Phantoms of the past - 089

12. バレンタインデーの受難



 2月の中旬になると、ようやく雲が空を覆い尽くす季節が終わり、淡い陽光がホグワーツを照らしはじめた。クリスマス休暇明けにマートルのトイレでT.M.リドルという人物の日記――しかも50年前のもの――を見つけて以来、ハリーは日記に夢中のようで、ついこの間もトロフィー・ルームに行ってリドルの盾を見に行ったくらいだ。

 トロフィー・ルームにはハリーの他にも興味津々のハーマイオニーや散々盾を磨いて「あの部屋は、もう一生見たくないぐらい十分見た」と言うロンも不承不承ついて行ったし、私も時間を合わせてついて行った。クリスマスの夜にハリー達がマルフォイから聞き出した話では、秘密の部屋は50年前にも開かれたことがあるそうなので、私もリドルに興味があったのだ。それに、行けばどこでその名前を聞いたことがあるのか、はっきりするんじゃないかという期待もあった。私はリドルという名前をどこかで聞いたことがあるのだ。しかし、いくら考えても、どこて聞いたのか思い出せないのだ。

 リドルの盾はピカピカとした金色で、トロフィー・ルームの隅の飾り棚の奥に収まっていた。けれども書かれてあるのは「特別功労賞 T.M.リドル」だけで、肝心のなぜそれが与えられたのかは何も書かれていなかった。しかし、リドルの名前だけなら他にもあった。「魔術優等賞」の古いメダルや、首席名簿にその名前が載っていたのだ。どうやら彼は監督生で首席だったらしい。とても優秀な生徒のようだ。

 しかし、トロフィー・ルームでリドルのことを調べても、どこでその名前を聞いたことがあるのか思い出せないままだった。しかも私は休暇明けに遂に動物もどきアニメーガスになる特訓を始めたので、リドルどころではなかった。学年末までに動物もどきアニメーガスを習得しなければならないのだ。

 動物もどきアニメーガスを習得するのに1番難しい点は、閉心術と同じように呪文が必要ないというところだった。必要なのは集中力とどうしてもなりたいという強い気持ちだけで、休暇明けから1ヶ月半が経過した今も何も成果がなかった。せめて禁書の棚の本が読めればいいのだけれど、それを借りることでダンブルドア先生に悟られるのが怖かった。(借りるのは簡単だ。ロックハート先生に言えばいいのだから)

 しかし、私のことを除けば休憩明け以降は誰も襲われず、ホグワーツには穏やかなムードが漂っていた。更にはスプラウト先生が懸命に育てているマンドレイクも遂に思春期に入ったそうで、石になった人達が元に戻る日も近いだろうということだった。植物が思春期というのも変な話だが、マンドレイクは思春期になると情緒不安定で隠し事をするようになり、ニキビも出来るそうだ。どんな隠し事をするのか気になるところではある。


 *


「Worst morning ever......」

 2月14日の朝――大広間に入るなり、私は思いっきり顔を顰めて言った。去年はそんなことなかったはずなのに、今年のバレンタインデーの大広間は壁という壁がけばけばしい大きなピンク色の花で覆われていたのだ。おまけに、淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っていて料理の上に落ちている。他人の趣味を否定したくはないが、「最悪な朝だ」と言いたくなるというものである。ああ、折角の朝食が……!

 こんなことをした犯人は誰か聞かなくてもすぐに分かった。その人が壁の花と同じけばけばしいピンク色のローブを着て、教職員テーブルに座っていたからだ――そう、ロックハート先生である。

「う、わー……先生達の顔見て」

 面白いものを見たと言わんばかりのマンディの言葉に、ロックハート先生の両脇を見てみるとどの先生達も石のような無表情だった。中でもマクゴナガル先生は相当この催しがお気に召さないのか顔を引き攣らせていたし、スネイプ先生も大きなビーカーにいっぱい入った骨生え薬のスケレ・グロを一気に飲み干した直後のような顔をしている。なんだか今ならスネイプ先生と楽しくお酒を飲めそうだ。

「先生達や男子には不評みたいだけど、去年みたいに何ないよりはマシよね?」

 椅子に落ちている紙吹雪を払い除けながらリサが言った。「それから、ハナにも不評ね」とパドマがおかしそうにクスクス笑いながら同じように紙吹雪を払うと椅子に座って、ゴブレットにかぼちゃジュースを注ぎ始める。

「日本ではバレンタインには何かしないの?」

 私も同室の子達と同じように紙吹雪を払い除けて椅子に座ると、マンディがトーストを手に取りながら興味深そうに訊ねた。

「日本にもバレンタインはあるわ。でも、こっちとは少し様式が違うの――」

 日本では女の子が好きな男の子にチョコレートを渡すのだという話をしながら朝食を食べていると、突然ロックハート先生が立ち上がって「バレンタインおめでとう!」と演説を始めた。どうやら手を挙げて「静粛に」と合図をしていたようだが、話に夢中で気付かなかったらしい。

「今までのところ46人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう! そうです。皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました――しかも、これが全てではありませんよ!」

 ロックハート先生はそう言ってポンッと手を叩くと、玄関ホールに続くドアから無愛想な顔をした小人が12人、大広間の中へ入ってきた。彼らはロックハート先生がこの日のために用意したバレンタイン・カードを配達する「愛すべき配達キューピッド」らしく、全員が背中に金色の天使の翼をつけられ、手にはハープを持たされていた。

「今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタイン・カードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ! 先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っていらっしゃるはずです! さあ、スネイプ先生に“愛の妙薬”の作り方を見せてもらってはどうです! ついでに、フリットウィック先生ですが、“魅惑の呪文”について、私が知っているどの魔法使いよりもよくご存知です。素知らぬ顔して憎いですね!」

 そういうわけで、この日の授業はロックハート先生以外の先生達にとっては散々なものになった。なにせ、あんなに無愛想だったにもかかわらず、小人達は働き者で授業中にもカードを持って乱入してくるからだ。しかも、ただ届けるだけではない。

「オー! 貴方にです! ハナ・ミズマチ」

 午前中の呪文学の授業中、3人目の小人が現れて私はうんざりしながら小人を見た。同室の子達は「次はどんな熱烈なメッセージなの?」とクスクス笑っているし、フリットウィック先生は困りきった顔をしていた。

「ねえ、もう少し待てない? 今は授業中よ」
「貴方にお伝えしたい、メッセージがあります!」
「――いいわ。手短にね」

 この小人の困ったところは、カードを手渡すだけでは済まないというところだった。歌のメッセージだといって歌い出したり、メッセージを大声で読み上げたりするので、とんだ赤っ恥だった。

「“ああ、ハナ、一度でいいから君のその美しい瞳に見つめられたい……”」

 小人がカードを歌うように読み上げると、近くの席に座っていた男の子達もおかしそうに笑ってこちらを見ていた。パドマが未だにクスクス笑いを続けながら、どんな表情でこのメッセージを聞いたらいいのか分からない私にヒソヒソ声で囁いた。

「ハナ、貴方は自分が思うよりずーっと男子に人気なのよ――」