Phantoms of the past - 083

10. 過去の手紙

――Harry――



「ハナ・ミズマチ……?」

 驚きすぎて声が出せなくなるのではないかと心配になるほど、ハリーもロンもあんぐりと口を開けたままマルフォイを見た。まさかマルフォイの考えている継承者候補にハナの名前が出てくるなんて思いもしなかったのだ。だって、彼女はマルフォイが穢れた血だと忌み嫌うマグル生まれだし、先程名前が上がったハーマイオニーの友達でもある。継承者の候補に入るはずがないのだ――もしかして、ハナがパーセルマウスだということが、バレたのだろうか――ハリーは隣に座るロンを見たが、ロンはいまだに口をあんぐり開けたままだった。

「で、でも、彼女はマグル生まれだ」

 ハリーはなんとかマルフォイにその事実を思い出させようとした。

「ああ、そうだ。本人はそう言ってる。しかし、それを証明出来はしない。そうだろ? それに僕の父上は手紙を貰ったんだ。純血の魔法使いからの手紙だ――」

 そうしてマルフォイは父親であるルシウス・マルフォイがどんな手紙を貰ったのかを話して聞かせてくれた。

 今から16年半程前、「レイブンクローの幽霊」と呼ばれている女生徒を探しているとある人物から手紙が届いた。そのレイブンクローの幽霊は色素の薄い黒髪にヘーゼル色の瞳が特徴的な美しい女生徒で、夏休みの時にハナの話を聞いたルシウス・マルフォイはハナがそのレイブンクローの幽霊の娘ではないかと考えた。

 それを聞いたハリーは途端に、今まで忘れていた夏休みの出来事を思い出した。どうしてこんな大事なことを忘れてしまっていたのか、不思議だったくらいだ。ハリーは確かに聞いていたのだ。ボージン・アンド・バークスの店内でルシウス・マルフォイが「レイブンクローの幽霊」について口にするのを。あの時ハナに聞いてみようと思っていたのに、ハリーはすっかり忘れてしまっていたのだ。しかし、どうして母親が魔女であることをハナが隠す必要があるのだろう。ハリーはそのことが分からず、マルフォイに訊ねた。

「でも、なんでマグル生まれだと嘘をつく必要があるんだい?」
「父上も初めはそこを疑問に思っていた。しかし、ある時1つの可能性にお気付きになった。ミズマチの母親はその手紙の差出人である男の兄と恋仲だったのではないか、と。だから当時差出人がその魔女のことを探っていたのだとお考えになったのだ。しかもだ。その男の兄はアズカバンにいる。どうだ? ミズマチがマグル生まれだと嘘をつきたくなるのも無理はないだろう?」
「アズカバン?」

 ハリーは聞いたことがない単語に首を傾げた。

「アズカバン――魔法使いの牢獄だ」

 マルフォイは信じられないという目つきでハリーを見ながら言った。

「とにかくだ。その差出人の兄はアズカバンにいる――犯罪者なんだ。だからミズマチは母親の姓を名乗り、マグル生まれだと嘘をついているんだ。こんなことバレたらホグワーツの中でもなんて言われるか分からないからな。それにダンブルドアが後見人になったのはミズマチが父親の意志を引き継いで悪事をしないか見張るためさ」

 確かにハナはハリー達に隠し事があると言っていた。まだ話せないことがあるのだと。それがこの ことなのだろうか、とハリーは考えを巡らせた。でも 、ダンブルドアが後見人になったのは、ヴォルデモートに狙われているからだった。犯罪者の娘だからヴォルデモートは狙っていたのだろうか? ハナの父親が持つ情報が強くなるために必要で、ヴォルデモートはその情報が欲しかった、とか。ハリーは訳が分からず、首を捻ることしか出来なかった。

「ミズマチがその犯罪者の娘なら、彼女がスリザリンの血を引いている可能性も十分考えられる。その父親の家系は全員スリザリンだからな――それで僕はクリスマス休暇の初日の朝、ミズマチに声を掛けた。手伝ってやろうと思ったんだ。けど、違うと言った。母親の件を言うと顔を真っ青にしていたがな」

 マルフォイは薄ら笑いを浮かべながら言った。ハナが否定したと言うのに、まだ疑っているような雰囲気だった。

「それにミズマチだけじゃない。父上も前回“部屋”が開かれた時のことを、全く話してくださらない。もっとも50年前だから、父上の前の時代だ。でも、父上は全てご存知だし、全てが沈黙させられているから、僕がそのことを知りすぎていると怪しまれると仰るんだ。でも、1つだけ知っている。この前“秘密の部屋”が開かれた時、“穢れた血”が1人死んだ。だから、今度も時間の問題だ。あいつらのうち誰かが殺される。グレンジャーだといいのに」

 マルフォイは小気味よさそうに言った。ロンはぽかんとするのをやめ、いつの間にかクラッブの巨大な拳を握り締めていた。ロンがマルフォイにパンチを喰らわしたら、正体がバレてしまう。ハリーは慌てて思い留まるよう目配せをしてから、マルフォイに訊いた。

「前に“部屋”を開けた者が捕まったかどうか、知ってる?」
「ああ……誰だったにせよ、追放された。多分、まだアズカバンにいるだろう」

 マルフォイが答えた。

「父上は、僕が目立たないようにして、スリザリンの継承者にやるだけやらせておけって仰る。この学校には“穢れた血”の粛清が必要だって。でも関わり合いになるなって。もちろん、父上は今、自分の方も手一杯なんだ。ほら、魔法省が先週、僕達の館を立入り調査しただろう?」

 マルフォイは椅子に座ったまま落ち着かない様子で体を揺すった。ハリーはもっと話を聞いていたかったが、そうも言っていられなくなった。マルフォイが「応接間の床下に、我が家の“秘密の部屋”があって――」と話し始めたところで、ポリジュース薬の効き目が切れ始めたからだ。

「胃薬だ」

 2人は再び腹痛のフリをしながら大急ぎで立ち上がると、大慌てでスリザリンの談話室を駆け抜けて廊下へと出た。走りながらハリーは次第に自分の体が縮んで、ローブがぶかぶかになっていくのが分かった。そのローブをなんとかたくし上げ、今聞いたことをハーマイオニーに報告しようとマートルのトイレに駆け込んだが、そこでもっと驚くべきニュースが2人を待ち構えていた。

「あれ、ね、猫の毛だったの! ミ、ミリセント・ブルストロードは猫を飼ってたに、ち、違いないわ! それに、このせ、煎じ薬は動物変身に使っちゃいけないの!」

 なんとハーマイオニーが猫になってしまっていたのだ。