――私がそう考えていると、やおら、セドリックがローブのポケットの中から小さなカードを飛び出した。バレンタイン・カードである。

「これを君に渡したかったんだ」

 セドリックが差し出したカードは、午前中に貰ったどのカードより、素敵に見えた。落ち着いた深い夜の星空のような色合いのそれに、輝く銀色のインクで「ハッピー・バレンタイン」と短いメッセージが書かれている。それから、ちゃんとセドリックの名前も記されていた。

「ありがとう。貴方からカードを貰えるなんて思ってもみなかった。それにとっても素敵なカードだわ……あー、でも、私、何も用意していなくて……まさか貰えるとは思っていなかったものだから……」

 カードを受け取りながらそう言うと、セドリックは「僕が渡したかっただけなんだ」と言って笑った。カードには魔法も掛けてあるのか、私の手が触れた場所から美しい花の絵が生まれている。

「受け取って貰えたらそれで十分僕は嬉しいよ」
「でも、何かお返しがしたいわ――日本ではバレンタインの1ヶ月後にホワイトデーというものがあって、その日にバレンタインのお返しをするのだけど、その日にでも……」
「気にしなくてもいいのに。でも、そうだな。それなら、僕に君の誕生日を教えて貰えたら嬉しい」
「誕生日?」

 意外な言葉に私は目をぱちくりとさせた。そういえば、いつも一緒に勉強をしているのに、セドリックとはお互い誕生日がいつか話したことがなかったように思う。私が誕生日の話題にあえて触れないようにしているというのもあるのだけれど。だって、私の誕生日は――。

「私の誕生日は、あー、12月24日なの」

 そうクリスマス・イヴなのだ。その話を聞いたらセドリックは絶対にクリスマスと誕生日、両方のプレゼントを用意すると思ったから私からはあえて誕生日の話題を出さなかったのだ。それに今は私自身の年齢があやふやで誕生日をそれほど重要視していないというのもある。

「いい日だね。君にぴったりな日だ」
「ありがとう。貴方の誕生日はいつなの? セドリック」
「僕は10月なんだ」

 それから、今年の誕生日はお互い祝おうと話し合って――クリスマスプレゼントと纏めてくれていいと話したらセドリックは「それは出来ない」と断固拒否した――私達が空き教室を出ると、そこにはちょうどレイブンクローの3年生が2人、立っていた。確か名前はチョウ・チャンとマリエッタ・エッジコムだったはずだ。チョウは私とセドリックを見るとサッと顔を青ざめさせ、マリエッタはどうしてだか私を探るようにじーっと見つめている。

「あー、セドリック……その……偶然ね」

 チョウがようやくそう挨拶をして、片手を挙げるとセドリックは「やあ、チョウ」と言ってにこやかに挨拶をした。私はそんなセドリックとチョウの様子を見比べて、なるほど、と1人納得した。チョウは現在、セドリックに片想い中なのだ。なのに、私達が空き教室から2人きりで出てきたものだからチョウはショックを受けて、その友達のマリエッタは私のことを怪しんでいるというわけだ。うーん、青春だ。

「僕達、大広間に行くところなんだ」
「そうだったの。呼び止めてごめんなさい」
「気にしないで――じゃあ、また」
「ええ、また今度」

 これはチョウに誤解を解いた方がいいのだろうか。セドリックはただの友達ですって言うべきだろうか。でも、そんなこと言い出したらなんだか調子に乗っている感じに思われるし、そもそも――。

「ハナ、おいで。行こう」

 セドリックは本当にただの友達だろうか。チョウとマリエッタと別れ、セドリックの隣に並んで大広間へ向かいながら私はふとそんなことを思った。ただの友達があんな風に緊張した様子でバレンタインのカードを渡すだろうかと気になったのだ。しかし、

「――まさかね」

 私はまたそれを勘違いだと頭の片隅に押しやった。