Phantoms of the past - 081
10. 過去の手紙
――Harry――
ハリーとロンはこんな作戦成功するはずがないと思いつつも階段の手摺の端にチョコレートケーキを置いて玄関ホールの隅に隠れ、クラッブとゴイルが出てくるのを待っていた。都合の良いことに、クラッブとゴイルはマルフォイが居なくなってからも大広間でガツガツとデザートのトライフルを食べている。
はたして、ケーキに気付いてくれるだろうか。ハラハラしながら待っていたハリーとロンだったが、そんな心配は無用だった。ハーマイオニーの考えが当たっていたのだ。流石のクラッブとゴイルでも落ちているものは食べないだろうと思っていたのに、大広間から出てきた2人はケーキに気付くと大喜びで口に入れたのだ。
「あそこまでバカになれるもんかな?」
ロンがニヤニヤと笑いながら、ケーキをモゴモゴと食べているクラッブとゴイルを見て囁いた。2人は「儲けた」という顔をしてしばらくケーキを咀嚼していたが、やがてそのままの表情でその場にパタンと仰向けに倒れた。
そこから大柄なクラッブとゴイルを物置に隠すのがこの作戦の中で1番難しい作業だった。ハリーとロンは協力し合ってバケツやモップの間に2人を隠すと、ハリーはゴイルの髪を、ロンはクラッブの髪をそれぞれ引き抜いた。そして、2人の靴――ハリー達の靴ではクラッブとゴイルに変身すると小さ過ぎた――も失敬すると、ハリーとロンは大急ぎでマートルのトイレへと向かった。
3階にあるマートルのトイレでは、ハーマイオニーが最後の仕上げをしている最中なのか、トイレの個室からもくもくと黒い煙が立ち昇っていた。視界が悪く、しかも、あまりいい匂いではない。ハリーとロンはローブで鼻を覆うと、個室のドアをそっと叩いた。
「ハーマイオニー?」
すると、
ハーマイオニーが準備していたのはそれだけではなかった。ハリーとロンが無事に手に入れた髪の毛を見せると、ハーマイオニーは洗濯物置き場からスリザリン生の着替え用のローブを3着調達したと言って、小ぶりの袋を見せてくれた。中にローブが入っているのだろう。
「すべて、間違いなくやったと思うわ」
今やポリジュース薬はどろりとした黒っぽい泥のようになっていた。3人で鍋を覗き込みながら、ハリーは今からこれを飲まなければならないと思うと気分が落ち込んでいくような気がした。隣を見るとどうやらロンも同じ気持ちのようだったが、唯一ハーマイオニーだけはやる気満々で染みだらけの『最も強力な魔法薬』のページを、神経質に読み返していた。
「見た目もこの本に書いてある通りだし……。これを飲むと、また自分の姿に戻るまできっかり1時間よ」
あとは薬を注ぎ分け、それぞれ相手の一部を入れたら完成だった。ハーマイオニーは柄杓で3人分のグラスとハナ用の空き瓶にどろりとした液体をたっぷりと入れ、それから震える手で1番端に置かれたグラスにブルストロードの髪の毛を振り入れた。やる気満々だったハーマイオニーもこれは流石に怖かったらしい。
煎じ薬は、ヤカンの湯が沸騰するようなシューシューという音をたて、激しく泡立った。次の瞬間、薬はムカムカするような黄色に変わった。
「おぇー――ミリセント・ブルストロードのエキスだ」
ロンが胸糞が悪いという目つきをした。
「きっと、いやーな味がするよ」
ハリーもロンと同意見だったが、ハリーが口を開く前にハーマイオニーが「さあ、貴方達も加えて」と促したので、黙っておくことにした。促されるままにハリーがゴイルの髪を真ん中のグラスに、ロンが3つ目のグラスにクラッブの髪を入れると、2つとも先程と同じようにシューシューと泡立った。どうやら、人それぞれ色が変わるらしく、出来上がったゴイルのは鼻クソのようなカーキ色、クラッブのは濁った暗褐色だった。どう見ても美味しくはなさそうだ。
それから3人はそれぞれ別の個室に入り、「いち……にの……さん……」の合図で一斉に薬を飲み干した。ハリーは鼻を摘んで2口で飲み干したが、薬は煮込み過ぎたキャベツのような味がした。
腐ったキャベツでないだけマシだったかもしれない――ハリーがそんなことを考えていると、途端に体に変化が起き始めた。まるで生きた蛇を飲み込んだみたいに体が捩れ始め、吐き気はするわ息苦しいわで、ハリーは立っていられなくなった。次第に体中の皮膚が蝋が熱で溶けるようになり、指や爪、拳が膨れ上がり、両肩もバキバキと広がっていった。そこでようやくハリーは先に着替えておくべきだったと思ったが、もう既に遅かった。胸囲が拡がるとローブは裂け、足も4サイズほど大きくなったので靴の中でぎゅうぎゅうになった。
学年一の秀才2人が協力し合って作った薬が失敗するはずがなかった。ハリーは間違いなくゴイルに変身していたのだった。