Phantoms of the past - 087

11. T.M.リドルの日記

――Harry――



「……また余計な仕事が出来た! 一晩中モップをかけるなんて。これでもまだ働き足りんとでも言うのか」

 誰か襲われたのではないのかと、ハリーはロンとハナと共に階段を駆け上がると、角に差し掛かったところで立ち止まって身を隠した。首だけを声の方向に傾けてじっと耳をすませていると、何やらフィルチがヒステリックに怒鳴り散らしているのが聞こえる。

「もうたくさんだ。堪忍袋の緒が切れた。ダンブルドアのところに行くぞ……」

 やがて足音が小さくなり、遠くの方でドアが閉まる音がすると、3人は廊下の角から首を突き出した。どうやらフィルチはいつものように見張りをしようと、この場所にやってきたらしい――そこは3人が何度もフィルチの目を盗んで通ったマートルのトイレの前だった。

「マートルに何かあったんだわ」

 廊下の様子を見て、ハナが心配そうに言った。むしろ、何もなかったという方が無理な話だった。廊下は既に半分ほどが水浸しになっていて、その上、マートルのトイレのドアの下からまだ漏れ出している。フィルチが怒鳴り散らすのも無理はない、とハリーは思った。

「マートルに一体何があったんだろう?」

 今度はロンが言って、マートルのトイレを見た。怒鳴り散らすフィルチがいなくなったので、今度はマートルの泣き叫ぶ声がトイレの中でこだましている。

「行ってみよう」

 ハリーがローブの裾をくるぶしまでたくし上げ、水でぐしょぐしょの廊下を横切り始めると、あとからロンとハナもついて来た。いつものように誰もいないことを確認すると、ドアを開け、中へと入っていく。

 マートルはいつもより一層大声で激しく泣き喚いていた。きっといつもの個室に隠れているに違いない。奥の個室から溢れた大量の水で床や壁がびっしょりと濡れ、そのせいで蝋燭も消えてしまっていて、トイレの中は暗かった。

「ご機嫌よう、マートル。何があったの?」

 トイレに入ってすぐのところで、ハナが優しく声を掛けた。するとマートルは哀れっぽくゴポゴポと言いながら「誰なの?」訊ねた。

「また何か、私に投げつけにきたの?」

 どうやら誰かがマートルに何かを投げつけたらしい。3人は顔を見合わせるとトイレの奥にある個室の前へと進んだ。

「マートル、どうして私達が貴方に物を投げつけたりすると思うの?」

 ホグワーツで一番マートルと親しいだろうハナが声を掛けても、マートルの機嫌は直らないままだった。「私に聞かないでよ」と怒ったように叫びながら、マートルは大量の水を撒き散らして姿を現した。

「私、ここで誰にも迷惑をかけずに過ごしているのに、私に本を投げつけて面白がる人がいるのよ……」
「まあ、なんてひどい……それで泣いていたのね?」

 ハナは、同情的な声を出してマートルを慰めようとしていたが、ここでハリーはつい頭によぎった疑問をマートルに投げかけた。

「だけど、何かを君にぶつけても、痛くないだろう?君の体を通り抜けていくだけじゃないの?」

 しかし、これが間違いだった。せっかくハナが落ち着かせようとしていたのに、マートルが我が意を得たりとばかりに膨れ上がって喚いたからだ。(「ハリー、マートルは繊細なのよ」とハナがハリーに注意した)

「さあ、マートルに本をぶっつけよう! 大丈夫、あいつは感じないんだから! 腹に命中すれば10点! 頭を通り抜ければ50点! そうだ、なんて愉快なゲームだ――どこが愉快だって言うのよ!」

 マートルの話では、死について考えていたら上から何かが落ちてきたらしい。それで腹が立って、マートルは大量の水で落ちてきたものを押し流したのだと言う。廊下まで水浸しだったのは、そういう理由からだったのだ。

 マートルが流し出したものは、びしょ濡れになって手洗い台の下に追いやられていた。ボロボロの黒い皮の表紙の薄い本で、ハリーは本を拾おうと一歩踏み出したが、ロンが慌てて腕を伸ばし、ハリーを止めた。

 ロン曰く、「危険かもしれない」とのことだった。魔法省が没収した本の中には目を焼いてしまう本がかるらしく、他にも『魔法使いのソネット(十四行詩)』を読んだ人はみんな、死ぬまでバカバカしい詩の口調でしか喋れなくなったりするそうだ。

 他にもロンはあれこれ話していたが、ハリーはその黒い本がなんなのか気になって仕方がなかった。それに見てみないことにはそれが危険かどうかも分からない――ハリーはロンの制止を振り切るとヒョイっとその本を拾った。

「気をつけて、ハリー」

 ハナが隣で本を覗き込みながら言った。文字が消えかかってはいるが、表紙をよく見てみると、それが日記であることがすぐに分かった。年号も記されていて、50年前のものだ。そして、そんな表紙を開くとそこには、

 T.M.リドル

 几帳面な字で、そう名前が書いてあったのだった。