Phantoms of the past - 082

10. 過去の手紙

――Harry――



 ポリジュース薬を飲んでから数十分後、ハリーはロンと2人だけでスリザリンの談話室にやって来ていた。どうして2人だけなのかといえば、ブルストロードに変身したハーマイオニーがトイレの個室から出て来なかったからだ。ブルストロードがあまりにもブスだから打ちひしがれたのか、それとももっと別の理由かは分からないが、薬の効果は1時間しかない――そういうわけで2人はハーマイオニーの説得を諦め、2人でマルフォイの元へ向かうことにしたのだ。

 しかし、マルフォイの元へ向かうといっても、そう簡単にはいかなかった。ハリーとロンはスリザリン寮の入口がどこにあるのか知らなかったからだ。もしかするとこれはこっそりポリジュース薬を作ったり、クラッブとゴイルに眠り薬入りのケーキを食べさせ物置に隠すよりも難しいかもしれない。唯一分かっていることといえば、いつもスリザリン生達は魔法薬の教室である地下牢へ向かう階段の方から出てくる、ということくらいだった。

 そこで、2人はその入口から最初に出て来た女子生徒に声を掛けることにした。しかし、彼女はレイブンクロー生で2人は胡散臭そうに見られただけだった。仕方なく地下牢への階段を下り、当てもなく廊下を歩いていると今度はパーシーと鉢合った。「このごろは出歩いていたら危ないから、自分の寮に戻れ」というパーシーに「自分はどうなんだ」とクラッブの姿をしたロンが問い掛けると「僕は監督生だ」と胸を張った。監督生は襲われないと思っているらしい。

 そうしてパーシーと話をしていると、ようやくお目当ての人物が現れた――マルフォイだ。マルフォイは凄く面白いものがあるのでクラッブとゴイルに見せてやろうと思って2人を探していたらしい。どんな理由であれ、今はマルフォイと出会えたことがハリーもロンもありがたかった。マルフォイと会って嬉しいと感じたのはこれが最初で最後だろうとハリーは思った。

 そんなわけで、2人はスリザリンの談話室に入ることに成功した。スリザリン寮の入口は地下の中でも特にジメジメとした場所――湖の近くかもしれない――にある湿った剥き出しの石が並ぶ壁の前だった。その壁の前で「純血」というセンスを疑うような合言葉を言うと、壁に隠された石の扉がスルスルと開いた。

 スリザリンの談話室は、グリフィンドールに比べると天井が低く、細長かった。大理石で囲まれたどこか沈没船や古代の城を思わせる空間で、天井から丸い緑がかったランプが鎖で吊るしてある。談話室の中央には大きな黒革のソファーがあり、置かれてある家具にはどれも部屋の雰囲気にピッタリな装飾がされていた。前方の壮大な彫刻を施した暖炉ではパチパチと火が爆じけ、その周りに、彫刻入りの椅子に座ったスリザリン生の影がいくつか見えた。

「ここで待っていろ」

 マルフォイが暖炉から離れたところにある空の椅子を2人に示しながら言った。

「今持ってくるよ――父上が僕に送ってくれたばかりなんだ――」

 一体何を見せてくれるのだろうか思いながら、ハリーとロンは出来るだけ寛いだ感じを装って椅子に腰掛けた。地下にあるためか、暖炉から離れたこの場所は少しひんやりとしている。

 まもなく、マルフォイは新聞の切り抜きのような物を持って戻ってきた。マルフォイは「これは笑えるぞ」と言って、ロンの鼻先にそれを突き出してきたので2人が読んでみると、それは日刊予言者新聞の切り抜きだった。しかも、2人とっては全く笑えない記事だ――なんと、空飛ぶ車のせいでウィーズリーおじさんが尋問を受け、50ガリオンの罰金を言い渡されたというものだったのだ。

「どうだ? おかしいだろう?」

 マルフォイが待ちきれないように答えを促すので、ハリーは「ハッ、ハッ」となんとか笑いを捻り出した。しかしマルフォイはクラッブとゴイルが心の底から笑っていないことをあまり気にしてはいなかった。マルフォイが気にしていないことは良かったけれど、気にしなさ過ぎるのも問題だった。マルフォイは、ウィーズリーおじさんがマグル贔屓だから杖をへし折ってマグルの仲間に入れてやればいいとか、ウィーズリーの連中は本当に純血か怪しいだとかいうので、表情を保っておくのが大変だったのだ。ロンなんて、怒りで思いっきり顔が歪んでいるほどだった。

「クラッブ、どうかしたか?」

 これには流石のマルフォイも気付いたようだった。しかし、マルフォイは「腹が痛い」と答えるとそれ以上2人の様子がおかしいことを追求しなかった。クリスマス・ディナーをあれだけ食べれば腹も痛くなるだろうと思ったに違いない。

「ああ、それなら医務室に行け。あそこにいる“穢れた血”の連中を、僕からだと言って蹴っ飛ばしてやれ」

 マルフォイはおかしそうにクスクスと笑うと、どこか考え深げに話し出した。

「それにしても、“日刊予言者新聞”が、これまでの事件をまだ報道していないのには驚くよ――多分、ダンブルドアが口止めしてるんだろう。こんなことがすぐにでも終わらなければ、彼はクビになるよ。父上は、ダンブルドアがいることが、この学校にとって最悪の事態だと、いつも仰っている。彼はマグル贔屓だ。きちんとした校長なら、あんなクリービーみたいなクズのおべんちゃらを、絶対入学させたりはしない」

 そう言うと、マルフォイはカメラを構えるポーズをして、コリンそっくりな真似を始めた。ハリーがどんなにコリンに困っていたとしても、それを見るのは正直いい気分ではなかった。それでもマルフォイは機嫌良くコリンの真似を続けている。

「ポッター、写真を撮ってもいいかい? ポッター、サインを貰えるかい? 君の靴を舐めてもいいかい? ポッター?」

 そして、ようやく手をパタリと下ろすと、マルフォイはハリーとロンを見た。反応がなかったことが気に入らなかったらしい。もしかしたら、クラッブとゴイルはいつも反応が鈍いのかもしれない――2人がやっとのことで笑顔を作り出すと、マルフォイはそれだけで満足したようで、今度はハリーの話を始めた。

「聖ポッター、“穢れた血”の友」

 マルフォイは憎々しげにゆっくりと言った。

「あいつもやっぱりまともな魔法使いの感覚を持っていない。そうでなければあの身のほど知らずの穢れグレンジャーなんかと付き合ったりしないはずだ。それなのに、みんながあいつをスリザリンの継承者だなんて考えている!」

 ついに聞きたかった話が聞けるチャンスがやってきたと、ハリーとロンは息を殺して待ち構えた。あとちょっとでマルフォイは「この僕が継承者なのに」と言うに違いない。しかし、

「一体誰が継承者なのか、僕が知ってたらなあ。手伝ってやれるのに」

 予想外の言葉が出てきて、ロンがぽかんと口を開けた。てっきりマルフォイがスリザリンの継承者だとばかり思っていたのに、マルフォイではなかったのだ。けれども、誰が継承者かどうかは知っているかもしれない。ハリーは素早く質問を投げかけた。

「誰が陰で糸を引いてるのか、君に考えがあるんだろう……」
「あったが、彼女は違うと答えた――もう話しただろ。ゴイル、何度も同じことを言わせるな」

 きっとクラッブとゴイルは同じ質問をもう何度もしたに違いないとハリーは思った。しかしハリーはめげずに質問を続けた。マルフォイが誰のことを継承者だと考えたのか、この機会を逃せば、永遠に知ることが出来なくなってしまうからだ。

「彼女って?」
「そんなことも忘れたのか?」

 マルフォイは呆れた視線をハリーに寄越した。そして、

「ハナ・ミズマチさ」

 有り得ない名前を口にしたのだった。